私が私であるための場所と、あの日の言葉
いつもは元気で小悪魔な「まひろちゃん」が抱えていた人知れぬ葛藤と孤独、そして陣内エリア長という存在によって救われ、恋に落ちていった原点
華やかなパッケージ、季節ごとに変わる彩り、そして塗った瞬間に心がパッと明るくなる感覚。
東京ビューティー&ヘルスケア専門学校――通称『トビヘル』に通っていた頃から、有栖川まひろは化粧品の持つ魔法のような力を信じていた。化粧品の力で人を綺麗にし、もっと自分を好きになって、幸せになってほしい。それが彼女の誇りであり、夢だった。
けれど、実際に『ドラッグラベール』の店舗へ配属されて待っていたのは、目に見えない冷たい壁だった。
調剤室にいる薬剤師たちは、患者やスタッフから自然と「先生」と呼ばれる。
どれだけ接客を磨き、皮膚生理学や成分解析の勉強を重ねても、専門職としての明確な一線を引かれるのはいつもコスメ担当の自分だった。
『まひろちゃんって可愛いよね』
『化粧品担当の子のエプロンって、なんかエロくてサイコー』
周囲から向けられるのは、仕事への専門性ではなく、容姿やイメージばかり。
自分の好きなものを、誰も対等な専門技術として見てくれない。「たかが化粧品売り場」「バカでもできる仕事」と、どこか軽んじられているような寂しさと悔しさが、胸の奥に冷たく溜まっていった。
そんなある日、新しいエリアマネージャーとして陣内拓海が着任してきた。
(どうせこの人も……私のことなんて顔と雰囲気だけで判断して、適当に持ち上げるだけなんだろうな……)
過去の経験から、まひろは身構えていた。
だが、その予想は呆気なく裏切られることになる。
「有栖川さん。化粧品って、薬の説明とは違う難しさがあるよね」
売り場で商品の棚替えをしていた時、不意に陣内からそう声をかけられた。
「え……?」
「お客様が何に悩んでいて、どうなりたいと思っているのか。そこを会話から丁寧に聞き出して、その人に本当に合うものを提案するんでしょう?」
「……はい」
「それって、薬剤師とは違う立派な専門性だよな。薬剤師って言ってもさー、誰でも有栖川さんと同じようにできるわけじゃない」
まひろは思わず手を止め、陣内の顔を見上げた。
お世辞や下心のある笑みではない。心底感心したように、まっすぐに売り場を見つめる真摯な目だった。
「それにさ、有栖川さんは本当に化粧品が好きなんだね!」
「……どうして、そう思うんですか?」
「化粧の話しているとき、すごく楽しそうだからだよ。好きだからこそ知識を自分のものとして使いこなせてるし、お客様の悩みに誰よりも親身になれるんだと思う」
衝撃だった。
今まで誰も見ようとしてくれなかった、自分が一番大切にしてきた「仕事への誇り」を、この人は何でもないことのようにあっさりと見抜いて、認めてくれた。
涙がこぼれそうになるのを必死で耐えるまひろに、陣内は柔らかく笑いかけながら、一つの提案をした。
「すぐにってわけじゃないけど……登録販売者の資格を取ってみるのも、いいかもしれないね、ちょっと実務経験もいるしなー後何年かしたらでいいからさ」
「私が、ですか? でも、私は化粧品の担当ですし……」
「化粧品の知識に、医薬品や健康の知識が加われば……有栖川さんにしかできない、もっと広い視点からの提案ができるようになるんじゃないか?」
陣内の言葉は、まひろの視界をパッと開かせた。
今の仕事を否定して別の道(薬剤師)になれと言っているのではない。彼女が大切にしている「化粧品の仕事」を軸に、さらに価値を高めるための未来を示してくれたのだ。
『薬剤師だから偉い』わけじゃない。
『化粧品担当だから下』でもない。
自分の大好きなコスメを胸を張って届けるために、学びを深める道がある。
「あとさ、『ラベール・トータルビューティーコンテスト』があるだろ? 有栖川さんは本当に化粧が好きだから、挑戦してみるといいと思うぞ。同じ目標を持つ素敵な仲間もできるはずだ」
自分の可能性を、自分以上に信じて背中を押してくれる人。
ただの優しい上司を超えて、陣内拓海という男性が、彼女の心の中でかけがえのない「特別な存在」になった瞬間だった。
「……だから、負けたくなかったんだもん」
夜のバックヤード。
登録販売者試験の過去問テキストを抱きしめながら、まひろは小さく呟いた。
「エリア長が信じてくれた私でいたいから……。あげはちゃんにも、他の誰にも負けないくらい、頼れる『ビューティー&ヘルスケア』のプロになりたいんだから」
過去問の採点で85点を叩き出したとき
驚く陣内に飛びついてハグをしたのは、ただの小悪魔的な嫌がらせでも、甘えでもなかった。
(先輩成分が足りない……なんて冗談っぽく言ったけど)
自分の誇りをすくい上げてくれた大好きな人へ。
胸の奥で溢れ出す、言葉にできないほどの感謝と一途な恋心を込めた、彼女なりの精いっぱいの「本気のアタック」だったのだ。
「待っててね、エリア長。私、絶対もっと綺麗になって、もっと凄くなって……あなたの一番になってみせますから!」
誰もいないバックヤードで、まひろは可愛らしく、けれど誰よりも強い意志を込めて
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