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魔女の足跡〜千年前の黒歴史を消すために旅にでます〜  作者: はこぶね
英雄龍ヴァルガス編

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19/23

ヒトとしての意地を見せるんだよ!

「思い出した!」


 足に力が入らないまま、オトが突然声を上げた。


 少し離れた場所へ落ちたヴァルガスが、どうにか首だけをこちらへ向ける。


「今かよ!」


「最後だけ特別にしたんだった!」


「何をした!」


「魔力ある人、みんな動けなくした!」


「見れば分かる!」


 オトは立ち上がろうとして膝を浮かせたものの、すぐに力が抜けた。


「あれ? 私も動けない」


「お前も魔人だろうが!」


「……あ」


 隣ではナナが膝をついたまま、深いため息を吐いている。


「私に相談してくだされば、止めましたのに」


「だから内緒にしたんだと思う」


「なお悪いです」


 オトは怒られている理由がいまひとつ分からない顔をしていたが、その間にもアヴァロンは空を旋回していた。


 魔法の光を失ったトーカイシティは、さっきまでの祭りが嘘のように静まり返っている。龍も魔人もまともに動けず、崩れた壁の向こうでは、ヒトたちだけが立ったままこちらを見ていた。


 誰かが、ぽつりと言った。


「……今なら」


 その声に数人が反応する。


「龍も動けない。魔人もだ。今なら、トーカイシティを取り戻せる」


 ざわめきが広がり、武器を手にする者もいた。


 千年のあいだ一度として訪れなかった機会だった。


「今しかない!」


「ああ、今しかないねぇ」


 低い女の声が返ってきた。


 復権派の前へ、一人の女が歩み出る。年若くはない。袖をまくった腕には仕事でついた傷が残り、腰には市場で使っていたらしい布袋が下がっている。


 女は崩れた壁の向こうを一度見てから、武器を持った男たちへ向き直った。


「だから今、踏ん張るんだろうが」


「……何?」


「龍も魔人も動けない。だったら今しかないだろ。私らヒトが、守る側に回れるのは」


 男たちが顔を見合わせる。


「何百年も守られてきて、相手が動けなくなった途端に後ろから刺すのかい? それでトーカイシティを取ったとして、胸張って『ヒトが勝った』って言えるのか?」


「俺たちはずっと壁の外だぞ! あいつらだけが豊かになって――」


「知ってるよ!」


 女の怒声が、それを叩き潰した。


「こっちは井戸に並んで、向こうじゃ夜中まで街が光ってる。病気になったって、向こうみたいにはいかない。腹が立ったことくらい、私にだってある!」


 握った拳が震えている。


「だからって、今しかないから奪うのかい?」


 女は一歩、崩れた壁へ近づいた。


「このまま指くわえて眺めてるだけかい? それとも、動けない相手を踏んづけて権力でも取るかい?」


 誰も答えない。


「みんな、それぞれ守りたいものがあるんだろ。家族も、この街も、自分の暮らしも。だったら一方的に守られてるだけってのは違うだろうが!」


 女は壁の向こうを指さした。


「私らは今まで守られる側だった。なら、こういう時くらい恩を返して守るんだろ! 龍や魔人と対等になりたいって言うなら、力がない時を狙うんじゃない。こういう時こそ、ヒトとしての意地を見せるんだよ!」


 しばらく、誰も動かなかった。


 やがて女が先に走った。


 崩れた壁を越え、倒れている魔人のもとへ向かう。


「何してんだい! 手ぇ貸しな!」


 その声に、今度は別のヒトが動いた。


 一人、二人と壁を越えていく。


 共生派だけではない。向こうは向こう、こっちはこっちでいいと思っていた者もいる。復権派の不満に、少しくらい頷いたことのある者もいた。


「俺、あの龍起こしてくる!」


「無理だ、一人じゃ重い! 三人来い!」


「子どもが倒れてるぞ!」


 考えが一つになったわけではない。それでも今、向いている方向だけは同じだった。


 武器を持っていた男の一人が、やがてそれを地面へ置いた。その隣でも、もう一つ音がした。


 オトは動けないまま、その光景を見ていた。


 そして、もう一つ思い出す。


「……あ」


 千年前、自分が最後に加えた条件。


 アヴァロンを倒す必要はない。


 その場にいる者たちが逃げず、一つになって立ち向かい、勇気を示せば、それで終わる。


 空を旋回していたアヴァロンの身体が、淡く光った。


 黒い巨体にいくつもの光の筋が走り、翼の先から少しずつ粒子へほどけていく。ヒトたちが足を止めて空を見上げる中、最後に大きな咆哮を残し、悉虚龍(しっきょりゅう)アヴァロンは光となって消えた。


 ほどなくして、トーカイシティにも魔法の光が戻り始める。


 オトの足にも力が戻った。ナナがゆっくり立ち上がり、ヴァルガスも白銀の翼を広げる。


 けれど三人が見ていたのは、空ではなかった。


 崩れた壁の向こうでは、まだヒトたちが龍や魔人を起こしている。武器を置いた者も、その中に混じっていた。


 オトはそれをしばらく眺めてから、隣のナナを見た。


「危なかったねー」


 ヴァルガスの視線が、ゆっくりオトへ向いた。

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