無意識にある壁
「えらい!」
過ぎ去った景色が薄れ、アファルの幹と現在の街並みが戻ってくるなり、オトが声を上げた。
ヴァルガスが眉を寄せる。
「……何がだ」
「ちゃんと止めた!」
「誰をだ」
「龍の子たち。ヒト全部やっつけようとしてたでしょ」
オトは満足そうに頷いた。
「悪いことした人だけにした。えらい!」
「その褒め方をやめろ」
「なんで?」
「腹が立つ」
周囲にいた龍たちから笑い声が漏れた。ヴァルガスが振り返ると、今度は誰も目を合わせようとしない。
ナナも小さく笑ってから、ヴァルガスを見る。
「でも、本当に変わりましたね」
「……千年も経ってるんだぞ」
「昔は相手の話を聞くより先に、飛びかかっていましたから」
「昔の話だ」
「ええ。ずいぶん昔の話です」
ヴァルガスは面倒そうに鼻を鳴らした。
オトはもう別のものに興味を移したらしく、アファルの高みから眼下を覗き込んでいる。
「ねえ。ヒトは今も三つに分かれてるの?」
「ああ。大きくは変わってねえよ」
ヴァルガスも隣へ立った。
「向こうは向こう、こっちはこっち。それでいいって奴が一番多い。復権派も残っちゃいるが、あの一件からはずいぶん小さくなった」
「一緒に暮らしたいって人たちは?」
「いる。むしろ、少しずつ増えてるくらいだ」
「じゃあ、一緒に住めばいいじゃん」
オトがあっさり言うと、ナナが苦笑した。
「そう簡単ではありませんよ。この街は、何をするにも魔法があることを前提に作られていますから」
空を行き交う乗り物、高く伸びる建物、その間を結ぶ通路。千年をかけて育った街は、どこを見ても魔法と切り離せそうにない。
オトはしばらく眺めていたが、ふと首を傾げた。
「……あれ、なに?」
指さした先で、中心都市の外縁を長い壁が走っている。
その向こうにも家々が続いていた。先ほどアファルが見せた、ヒトたちの街だ。
「壁?」
「ああ」
「昔、あんなのなかったよね」
「なかったな」
ヴァルガスの返事に、オトはますます不思議そうな顔をする。
「じゃあ、誰が作ったの?」
「誰が、って話でもねえんだ」
中心都市が広がり、ヒトの街も広がった。互いの暮らし方が違えば、土地の使い方も違う。境を決め、道を分け、少しずつ積み重なったものが、いつしか街と街を隔てる壁になっていた。
「壊そうってならなかったの?」
「困ってねえ奴の方が多かったからな。ヒトの大半も、こっちはこっち、向こうは向こうでいいと思ってる」
「でも、一緒に暮らしたい人もいるんでしょ」
「ああ」
オトは壁の向こう側を見つめた。
そこには同じ国の街が続いている。ただ、一本の壁を境に、景色の作り方がまるで違っていた。
「いつから、あんなのになったんだろ」
その呟きを聞いたように、頭上でアファルの枝葉が揺れる。
オトが顔を上げた。
「……また見せてくれるの?」
ナナが幹へ手を添える。
「そのようですね」
オトも隣に手を置いた。
「じゃあ教えて、アファル」
赤と青の光が、再び樹皮の奥へ沈んでいった。




