店長セミナーの開始と、遅い青春の波紋
ついに幕を開けた全社『店長セミナー』! 黒の洗練されたビシッとしたスーツに身を包み、恋の覚悟と色気を増した涼香の登場に会場がざわめく中、精神科チームをほぼ独占して「計画通り……!」とほくそ笑む涼香。同期のイケメンライバル・一ノ瀬蓮と天音ちゃんの関係性を見抜き、厳格で有名な『鉄の神楽坂エリア長』までもが天音ちゃんに熱い視線を送っている「遅い青春」の現場を秒で察知した涼香だった
全社の若手薬局長とエリア長が一堂に会する、『店長セミナー』の大型研修会場。
その重厚な扉を開け、バッチリスーツで身を固めた氷室涼香が足を踏み入れた瞬間――会場全体の空気が一瞬でざわついた。
ここ連日の「陣内拓海を巡る恋の大暴走劇」を経て、一皮剥けて「一つ上の女」になった涼香は、研ぎ澄まされた美貌と大人の色気を最高潮に漂わせていたのだ。
(ふっ……決まりましたわ……!)
涼香は心の中で勝ち誇った笑みを浮かべた。
(勉強していて良かったと思えることなんて、人生でそうそうありませんでしたけれど……今回ばかりは、ほのかさんと有栖川さんを完全に『出し抜いた』と言わざるを得ませんわね!!)
昨夜、二人から「抜け駆け禁止!」とプンプン抗議された記憶が脳裏をよぎるが、すぐに首を振る。
(これはわたくし自身が学び、選び取った道……仕方のないことですわ(笑)。前半の損益分岐点・財務分析講義を担当されるのは厳格な神楽坂エリア長ですが、後半の専門チーム分けで【精神病・認知症チーム】を選んだ薬局長は、ほとんどおりませんもの! これで拓海さんの講義と指導は、わたくしのほぼ独占状態ですわーーーっ!!)
会場を見渡せば、専門領域を持たないジェネラリスト志望か、花形である【がん・緩和医療チーム】に受講者が集中している。難度の高い精神科領域に手を出す薬局長は、やはりごくわずかだ。
(ま、まだ笑ってはいけませんわ……! すべては計画通り……!! フフフ……前半の共通財務座学は、大人しく黙って受講しようではありませんか!)
そんな涼香の元へ、同期のライバルであるイケメン薬局長・一ノ瀬蓮と、可愛らしい同僚の天音ちゃんが歩み寄ってきた。
「ふっ……久しぶりだな、氷室涼香!! 今回のセミナー評価、私と貴様でどちらが上か……絶対に負けんぞ!!」
自信満々に言い放つ一ノ瀬。彼は涼香の同期の中でも常に成績次点を争う優秀な男で、かなりの努力家だ。
(ふん……確かに優秀なイケメンですけれど、うちの陣内拓海エリア長が社内ナンバーワン! 負けるはずがありませんわ!!)
と、鼻で笑いかけた涼香だったが――ふと、一ノ瀬の視線が隣に立つ天音ちゃんに向けられる際、微かに目元がデレッと緩んでいるのを見逃さなかった。
(……ん? ちょっと待てよ…。この男……天音ちゃんに対して、やたらと目じりが下がっていませんこと……? コイツ……さてはスケベね!!)
涼香の脳内で、瞬時に恋の直感が閃いた!
「一ノ瀬薬局長……! 特別に天音ちゃんの隣にしてあげますわっ!!」
「「!!?」」
「ちょ……涼香ちゃん!? どうして急に!?」――慌てる天音ちゃん。
「ふっ……選別と慈悲よ、一ノ瀬薬局長……!!」
一ノ瀬は一瞬言葉に詰まった後、顔を真っ赤にして勢いよく頭を下げた!
「なっ……氷室涼香……貴様……気づいていたのか! あ、ありがとう……!!」
(やっぱりね……! この男の目は、わたくしが拓海さんを向ける時の『あの熱い視線』と全く同じだわ……! わたくしに勝って、天音ちゃんにいいところを見せたいのね……可愛いところがあるじゃないの……!)
涼香はフッと余裕の微笑みを浮かべた。
「私じゃ……貴方には勝てないわ、一ノ瀬薬局長。だって……貴方は花形の『がんチーム』でしょう? 私は【精神科チーム】!! 土俵が同列ではありませんもの……でも、同期のよしみで花を持たせてあげようじゃないの!!」
「なっ……どういうことだ、氷室涼香!! 土俵が違うとはどういう意味だ!?」
涼香はバッと白衣……ではなくスーツの胸を張り、堂々と胸を叩いた!
「何を隠そう……私は陣内拓海エリア長が好きなのよ!!」
「っっっ!? 症例学会の時の『神社の福鈴』の写真のスケベ感は凄まじかったからな!! あんなデレデレした写真を社内チャットにばら撒いて……恥ずかしくないのか貴様っ!!」
「恥ずかしくないわ!! 私は拓海さんが心から大好きなのよっ!!(ぐわぁッと目を見開く)」
「やべー奴だなコイツ……! こんな大勢のセミナー会場で何叫んでんだ……!?」
「……なっ!?」
ハッと周囲を見渡すと、会場中の薬局長とスタッフが一斉に自分を凝視していた。
(し、しまったわーーーっ!! ここがセミナーのオープン会場であることを完全に失念していたわっ!!)
涼香が冷や汗を流しながらチラリと担当指導者の席を見ると、鉄の意志を持つと恐れられる担当の『神楽坂エリア長』が、何とも気まずそうな顔で涼香を見つめていた。
(……ん? ちょっと待てよ……?)
涼香の鋭い洞察力が、神神楽坂エリア長の視線の先を捉える。
厳格で冷徹なはずの神楽坂エリア長もまた……チラチラと天音ちゃんの姿に熱い視線を送っているではないか!!
涼香はツカツカと神楽坂エリア長のもとへ歩み寄った。
「厳格で鳴らす神楽坂エリア長ともあろうお方が……なんと……」
「なっ……ななな、なんの話だ貴様!!」
「わかります……わかりますよそのお気持ち!! お互い、頑張りましょうね……!!」
「なっ……何なんだ貴様はっ!?」
神楽坂エリア長の狼狽ぶりを見て、涼香の視界がぱぁぁっと晴れ渡るような快感を覚えた。
(わっ……わたくし以外にも……この社内に『遅い青春』を謳歌しようとしている奴らがたくさんいたのね!!)
30歳手前で訪れた、遅すぎることなんてない情熱的な青春!
(私はこの恋を全力で謳歌するわ!! 恋愛なんて、中高大の学生時代に無理に経験しなくたって良いのよ! おめでとう、私……!!)
覚醒した涼香は、バッと会場の中央に立ち、両手を広げて高らかに宣言した!
「さあ皆様!! 講義を始めましょう!!」
周りの薬局長たちと神楽坂エリア長は、あまりの暴走ぶりに完全に慄いていたが、涼香はお構いなしだ!
「「「なんでお前が仕切ってるんだーーーーーっっ!!??」」」
全員からの怒涛の突っ込みが響き渡る中、わけが分からない熱気とともに、伝説の店長セミナーが幕を開けたのだった。
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