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魔女の足跡〜千年前の黒歴史を消すために旅にでます〜  作者: はこぶね
英雄龍ヴァルガス編

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17/23

悉虚龍アヴァロン

景色が消えたあとも、オトはしばらくアファルの幹に手を置いたままだった。


「……終わり?」


 枝葉がさらりと揺れる。けれど、さっきまで樹皮の奥を巡っていた光は戻ってこない。ナナは幹から手を離し、壁の向こうへ視線を移した。


「アファルが見ていたのは、あそこまでのようですね」


 納得できないらしく、オトも同じ方を見る。


「まだ街は続いてるのに?」


「広がりすぎたんだ」


 ヴァルガスが答えた。


「最初は全部、アファルの守る範囲に収まってた。だがヒトの街は外へ外へ伸びていった。今じゃ端の方は、ほとんど圏外だ」


 壁の先には、アファルの高みからでも見通せないほど家々が続いている。


 オトはしばらくそれを眺め、それからあっさり幹から手を離した。


「じゃあ、今いる人に聞こう。アファルが知らないなら、本人に聞くのが一番早いもん」


「そうなりますね」


 切り替えの早さに、ヴァルガスが小さく鼻を鳴らした。


*


 三人がアファルを降りると、壁の近くは思った以上に人通りがあった。門を抜けて中心都市へ向かう荷車の脇を魔導車が通り、門番が声を張って流れを分けている。


 壁を挟んだ景色は、近くで見るほど異様なほど違っていた。片側には魔法の光に満ちたトーカイシティ。反対側には、低い家々が密集するヒトの街が広がっている。


 オトは壁際まで歩いていき、首が痛くなりそうなほど見上げた。


「近くで見ると、おっきいね」


「何度も継ぎ足してるからな」


 ヴァルガスも壁を見上げた、そのときだった。


 遠くで鐘が鳴った。一度、二度。警告にしては、周囲の反応がおかしい。


 店先から人が飛び出し、窓が次々と開く。逃げるどころか、皆が嬉しそうに空を見上げていた。


「来たぞ!」


「アヴァロンだ!」


 歓声に釣られて、オトも顔を上げる。


「今日なんだ」


「日なんか決まってねえよ」


 ヴァルガスだけは空を睨んだままだった。


 中心都市では子どもたちが場所を取り合い、大人まで仕事の手を止めている。


「ヴァルガス様ー!」


「お、今年は何発で倒すかなー?!」


 門の向こうでも、ヒトたちが足を止めた。


「ああ、あれがアヴァロンか」


「祭り! 今日は祭りか?!」


*


 やがて空が暗くなり、巨大な影が雲を割った。


 悉虚龍(しっきょりゅう)アヴァロン。


 その姿が現れた瞬間、歓声がさらに膨らむ。オトも楽しそうに見上げていたが、隣のヴァルガスだけは妙に険しい顔をしていた。


「……千年ちょうどってか」


「どうしたの?」


 ヴァルガスはすぐには答えず、空とオトを交互に見る。


「お前が帰ってきた年に、千年目のアヴァロンまで来やがった」


 そこまで言われても、オトには何が問題なのか分からないらしい。きょとんと見返してくる。


 その顔を見たヴァルガスの眉間に、さらに皺が寄った。


「嫌な予感しかしねえ」


「私、何もしてないよ?」


「今のお前はな!」


「失礼だなあ」


「千年前のお前を信用してねえんだよ!」


 言い捨てるなり、ヴァルガスの身体が白銀の龍へ変わる。巨大な翼が開き、そのまま空へ舞い上がった。


 待ってましたとばかりに、街中から歓声が上がる。


 いつもの光景だった。


 ヴァルガスは真正面からアヴァロンへ突っ込み、振り下ろされた爪を弾き飛ばす。その勢いのまま懐へ潜り込み、いつものように一気に決める――はずだった。


 その瞬間、アヴァロンの身体が脈打つように黒く光った。


「――は?」


 白銀の翼が空中で止まり、ヴァルガスの巨体がそのまま落ちる。


 ほとんど同時に、トーカイシティを満たしていた光も消えた。空を走っていた魔導車は次々と動きを止め、飛んでいた魔人たちは高度を失っていく。歓声は一瞬で悲鳴に変わり、さっきまで祭りだった街が混乱に包まれた。


 隣でナナの身体が揺れる。


「……これは」


「ナナ!」


 オトが手を伸ばそうとするが、一歩も踏み出せなかった。足に力が入らず、手をかざしても魔法は何ひとつ応えない。


 周囲を見れば、龍も魔人も同じだった。立っていられる者はほとんどおらず、皆が地面へ伏している。


 ただ、壁の向こうだけは違った。


 ヒトたちは立ったまま、突然倒れた魔人たちを呆然と見ている。


「何が……起きてるんだ?」


 戸惑いの声が響く中、アヴァロンが大きく翼を広げた。


 黒い光がその周囲へ渦を巻きながら集まり、やがて口元へ凝縮されていく。トーカイシティから消えた魔力そのものが、吸い寄せられているようにも見えた。


 アヴァロンがゆっくりと首を巡らせる。


 次の瞬間、放たれた黒光が地上を横薙ぎに走った。


 壁に触れた場所から石が砕けるのではなく、形そのものを失っていく。巨大な一閃が通り過ぎたあと、長い年月をかけて継ぎ足されてきた石壁には、大きな空白だけが残った。


 土煙の向こうで、二つの街の道が初めて直接つながっていた。

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