最初の塔が完成
最初の塔が完成した、その日のこと。
酒と料理を囲んだ宴は、まだ終わらない。百メートルの塔には色とりどりの布が掛けられ、その足元を龍も魔人も入り混じって歩いている。
笑い声があちこちから響く中、不意に陽が翳った。
誰かが空を見上げ、それにつられて歓声が途切れていく。
雲の向こうで、巨大な何かが動いている。
やがて黒い影が翼を広げた。龍とも獣ともつかない巨体が雲を押し退け、空を覆うほどの身体を現す。
低い咆哮が大気を震わせた。
悉虚龍アヴァロン。
ノワールが、この地に残していった魔法だ。
「100年ちょうどか。ついにこの時が来たか」
ヴァルガスが翼を広げる。
この日のために、言うことも考えてある。群衆からよく見える位置まで飛び上がると、大きく息を吸った。
「我こそは、この地を護りし龍――」
その途中で、アヴァロンが口を開いた。
「――って、おい」
光が落ちた。
広場の端に並んでいた建物が轟音とともに吹き飛び、宴のために並べられていた料理や酒樽まで宙を舞う。
「まだ俺が喋ってるだろうが!」
二発目が来る。
ヴァルガスは群衆との間へ身体を滑り込ませ、迫る光を翼で弾いた。衝撃が空気を震わせ、地面を走った風圧に人々が身を伏せる。
「待て待て待て! 話が違うぞ!」
そんな訴えなど聞くはずもなく、アヴァロンはそのまま急降下してきた。
振り下ろされた巨大な爪を、ヴァルガスが正面から受け止める。
地面が沈んだ。
「……重っ!」
適当に派手な戦いを見せ、頃合いを見て倒せばいい。
そういう話だったはずだ。
「ノワールのやつ……こんな強くする必要あるか!?」
牙を食いしばった直後、横薙ぎの尾が迫る。
まともに受けたヴァルガスの巨体が吹き飛び、完成したばかりの塔へ叩きつけられた。
「ヴァルガス!」
「大丈夫か!」
悲鳴が上がる。
龍も魔人も関係なく、誰もが同じ顔で瓦礫の中を見つめていた。
やがて石材が崩れ、その中からヴァルガスが顔を出す。
「……演技してる場合じゃねえな」
翼を大きく広げた。
次の瞬間、その身体が一直線に空へ駆け上がる。
アヴァロンの爪をかわし、そのまま顎を殴り上げた。巨体が仰け反り、続けて牙と爪がぶつかる。炎が空を染め、衝撃のたびに塔が震え、街全体が揺れた。
もう芝居ではない。
ヴァルガスは本気で戦っている。
だからこそ、地上から見上げている誰一人として、それが仕組まれた戦いだとは疑わなかった。
長い攻防の末、ヴァルガスの爪がアヴァロンの胸を貫く。
巨体に亀裂が走り、その身体が眩い光となって空へ崩れていった。
一瞬だけ、街が静まり返る。
「ヴァルガス!」
誰かが叫んだ。
「街を守ってくれてありがとう!」
その言葉を合図にしたように、歓声が爆発する。
魔人たちが手を振り、子どもたちが飛び跳ね、龍たちは空へ向かって咆哮を上げた。
当のヴァルガスだけは、空に浮かんだまま肩で息をしている。
「……聞いてた話と違うぞ」
当然、その声は歓声にかき消された。
それから、この地で龍を見る目は少しずつ変わっていく。
遠ざける存在でも、ただ恐れる存在でもない。
困ったときには空を見上げ、その名を呼ぶ。
龍たちは道を守り、空を見張り、ときには大きな身体で荷を運ぶ。街の者たちも、頭上を飛ぶ龍を見つければ当たり前のように手を振るようになった。
そうした日々の中で、一つの呼び名が街に根づいていく。
――英雄龍ヴァルガス。
アファルの傍らで、龍と魔人が築く街は少しずつ大きくなっていった。




