思わぬ化粧品対決
otc(市販薬)実習のはずが
ヒョンな事で化粧品バトルが始まる
陣内は化粧品には疎かった
実務実習2週目。本日の涼宮あげはの実習カリキュラムは、調剤室を飛び出しての『OTC(一般用医薬品)実習』だ。
指導薬剤師である俺が横に付き、売り場でのカウンター接客をチェックしていると、一人の女性客が店内へ入ってきた。30代と思われるその女性は、右手の手首をかばうように少し引きつらせた足取りで、皮膚薬コーナーの棚をうろうろしている。
手にとったのは、ステロイド外用薬
(……待てよ。手をかばうような仕草……単なる手荒れや湿疹じゃなく、細菌感染(とびひや蜂窩織炎など)を起こして痛みが出ている可能性があるぞ。市販のステロイド単体を塗ったら、免疫が抑えられて感染が悪化するリスクがある……)
俺が介入しようと一歩踏み出そうとした、その瞬間――。
「お姉さん、こんにちは〜! お手元、もしかして少し痛んだりしますかぁ〜?」
あげはが実に自然な笑顔で、スッと女性客に声をかけた。
「あ……ええ、そうなの。この数日手荒れがひどくて、痛くて力が入らなくて。このお薬、効くかしら?」
「あ〜、やっぱり! お姉さん、これステロイドのお薬なんですけど、もしバイ菌が入って痛みがでてるときにこれだけ塗っちゃうと、逆にバイ菌が元気になっちゃうことがあるんですよ〜。その場合は抗生剤がでたりします、熱が出てきたらヤバイですよ!また適応が合ってたとしてステロイド使おうってなったとしてもぉー市販のステロイドはですねぇーちょっと弱いのしかないんです、手にステロイド薬使う場合はー基本的にかなり強めのやつをぬらないといけないんですよー、医療用ではこの強さだと顔にぬるのが一般的で、体はストロングとか手はベリーストロングとかになることが多いです、近くに秋山皮膚科クリニックあります、全然おうちが別方向ならそちらの皮膚科でも良いですし〜皮膚科診てもらいませんか?」
あげはは明るい口調ながら、感染成立のリスクと市販薬の限界を的確かつ分かりやすく説明してみせた。
俺は内心で息を呑んだ。ただ薬を売るのではなく、皮膚科への受診を促す判断。北海薬科大での5年間の知識が完全に身についている。
「そうだったの……! 危険なところだったわ、ありがとう。お薬は皮膚科に行ってみてもらうわね。……あ、でも、今夜使う顔や手のスキンケア用品だけでも見ていっていいかしら? あなたすごく親身になってくれるから信用できるわ」
「わ〜嬉しいです! スキンケアなら、うちの店舗に超・プロの先輩がいますから〜! まひろ先輩〜っ!」
あげはが売り場へ向かって手を振ると、待ってましたとばかりにコスメ担当の有栖川まひろが颯爽と登場した。
「お任せください♪ コスメのことなら、東京ビューティー&ヘルスケア専門学校――通称『トビヘル』出身の私にお任せあれです!」
ムフーっとまひろは胸を張り、プロの営業スマイルで女性客へ提案を始めた。
「手荒れとは別にして実際の肌感はいかがでしょうか?」
「少し敏感肌だけど、化粧品でアレルギーはありません、少し乾燥気味です」
「いつもお使いのブランドはありましたか?」
「マキュアージュが好きかなぁ」
「少しお肌のバリア落ちこんこんでるかもしれませんねー、うーん…お肌のバリア機能を高めつつ、しっかり水分を抱え込むなら、こちらの吸湿性に優れた高保湿グリセリン配合の化粧下地がオススメです!ドラマティックスキンセンサーネオです、日焼けもよくありませんしね、日焼け予防効果もありますし、仕上がりにより3つタイプがありますよ、色ムラカバーであればヌーディーベージュ、赤みカバーならミント、くすみカバーならラベンダーとか」
女性客も「まあ、安心ね」と頷きかけた、その時。
横からあげはが、ぬっと顔を覗き込んできた。
「え〜? でもまひろ先輩、このお姉さん、さっき手荒れの炎症気にしてましたし、アクネ菌とか刺激の引き金になりにくいヒアルロン酸系とかセラミド系にした方が安全じゃないですかぁ〜? グリセリン高配合だと、敏感肌の人たまに重く感じちゃいますよ〜?」
「む〜、お客様マキュアージュ好きって言ってたもーん、あまりマキュアージュはグリセリンフリーを主流としてないのー!」
まひろはムームー怒ってる
専門学校のプライドを完璧に突かれた表情だ。
「ちょっとあげはちゃん!? 肌の水分保持能力の即効性を考えたら、グリセリン入ってると保湿できるし、好きなブランド的にもそうなんだもん、ブランド変えるのありですか?」
「んーマキュアージュが良いけどー…強いなら別にしても…」
「ほーら」
「え〜? でもリアルの女子の肌悩みだと、ベタつくの嫌な人多いですよ〜? セサンヌの方とか優しいタイプあるじゃないですかー」
悩む女性客…
「むー!あげはちゃん!歳はほとんど一緒かもだけどー私は化粧品に関しては一日の長があるんだからぁ、札幌とはまた気候もちがうしぃー」
「あ、言ってませんでしたっけぇ〜? 私、高校は『明治薬化大附属高校』でこっちなんですよー。あ、本部の神崎葵課長はうちの親戚の従姉妹のお姉ちゃんです♪ 明薬附属も同じお姉ちゃんにどこの大学のレベル帯なら特待生になれそうとか枠の数とかもよく知ってて、それで特待生枠狙いで北海薬科大入ったんです、札幌よりこっちの方が長いもんねー」
さらっと明かされる衝撃の事実!
葵先輩の親戚! 明治薬化大附属出身! 各大学のレベル帯の熟知北海薬科大の特待生枠を勝ち取った策士ギャル!
まひろの「トビヘル魂」が燃える
「ふふっ…でもそれは薬剤師の話でしょー容赦しないわよ……! トビヘルで磨いた私のコスメ接客と成分知識は、現役薬学生の気まぐれ知識には負けないもん!薬学部での化粧品学のコマ数だって知ってるもん」
「まひろ先輩マジ熱い〜! トビヘルVS明薬附属&北海薬科大のスキンケアバトルですね! バトロワいっちゃいますか〜!」
「「エリア長(拓海先生)!! どっちの提案でお客さまにご案内するべきか、判定してくださいーっ!!」」
カウンターを挟んで、バチバチと火花を散らす2人!
挟まれた女性客は「あ、あの……2人ともすごく詳しくて嬉しいんだけど……」と苦笑いしている。
(アカン……! 完璧な受診勧奨までは最高だったのに、なんでコスメ売り場でバトルが始まってんだ……!!)
「あ、あのさ……二人とも、患者さん(お客さん)の肌質に合わせて、グリセリンフリーのセラミド系と、グリセリン酸配合のをセットで提案すれば解決するんじゃ――」
むくれているまひろ
まぁ…両方もらって試すと患者さんは帰って行く
皮膚科にも相談するようだ…
2人からの凄まじい眼光と熱圧に晒され、俺の胃袋は本日最高値の激痛を叩き出した。
(……ダメだ。指導薬剤師の立場も、エリア長の面目も、全部この2人の若き熱量に呑み込まれる……!!)
俺は震える手でポケットから『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出すと、2人の視線を浴びながら一気に喉へ流し込むのだった
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