区別は差別に見える
赤と青の光が薄れていく。
アファルが見せていた街並みが消え、千年後の景色が戻ってきた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
眼下には、相変わらず大勢の人が行き交っている。
角がある。
獣の耳がある。
鱗がある。
空には龍が飛び、そのさらに下を魔法で浮かぶ乗り物が走っている。
けれど、ヒトの姿はほとんど見えない。
「……追い出してはいません」
ヴァルガスが静かに言った。
ナナが彼を見る。
「分かっています」
「ヒトだからという理由で住む場所を奪ったこともない。働くことを禁じたこともない」
「ええ」
「むしろ、どうにか残れるようにはしてきたつもりです」
ヴァルガスは街へ目を向ける。
「魔力のない者でも使える設備を残した。龍たちにも、困っているヒトがいれば手を貸すよう言ってきました。実際、そうしてきた者も多い」
ナナは黙って聞いている。
「それでも……」
ヴァルガスの声が止まった。
オトが首を傾げる。
「いなくなっちゃったね」
ヴァルガスは答えなかった。
「誰かが意地悪したわけじゃないんでしょ?」
「少なくとも、私が知る限りでは」
「龍たちも助けてた」
「ええ」
「でも、いなくなった」
オトは眼下を見たまま言う。
「なんで?」
ナナが、ゆっくりと口を開いた。
「この街が、魔法を使えることを前提に大きくなったからでしょうね」
オトが振り返る。
「前提?」
「はい。空を飛べる。魔力で道具を動かせる。魔法を使って仕事ができる。それが特別なことではなく、当たり前になっていった」
ナナは街を指した。
「一つ一つなら、小さな不便だったのでしょう」
魔力で開く扉。
空へ伸びる道。
魔法で動く乗り物。
高い場所に作られた店。
「でも、それが街の全部になれば話は変わります」
ヴァルガスが目を伏せる。
「……ヒトに合わせれば、街の発展を止めることになる」
「そうですね」
「だから、別の方法を用意した」
「ええ」
「龍も手を貸した」
「ええ。それでも足りなかったのでしょう」
責めるような声音ではなかった。
ナナはただ、目の前にある結果を見ていた。
「誰かが追い出したわけではありません」
風が吹く。
アファルの葉が静かに揺れる。
「でも、ここで普通に暮らすために必要なものを持っていなければ、少しずつ外へ行くしかなくなる」
オトが、街の中心から外へ続く道を目で追った。
「それって……追い出してないけど、追い出されちゃったみたいだね」
「そういうことです」
ナナが頷く。
ヴァルガスは何も言わなかった。
千年前、追い出される者がいない場所を作ろうとした。
その約束を忘れたわけではない。
守ろうともしてきた。
それでも、街は千年かけて変わった。
オトはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「じゃあさ」
二人がオトを見る。
「今、ヒトはどこにいるの?」
その問いに応えるように、アファルの枝葉が大きくざわめいた。
風はない。
オトが顔を上げる。
「……教えてくれるの?」
赤と青の猫の足跡が、ゆっくりと光を強めていく。
ナナも幹へ手を添えた。
「そのようですね」
光はやがて樹皮の奥へ沈み、アファルの中を静かに巡っていく。




