いろんな考えが生まれることはいいことだ
復権派の襲撃からしばらくして、ヒトの街との境に低い柵が立った。
腰ほどの高さしかない簡素なものだった。杭を打っていた魔人が「ここまで必要か?」と手を止めると、作業を指揮していた男は中心都市の方を振り返った。
「また何かあった時、境が分からないよりいいだろ。門は開けておく」
安全のためだと言われれば、反対する理由もない。
ヒトの側にも不満はあったが、襲撃があったばかりだった。
「俺たちまで一緒にされるのは気に入らんけどな。荷車が通れるなら、まあいいだろ」
翌朝には、いつもと変わらず荷車が門を抜けて中心都市へ向かった。誰かを閉じ込めるためのものには見えなかったし、誰かを締め出すほど高くもない。ただ、ここから向こうは別だと分かるようになっただけだった。
*
それから何年か過ぎた頃、木だった柵のところどころが石に変わり、長さも少しずつ伸びている。
壁のこちら側では、共同井戸に桶を持った人々が列を作っていた。細い路地には継ぎ足された家が肩を寄せ合い、日が落ちれば灯りの消える家も多い。
その向こうでは、中心都市が夜になっても明るく輝いている。高い建物の間を光が走り、空には魔導車が行き交っていた。
桶を抱えた男が、その景色を眺めながら呟く。
「同じ国なのに、ずいぶん違うな」
隣にいた女が「魔法があるんだから仕方ないでしょ」と返すと、男は少し顔をしかめた。
「仕方ないのは分かってる。でも、だからってこっちがこのままでいいとも思わない」
「復権派みたいなこと言わないでよ」
「龍を殺せなんて言ってない。ただ、あいつらの言ってることが全部間違ってるとも思わないってだけだ」
列が進み、二人も桶を持って歩き出した。
壁が高くなった理由は、いつも別にあった。
子どもが魔力設備の近くへ入り込むと危ない。馬車と魔導車が同じ場所を走れば事故になる。出入りする場所を決めた方が管理もしやすい。
どれも嘘ではなかった。
ただ、そのたびに石を積み足すことを、以前ほど誰も気にしなくなっていた。
*
さらに時が過ぎる。
壁は、人の背を越えていた。
門は開いている。ヒトの商人が品物を積んで中心都市へ向かい、用事のある者もそこを通る。それでも、暮らす場所ははっきりと分かれていた。
壁際に座っていた若者が、門の向こうに広がる光を眺めていた。
「俺、向こうに住めるなら住んでみたいんだよな」
隣の男が意外そうに見る。
「暮らしにくいぞ。何するにも魔法前提だ」
「だから、ヒトでも暮らせるようになればいいと思う」
男はしばらく黙ってから、門の向こうを見た。
「向こうを変えてもらうだけじゃ駄目だろ。住みたいなら、こっちが合わせなきゃならんこともある」
若者も黙る。
「俺は別に向こうで暮らしたいとは思わない。こっちの方が楽だしな」
「でも、ずっと別々のままでいいのかな」
その問いに、男はすぐには答えなかった。
二人はしばらく、門の向こうに広がる光を眺めていた。
やがて声が遠ざかり、景色の輪郭がゆっくりと滲んでいく。
壁も、門も、その向こうへ続くヒトの街も、薄い霧の奥へ沈んでいった。
アファルが見ていた景色は、そこで途切れた。




