周縁化の始まり
街には、人が絶え間なく入ってきている。
百年前には龍とわずかな魔人しかいなかった土地に、今では家が並び、道が伸び、朝になればあちらこちらから人の声が聞こえてくる。
角を持つ者。獣の耳を持つ者。鱗に覆われた者。
そして、その中にはヒトの姿もある。
荷車を引いてやってくる家族。商いを始めたい男。新しい畑を探してきた夫婦。
けれど、ヒトがこの地へやってくるたび、龍たちの空気は少しだけ張り詰めた。
かつて自分たちを狩り、角を削り、鱗を剥いだ種族。
忘れられるはずもない。
「追い返せ」
そう口にする龍もいる。
ヴァルガスは首を振った。
「駄目だ」
「だが、こいつらはヒトだぞ」
「だから何だ」
怯える家族と龍たちの間へ、ヴァルガスが立つ。
「追い出されたからって、今度は俺たちが追い出す側になったら何も変わらねえだろ」
龍たちは黙った。
「嫌いでもいい。全員と仲良くなんて無理だ」
ヴァルガスはヒトたちへ道を空ける。
「でも、生きる場所くらいはあっていいだろ」
そうして、ヒトもこの街で暮らし始める。
畑を耕し、店を開き、家を建てる。
ヒトの子どもと魔人の子どもがアファルの根元を駆け回り、祭りの日には同じ屋台の前に並ぶ。
龍の背を見上げて、一緒に歓声を上げる。
最初の塔が建つ頃には、誰がいつからここにいたのかなど、いちいち気にする者も減っていた。
それから、さらに百年。
二本目の塔が空へ伸びる。
街もまた、大きく姿を変えている。
通りには魔力で動く台車が走り、高い建物の窓へは空を飛べる者が荷物を届ける。夜になれば魔法の灯りが道を照らし、陽が沈んでも街の賑わいは消えない。
その横を、ヒトの男が古い荷車を引いて歩いていく。
「それ、まだ使ってるのか?」
隣を走る魔力式の台車から、魔人の男が声をかける。
「俺にはこっちのほうが使いやすいんだよ」
「押すの手伝おうか?」
「大丈夫、大丈夫」
笑って返す。
別の場所では、若いヒトが求人の札を眺めていた。
「悪いね。この仕事は飛べるやつじゃないと厳しいんだ」
「そっか。じゃあ他を探すよ」
それだけだった。
怒鳴られるわけでもない。
石を投げられるわけでもない。
少し不便なだけ。
少し遠回りするだけ。
少しだけ、できないことが増えていく。
さらに季節が巡る。
「もう少し外なら、広い畑が安く借りられるよ」
隣人の魔人が教える。
荷造りをしていたヒトの男が頷いた。
「そうだな。そのほうが俺たちには暮らしやすそうだ」
「行っちゃうの?」
魔人の子どもが、荷車の横で寂しそうに聞く。
「すぐそこだよ。また祭りには来るさ」
男は笑い、子どもの頭を撫でる。
家族を乗せた荷車が、ゆっくりと街の外へ向かっていく。
アファルは、その背中を見送る。
また一軒。
しばらくして、また一軒。
誰かが去れば、空いた場所へ新しい住人が入る。
魔人が増える。
龍も増える。
さらに別の種族もやってくる。
街は少しも寂れない。
むしろ、ますます賑やかになっていく。
三本目の塔が空へ伸びる頃。
通りは、以前よりずっと多くの人で溢れている。
角が見える。
獣の耳が揺れる。
鱗が陽を反す。
龍が空を横切る。
けれど、その人波の中にいるヒトの数だけが、少しずつ減っていた。




