アファルの記憶
小さなアファルの周りには家さえなく、広い土地に龍たちが思い思いに身体を横たえている。
ノワールとブランがこの地を去ってから、しばらく経った頃。
遠くから、一団がやってくる。
角を持つ者。
獣の耳を持つ者。
腕や頬を鱗に覆われた者。
姿は一人ひとり大きく異なっている。
それ以上に目につくのは、痩せた頬と傷だった。衣服は擦り切れ、包帯を巻いた者もいる。
幼い子どもを抱えた女の足には、まだ新しい傷が残っている。
その一団の前へ、ヴァルガスが降り立つ。
「お前たちが、ブランの言っていた一族か」
先頭にいた女が、静かに頷いた。
「はい。あの子がまだただのヒトだった頃、ともに旅をしていた者です」
ヴァルガスが目を細める。
「ずいぶん姿が変わっているな」
「ええ。あのお方の力で、皆魔人としていただきましたから」
女は後ろを振り返った。
角も、耳も、鱗も。
同じ姿をしている者は、ほとんどいない。
「ここまで来るのにも、ずいぶん苦労したようだな」
「……どこへ行っても、長くはいられませんでした」
それ以上、ヴァルガスは聞かなかった。
「好きな場所を使え」
女が顔を上げる。
「いいのですか?」
「そのための場所だ」
*
アファルを挟むように龍たちは山側に住み、やってきた魔人たちは川に近い平地に住むようになった。
同じ土地に暮らし始めても、互いの生活へ踏み込む者はまだ少ない。
それでも魔人たちは、自分たちの場所を作り始める。
木を切り、家を建てる。
土を耕し、種を蒔く。
川へ網を投げ、魚を獲る。
少しずつ屋根が増え、夜には小さな灯りが並んでいく。
龍たちは、それを遠巻きに眺めている。
ある日、一頭の龍が畑の前までやってくる。
「お前たち」
大きな頭が、作業する魔人たちを見下ろす。
「ここを守ってやっているのだ。それくらい教えろ」
太い爪が、実り始めた畑を指した。
魔人たちは顔を見合わせる。
翌日。
その龍は畑にいた。
大きな爪で、土を豪快に掘り返している。
「深すぎる!」
「細かいことを言うな!」
「種が全部埋まるだろ!」
別の日には、川へ入った龍が翼で水を巻き上げ、魚と一緒に魔人まで岸へ吹き飛ばす。
怒鳴り声が上がる。
それと同じくらい、笑い声も増えていく。
龍が運んだ大木を魔人が削り、家にする。
魔人が焼いた肉を、龍が隣で食べる。
収穫の日には、誰もが泥だらけになる。
夜になれば、同じ火を囲む。
初めは遠く離れていた二つの居場所を、行き来する者が少しずつ増えていく。
それが、ここに結ばれた魔法のおかげなのか。
毎日顔を合わせ、同じ土地で汗を流し、同じものを食べているからなのか。
アファルには分からない。
ただ、二つに分かれていた境目は、少しずつ見えなくなっていく。
*
季節が巡り、家が増え、道ができる。子どもたちがアファルの根元を走り回る。
さらに別の一族も、この土地へやってくる。
そのたびに新しい家が建ち、畑が広がり、船が増えていく。
そして――百年。
アファルは百メートルの高さまで育っている。
その隣では、同じ高さの塔が一本、完成を迎えていた。
塔の足元には、龍も、魔人も、そのあとからこの地へやってきた者たちも集まっている。
酒が配られ、料理が並ぶ。
子どもたちが走り回り、龍の背へ勝手によじ登って怒られている。
「できたぞー!」
誰かが叫ぶ。
歓声が上がる。
百年前には、何もなかった場所。
そこに今、大勢の者たちが肩を並べている。
最初の塔の完成を、みんなで笑いながら祝っている。




