早稲野卒のハイスペックMRと、手のひら上のヤキモチ
距離が近いエリートイケメンが襲来した
陣内は耐えられるのか!
秋の深まりとともに乾燥が気になる季節。
ドラッグストアの店頭で最も需要が高まる高保湿医薬品『ヒルソフト軟膏(ヒルドイド軟膏のOTC版)』の販売促進のため、メーカーから1人のMR(医薬品営業担当)が店舗へやってきた。
「初めまして! 今期よりこちらのエリアを担当させていただきます、日本造器製薬の早乙女と申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
バックヤードに現れたのは、仕立ての良いスーツを完璧に着こなし、爽やかな笑顔を振りまく超絶イケメンだった。
「あ、エリアマネージャーの陣内です。こちらこそよろしくお願いします。早乙女さん、お若いですね」
「ええ、まずは簡単な自己紹介から致します!早稲野大学政治経済学部を卒業して今年で3年目になります! 本日は『ヒルソフト軟膏』の店舗勉強会と、スタッフの皆様へのテスター試用、販促POPのご提案に伺いました」
(……早稲野の政経卒!? 完璧なエリートプロパー(MR)じゃないか……!)
天は二物も三物も与えるのかと圧倒される俺。
そして、このイケメンエリートMRの登場により、バックヤードの空気が微妙に変化した。
「では早速ですが、皆様に『ヒルソフト軟膏』の特長である“水蒸気透過性を抑えた究極の密着バリア”を体感していただきたく……テスターをお持ちしました」
早乙女MRは爽やかな笑みを浮かべ、テスターのチューブを手にとった。
そして、勉強会に参加していた店舗の女性陣へ向けて、ヤケに距離を詰めてアプローチを開始したのだった。
「まずは氷室薬局長。失礼しますね……失礼して、手の甲にお乗せします」
「あ、ええ……ありがとうございます」
早乙女MRは、涼香の手をそっと優しく包み込むように支え、テスターの軟膏を優しく伸ばした。顔と顔の距離が、妙に親密で近い。
(……ん? なんか距離低くないか……? 氷室さんの手に直触りしすぎじゃないか……?)
胸の奥で、モヤッとした小さな引っかかりが生まれる。俺は無意識に腕組みをして、2人の手元を凝視した。
続いて、早乙女MRはまひろへ向かう。
「有栖川さん、コスメのプロとしてこの伸びの良さと、ベタつかないテクスチャーをぜひ触ってみてください」
「わぁ〜! 本当ですね! 塗った直後なのに全然重たくないです〜♪」
「有栖川さんのような綺麗なお肌の方にそう言っていただけると自信になります。ほら、指先までしっかり伸ばすと……艶が出ますよ」
「きゃっ、早乙女さん、お上手〜♡」
親しげに笑い合うまひろと早乙女MR。指先が触れ合う距離感に、俺の眉間には自然とシワが寄っていた。
(……おいおい、有栖川もえらい楽しそうじゃないか。営業とはいえ、そこまで距離詰める必要あるか……?)
さらに、新人薬剤師のほのかへ。
「白石さん、こちらは皮膚の角質層までしっかり浸透しますから、乾燥する調剤室でのハンドケアに最適です。……失礼して、少し揉み込みますね」
「あ、ありがとうございます……! すごく温かくなってきますね!血行促進してる感じします!」
早乙女MRがほのかの小さな手を両手で包み込むようにしてハンドマッサージを始めた。
(……ちょっと待て!! ハンドマッサージまでやる必要あるのか!? 白石さんも素直に手を出してんじゃないよ!!)
イライラ、モヤモヤ。貧乏ゆすりまで出てきてしまった…
自分でも理由の分からない「ヤキモキ感」が胸の中で黒く渦巻き始める。
普段なら「丁寧なメーカーさんだな」で済むはずなのに、なぜか目の前でヒロインたちが別の男と楽しそうに距離を詰めているのが、面白くなくてたまらない。
いつもとは別の胃の痛みが走り出す
俺が険しい顔で前かがみになり、必死に胃を押さえながら二人を睨みつけていると――。
すっと、涼香とまひろ、ほのかの3人が目線を交わした。
(……ふふ、見た? 陣内さん、露骨に眉間にシワが…)
(エリア長、分かりやすすぎる〜! 完全に嫉妬してますよね!?)
(あんなにイライラした顔の先輩、初めて見ました……♡)
そう。勘の鋭いヒロイン3人は、陣内が珍しく「自分以外の男」に対してヤキモチを焼いてヤキモキしていることに即座に気づいた
「普段どんだけアプローチしても仕事脳でスルーするくせに、こういう時はちゃんとヤキモチ焼くのね……」
3人の瞳に、いたずらっぽい怪しい光が宿る。
『陣内(エリア長)がどこまで自分たちに興味を示しているか、もっと試してからかってやろう作戦』の決行である!
「あのぉ〜、早乙女さん♡」
まひろがわざとらしく甘い声を出し、早乙女MRの腕にキュッと寄り添った。
「私、肘のあたりもカサついてて……ここにも塗ってもらってもいいですかぁ〜? 自分じゃ上手く濡れなくてぇ♡」
「ええ、喜んで! 失礼しますね、有栖川さん」
「ひ、肘ぁっ!?」
俺の目が飛び出しかけた。
さらに、普段はツンデレな涼香まで乗っかってくる。
「早乙女さん。私、最近調剤での手荒れがひどくて……こちらの反対の手の指先まで、全体に馴染ませていただけますかしら? あなたの手、すごく温かくて気持ちが良いわ」
「光栄です、氷室薬局長! しっかり保湿させていただきますね!」
「指先全体に指指しまで……!? ちっ…ちくしょう……」
俺の叫び声が喉まで出かかる。
極めつけは、一途な後輩のほのかだった。
「あの! 早乙女さん! 私も……両手の甲にたっぷり塗ってください! ほら、こうして手を重ねて……ぬりぬりしてください♪」
「白石さん、そんな言ってますがスベスベで可愛らしいですね。では、じっくり塗り込みますね」
「手を重ねてぬりぬりだとーーーっ!?!?!?」
俺の脳内で、何かがブチッと弾けた。
イケメンMRの手の上に重なるヒロインたちの手。
楽しそうに微笑み合い、こちらをチラチラと盗み見ては「どう? 焦ってる?」と言わんばかりの小悪魔な笑みを浮かべる3人。
(な、なんだなんだ!? なんでみんな、急にあのMRにベタベタ甘え出してんだ!? 俺が教えるハンドクリームの塗り方じゃ不満だったのか!? それとも、やっぱり早稲野卒のイケメンだからか……!?)
胸を突く激しい葛藤と、理由の分からないモヤモヤの正体。
だが、そこは希代のネガティブ仕事脳・陣内拓海。
俺の脳内変換回路が、最悪の方向へと暴走を始めた!
(……そうか! 分かったぞ!!)
ポン、と手手を叩く俺。
(みんな……俺がいつも『仕事ばかりでハンドケアや身だしなみのアドバイスが足りない』って遠回しに怒ってるんだ! 『もっと店舗スタッフのケアにも気を配れ』っていう、無言の抗議なんだな……!!)
「「「……ん?」」」
楽しそうにからかっていた3人の動きがピタリと止まった。
俺は真剣な眼差しで歩み出ると、早乙女MRと3人の間に割り込み、深々と頭を下げた!
「早乙女さん! 店舗スタッフのスキンケア指導まで丁寧に行っていただき、本当にありがとうございます! 俺の指導不足を痛感しました! 今後はエリア長として、彼女たちのハンドケアチェックも業務カリキュラムに組み込みます!!」
静まり返るバックヤード。
「……ちょっと?」
まひろの顔から笑顔が消える。
「……陣内さん。あなたは今、私たちが『何を期待して』あのパフォーマンスをしていたか分からないの……?」
涼香のメガネの奥から、氷点下100度の冷気が吹き出す。
「エリア長……バカ……! 鈍感!! 説教です!!」
ほのかが半べそでサイジョーくんのぬいぐるみを叩きつける。
「ええっ!? なんで俺が怒られてるんだ!? ――う、ぐっ……!?」
ヤキモキしたストレスと、ヒロインたちの謎の怒り。
ダブルの圧力がみぞおちを直撃し、俺の胃袋は悲鳴を上げた。
「あはは……陣内エリア長、すごく熱心な方ですね! それでは『ヒルソフト軟膏』の初回発注、5ケースでよろしくお願いいたします!本部からも許可を貰っておりますメディセル様から購入となりますのでメディセル担当の古舘様にもお話通してありますので」
爽やかに去っていく早乙女MR。
残されたのは、カンカンに怒った3人の美女と、理由も分からず胃を押さえる俺だけだった。
「……たく、そこまでニブチンなら、次は『私に直接塗りなさい』って命令するわよ……」
「エリア長、今日の反省会は長くなりますからねっ!」
「あ、あの……みんな、なんでそんなに怒って……うっ、胃が……!」
俺はプルプルと震える手でポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出し、3人の怨念のような視線を浴びながら、水なしで喉へ流し込むのだった。
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