研修認定の壁と、氷室薬局長の可愛すぎるアプローチ
ほのかのe-learningでの絶望と、涼香のハイスペックな資格自慢、そして認知症データを巡る氷室薬局長の可愛すぎる急接近と陣内の胃痛
「ふーっ……!」
新人研修の予習を完璧に終えた白石ほのかは、満足感に浸りながらパソコンの画面を見つめていた。
(採用品も大体頭に入ったし、もう投薬できない分野なんてないもん! 私も早く『かかりつけ薬剤師』になるために必要な【研修認定薬剤師】をとって、エリア長を驚かせるんだから!)
意気揚々と研修プロバイダーのeラーニングを開いたほのかは、画面に表示された受講要件を読み上げ、動きをピタリと止めた。
「えっと……30分の講義を3回受けると1単位っと。で、必要なのは……40単位……?」
指折り数えて計算機を叩いた瞬間、冷や汗が噴き出す。
「……ん? 90分×40単位……? 3600分……っ!?」
「なっ……なっがーーいっ……!! 一日やそこらで終わるわけないじゃない――!!」
こうして、ほのかの「一日で認定資格コンプリート計画」は、開始わずか5分で盛大に粉砕されたのだった。
翌日の白鳥駅前店。
オープン前の静かな調剤室で、ほのかは恐る恐る薬局長の氷室涼香に話しかけた。
「あのぅ……薬局長。研修認定薬剤師の資格って、もちろん……お持ちですよね?」
「当然じゃない。薬剤師なら持っていて当たり前の基礎資格よ」
コーヒーを優雅に飲みながら、涼香は涼しい顔で答える。
「なっ……長くないですかぁ!? あんなの毎日コツコツやっても何ヶ月もかかりますよ!」
「あなたねぇ……資格なんてものは、日々のスキマ時間や動画で計画的にコツコツ勉強しなさいよ。一気にやろうとするから挫折するのよ」
「あっ……(図星を突かれて絶句するほのか)」
「そっ、そうですよね〜、あはは……」と愛想笑いでごまかすほのかだったが、負けず嫌いに火がつき、さらに突っ込んでみた。
「ちなみに、薬局長は他にも何か持ってらっしゃるんですか?」
「私はね、【日病薬認定薬剤師】も持っているわよ。それに実務経験が少し足りない時期もあったけれど、【実務実習指導薬剤師】の講習もクリアしているわ」
「ぷー……!」
涼香のあまりのハイスペックっぷりに、ほのかは思わず頬を膨らませて悔しがる。
「じゃあ……エリア長は? エリア長も色々持ってたりするんですか?」
「んー、陣内さんはねぇ……【認知症認定薬剤師】に、【腎臓病薬物療法薬剤師】も持っているはずよ。本当に認知症の患者さんへの対応が丁寧で、いつも感心させられるわ」
そこまで言って、涼香はピクッと動きを止めた。
「……あっ」
何かを思い出したように、涼香のクールな表情が一瞬で崩れ去る。
次の瞬間、いつもはツンとしている氷室薬局長が、まるで子どものようにパタパタと小走りで――陣内がパソコン作業をしているデスクへと近づいていった。
「ねぇ……陣内さん」
「ん、どうした氷室さん?」
「……認知症のデータ、今度一緒にまとめない?」
「あぁーっ! そういえば忘れてた! 資格更新のために学会で発表しなきゃいけないんだった! ひーっ、データ整理時間ないぞ……!」
頭を抱える陣内に、涼香はフワッと柔らかく微笑んで胸を張った。
「ふふっ、困ったわね。……私データ解析は得意だし、学会発表の資料作りならいくらでも『教えてあげますよ♪』」
「えっ……? いや、待てよ。それだと俺が教わる立場になるから、指導薬剤師としての立場が逆転しちゃわないか?」
「いいじゃない、たまには。……ね?」
上目遣いで、とびきり甘い微笑みを向ける涼香。
(なっ……!? 薬局長が、あんな可愛い声と表情でエリア長を誘惑してる……っ!?)
遠巻きに見ていたほのかは、あまりの急展開に目を剥いて固まった。
「いや、ありがたいけどさ……急にどうしたんだよ、氷室さん。なんかいつもとキャラが違くないか?」
「べ、別にいいでしょう!はっ…早くデータを出して」
急に恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にしてツンと顔をそむける涼香。
そして、そのやり取りを端で眺めながら、陣内の脳内では別の警報が鳴り響いていた。
(……や、薬局長にデータ解析を手伝ってもらえるのは死ぬほどありがたいけど……この距離感、また他の2人に見つかったら、絶対に面倒なことになるぞ……!!)
冷や汗を流しながらポケットの『ラベール胃腸薬プレミアム』に手を伸ばす陣内と、そんな彼の動揺など露知らず、心の中でガッツポーズをする涼香。
(私だって共同作業の口実くらいあるのよ)
貴女方が化粧や新人研修受けている時だって
私はデータ蓄積があるんだから
「そっ…その…学会エントリーしたら…私にも何か記念品…買ってね?」
上目遣いをあまりしない涼香がするときの破壊力は絶大で、静かな調剤室の朝は、今日も今日とて最高に胃にくる甘酸っぱさに包まれていたのだった。
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