トータルビューティーの頂点と、涙の向こう側
東京・西新宿。景王プラザホテルのきらびやかな大宴会場は、全国から集結した精鋭たちの緊張感と熱気に包まれていた
東京・西新宿。景王プラザホテルのきらびやかな大宴会場は、全国から集結した精鋭たちの緊張感と熱気に包まれていた。
第12回『ラベール・トータルビューティーコンテスト』。
社内約1000名の中から、熾烈な予選を勝ち抜いてこのステージに立てるのは、わずか35名のみ。会場を行き交う各エリアの担当者たちは、誰もが圧倒的なオーラを纏ったプロフェッショナルばかりだ。
控室の鏡の前に座る有栖川まひろは、いつもの「エブリデイ可愛い、まひろちゃん」の甘い笑顔を消し去り、鋭くも美しい真剣な眼差しを鏡の向こうに映していた。
(大丈夫……大丈夫よ。この日のために、登録販売者の勉強と並行して、死ぬ気で技術を磨いてきたんだから……。この大会で優勝して、エリア長に告白するの……!)
心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く中、ついに競技のゴングが鳴り響いた。
制限時間内での施術スピード、そしてモデルの顔立ちや骨格に合わせた圧倒的な提案力。
まひろの指先は、迷いなく、かつ繊細に動き続けた。
――眉メイク。
ただ綺麗に描くだけではない。眉頭を淡くし、眉尻に向けて自然に整えるグラデーション。左右で微妙に異なる骨格や高さ・バランスを見極め、アイブロウペンシルの角度やタッチを緻密に調整しながら、モデルの魅力を極限まで引き出す。
――口紅とベースメイク。
唇の形に合わせて完璧に輪郭を整え、肌や顔立ちに調和する色を選び抜く。さらに、モデルの乾燥や皮脂といった肌の悩みを丁寧にヒアリングし、「なぜそのスキンケアやアイテムが適しているのか」という科学的かつ論理的な理由まで、説得力を持って分かりやすく伝える。
商品をただ売るのではない。お客様の悩みを受け止め、自宅でも再現できる技術と自信を持ち帰ってもらうための総合力。
客席の特等席からその様子を見つめていた俺は、思わず息を呑んでいた。
(……なんだこれ。こんなに真剣で、こんなにカッコいい有栖川さんを見るのは初めてだ……)
いつもバックヤードで甘えてくる小悪魔な姿とはまるで違う。プロの美容家としての気迫と誇りに満ちたその姿に、胸を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。
(どのエリアの子も、もの凄い技術と情熱を持っているじゃないか……。俺は、こんなにも素晴らしいスタッフたちと仕事をしていたんだな……)
胸の奥に込み上げてくる感動と誇らしさに、俺は自分の立場を改めて噛みしめていた。
そして、すべての競技が終了し、運命の審査結果発表の時間がやってきた。
「それでは、第12回ラベール・トータルビューティーコンテスト、上位5名のファイナリストを発表いたします!」
ステージの大型モニターに、名前が次々と映し出されていく。
「――有栖川、まひろ!!」
「っ……!」
呼ばれた瞬間、まひろは小さく息を呑み、誇らしげに胸を張ってステージ中央の壇上へと進み出た。全国の頂点、ベスト5へのランクインだ。
3位、4位、5位の名前が次々と読み上げられていく。
残るは、頂点である「優勝」と「準優勝」の2名のみ。
「第12回、優勝は……銀座店、白川マイ!!」
アナウンスと共に、銀座店のエーススタッフに金色のトロフィーが手渡された。
まひろの名前が呼ばれなかった瞬間、ステージの端で、彼女の肩が小さく震えた。
――結果は、準優勝(全国第2位)。
全国1000人の頂点にはわずかに届かなかったものの、最年少での快挙であり、文句なしの素晴らしい結果だった。
だが、バックヤードに戻ってきたまひろの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「……悔しい……っ」
「有栖川さん!」
俺は駆け寄り、その小さな肩に優しく手を置いた。
「凄かったな、有栖川さん! 惜しかった……全国第2位だぞ!! 本当に、めちゃくちゃ格好よかった!」
まひろは潤んだ瞳で俺を見上げ、震える声でつぶやいた。
財布のなかで握りしめていた「告白の決意」が、優勝できなくなったことで音を立てて崩れ去りそうになっていた。
「……優勝できなかったのに……私、勝てなかったのに……どうしてそんな風に言ってくれるんですか……?」
「何を言ってるんだ。優勝できなかったことと、有栖川さんの今日ここまでの仕事が素晴らしかったことは、別の話だろう?」
俺はまひろの目をまっすぐに見つめ、心からの賞賛を込めて告げた。
「今日に至るまで資格の勉強も並列してやり遂げて、こんな大舞台でこれだけの成績を出して……。何より、仕事に向き合う姿が最高に美しかった。凄く可愛くて、有栖川さんはウチの自慢のスターだぜ!」
その言葉を聞いた瞬間、まひろの胸の中で止まっていた時間が再び動き出した。
(……優勝はできなかった。だから、今日の告白は……まだできなかっただけ…)
失敗したわけじゃない。彼女はまだ、スタートラインの途中にいるのだ。
涙ぐんでいた瞳に、再び強い、前を向く光が灯る。
まひろはグズッと小さく鼻を鳴らすと、袖で涙を乱暴に拭い、少し照れくさそうに、けれど最高に可愛い笑顔を作ってみせた。
「……っ。私、今日のこの悔しさも、絶対忘れませんからね!」
「ああ、当然だ!」
「じゃあ……私、今回の記念に、おそろいのものが欲しいな……」
「もちろん! 有栖川さんのためなら、どんな記念品だって用意するさ!」
景王プラザホテルのロビーに差し込む夕陽の中、悔し涙を拭いたあとの少し誇らしげな笑顔と、お互いを称え合う温かな空気。
2人の胸の中は、言い表せないほどの誇りと、甘く愛らしい感情でいっぱいに満たされていたのだった。
「少しでも『面白かった!』『続きが気になる!』と思ってくださったら、下部の【★で評価する】や【ブックマーク】を押していただけると執筆の大きな励みになります!」




