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ブルーストーム  作者: Fawole Oluwaseyi


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さまざまな勇気

店内に笑い声が響き渡り、先ほどまで漂っていた重苦しい空気はすっかり消え去った。コウタは静かに息を吐き、カウンターの方を向いた。そこでは、アヤネがアオイに味噌汁の作り方を熱心に説明していた。アオイは指示に頷きながら、丁寧に鍋をかき混ぜていた。


コウタの口元に、ある記憶がよみがえった。遠い昔、台所でアイコの料理を手伝い、コユキが赤ん坊のレイナを抱きながら傍らで見守っていた頃の記憶だ。


…まるで昔に戻ったみたいだ、とコウタは思った。ほろ苦い笑みが口元に浮かんだ。


「はい、できました!」アヤネが声を張り上げ、皆の前に味噌汁の入ったお椀を置いた。


「ありがとう!」皆は声を揃えて答え、美味しそうに食べ始めた。


「おいしい~!」サヤカは頬に手を当て、満面の笑みを浮かべた。


「本当に美味しいわ」メイも温かく同意した。「心が温まるわ」


「葵、味噌汁も好評だよ」光は満足そうに目を閉じ、ため息をついた。


「うん!」美鶴は頷き、すでに半分ほど食べ終えていた。


葵の視界がぼやけ、胸に込み上げてくる感情を抑え込んだ。静かに、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。


「俺の味噌汁を見て泣きじゃくったら、シンクが詰まるぞ」


葵はハッと振り返り、「白川さん…!」と叫んだ。


コウタは数歩離れたところに立っていた。腕を組み、表情は読み取れなかったが、その目は優しかった。


彼はため息をつき、清潔なタオルを差し出した。「今日はよく頑張ったな」と彼は簡潔に言った。


葵は震える指でタオルを受け取った。「…ありがとうございます」


彼はカウンターに寄りかかった。「なあ、普通はここまで来る前に辞めちゃうんだよ」


葵は首を横に振った。「辞めたくなかったんです」


「ああ」彼は頷いた。「わかったよ」


少し間があって、それから――


「もしよかったら」コウタは後頭部を掻きながら続けた。「放課後毎日来てもいいよ。ちゃんと教えるから。急がせることも、プレッシャーをかけることもない」


彼女は息を呑んだ。「…本当?」


彼は軽く鼻で笑った。「勘違いしないでくれ。そんなにやる気のある君を無駄にさせるわけにはいかないんだ」


アオイは深々と頭を下げた。「頑張ります」


彼は微笑んだ。「わかってるよ」


アオイが片付けに戻ろうとした時、彼女の視線は残った卵焼きに留まった。


彼女はためらった…そして、小さく一口食べた。


その味は舌の上に優しく広がった。柔らかく、温かく、懐かしい味。


彼女の胸が締め付けられた。…お母さん。


記憶が静かに蘇った――台所で母が鼻歌を歌いながら、手慣れた様子で卵をひっくり返していた。出汁の香りが漂う。もう少しだけ待つようにと優しい声が聞こえた。


「美味しい料理には忍耐が必要なのよ」と母はかつて言った。


葵は胸に手を当てた。「…今なら分かる」


彼女はコンロを見つめた。カウンターを見つめた。そして微笑んだ。


料理は完璧を目指すことではないのかもしれない。自分が何者なのか、そしてどんな自分になりたいのかを思い出すことなのかもしれない。


葵がもう一度綾音たちのほうを見た時、ドアベルが鳴った。皆が振り返ると、そこに麗奈が立っていた。彼女の顔には明るい笑顔が浮かんでいた。


「みなさん、こんにちは~!また会えて嬉しい~!」彼女は元気よく挨拶した。


「麗奈先輩!」和樹は息を呑んだ。


「やあ!」麗奈は軽く敬礼しながら歩み寄ってきた。「どうしたの?」



「葵の料理を試食させてもらってるんだ」と光はニヤリと笑って言った。


麗奈は瞬きをした後、興奮した笑顔になった。「え、マジで?!もう料理できるの?」と葵の方を向いて尋ねた。


葵は頬を赤らめながらうつむき、光が肩に腕を回した。


「もちろんさ」と光は誇らしげに言った。「すごく美味しかったよ」


「えー!ずるいよ~!」麗奈は口を尖らせた。「私も食べたい~!」


葵は微笑んだ。「いいよ。まだ残ってるから」


「やったー!」麗奈は歓声を上げ、葵が料理を運んでくれると、バースツールに腰を下ろした。数分後、玉子焼き、茶碗蒸し、味噌汁が彼女の前に運ばれてきた。


「わぁ~!」レイナの目はキラキラと輝いた。


「どうぞ」とアオイは優しく言った。


レイナは両手を合わせて「ありがとうございます~!」と言い、すぐに食べ始めた。一口食べるごとに目が輝いた。


「すごく美味しい~!本当に美味しい!」とレイナは満面の笑みを浮かべ、茶碗蒸しを一口すすりながら、卵焼きをもう一切れ口に放り込んだ。「この卵スープ…すごく温かい。」


「そうでしょ?」メイも頷いて同意した。


レイナは味噌汁を一口すすり、目が輝いた。「最高~!大好き!」


「ありがとう」とアオイはレイナが食べ続けるのを静かに見守った。


「うーん!リョウは損してるね」とレイナは笑った。「写真撮らなきゃ!」とスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。


アオイはシンクの方を向き、食器に手を伸ばした。


「あおい」コウタは優しく彼女を制止し、微笑んだ。「それは置いていっていいよ」


彼女は瞬きをした。「え?でも…」


「僕がやるよ。今日はもう十分頑張ったんだから。少し休んでいいよ」


あおいは少し躊躇したが、微笑んでエプロンを外し、彼に手渡した。「ありがとう」


皆がドアのところに集まると、コウタは手を振った。「おやすみ、みんな」


「気をつけて帰ってね!」レイナが口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、元気よく手を振ると、リクヤ、メイ、アヤネもそれに続いた。


「またね」あおいは静かにそう言って、微笑みながら外に出た。ライトたちも彼女の後を追って夜の闇の中へと消えていった。


「葵、本当に心を開いてきたね」と、コウタはシンクで皿をすすぎながら静かに言った。


「うん」と、レイナはうなずきながら、最後の卵焼きを口に放り込んだ。


「まだまだ先は長いけどね」と、コウタは懐かしそうに微笑みながら付け加えた。


レイナはくすっと笑った。「そうね…でも、少しずつ良くなっているわ」


コウタは、レイナが葵の料理の写真をスクロールしているのを見て、ちらりと視線を向けた。


「彼女が経験してきたこと…そして今、彼女がしていること…」と、レイナはカウンターに視線を落としながら呟いた。コウタは手を止め、シンクから手を下ろして彼女を見た。


「なんだか、あの頃を思い出すわ」と、レイナは優しく微笑んだ。「そうでしょ?」


コウタは指を軽く曲げた。彼女の言葉が、彼の胸の奥底を揺さぶった。


一瞬、店の雰囲気が別のキッチンへと移り変わった――もっと小さく、静かなキッチンだった。彼はまだ若かった。愛子が柄杓をいじくり回すのを、肩を並べて見守っていた。彼女の顔には苛立ちがはっきりと表れていた。彼は優しく笑い、愛子の手を導きながら、ゆっくりやるように言ったのを覚えている。


数歩離れたところで、小雪は優しい微笑みを浮かべながら見守っていた。幼い麗奈は小雪の肩に寄り添い、鍋から立ち上る湯気を、好奇心に満ちた目でじっと見つめていた。


記憶は薄れ、温かい余韻だけが残った。


「ああ…」コウタは静かに言った。


麗奈は微笑んだ。「愛子おばさんに会いたいな」と彼女は打ち明けた。「葵に、お母さんのこと知ってるって言った時の顔、見せてあげたかったよ」


コウタは眉を上げた。「僕のことは言わなかったよね?」


麗奈は首を横に振った。「まだ」彼女は窓の方を向き、エメラルド色の瞳に映る自分の姿を見た。 「あなたのことは、それに初代ナイチンゲールのことも、彼女には話してないわ。アイコおばさんを知っているってだけ。」


彼女は彼を振り返り、決意に満ちた眼差しを向けた。「彼女が真実を知るのは時間の問題よ。準備しておかなくちゃ。」


コウタは彼女の真剣な表情に頷いた。


「うん。」


………………


アオイはあくびをしながら、両手をポケットに突っ込んで学校へ向かった。昨夜のことが頭をよぎる。アヤネが彼女の手を導いてくれたこと、ライトたちが彼女の料理を味見した時の表情。


頬が赤くなり、彼女は微笑んだ。よかった……


「おはよう、アオイ~!」


彼女が完全に振り向く前に、誰かが彼女の背中に飛び乗り、腕を彼女の首に回した。


「おはよう、あやね」とあおいは笑いながら言った。


茶髪の少女はくすくす笑いながら飛び降り、メイが彼女の隣に歩み寄ってきた。


「おはよう」とメイは挨拶した。


「こんにちは、メイ」とあおいは答えた。


「やあ!」さやかが声をかけ、静かに遠くを見つめる静香を連れて近づいてきた。


「さやか。静香」とあやねは挨拶した。


「私たち5人一緒ね」とさやかはにっこり笑った。「いいね。行こう!」


「うん」とあおいは言い、彼女たちの歩調に合わせ始めた。


……………


「あの化粧品ブランド、本当に高いよね~!」ピンク色の髪の双子の片割れが姉と一緒に歩きながら、早口でまくし立てた。「お母さんとお父さんが買ってくれると思わない?お姉ちゃん」



静香はスマホに目を釘付けにしたまま肩をすくめた。「さあね。自分で決めて。」


「えっ!? なんでそんなに興味ないの~!?」 さやかはわざとらしくため息をついた。「もっとワクワクしなきゃ!」


「…んー」静香は呟いた。


二人の後ろで、葵、綾音、芽衣は面白そうに微笑みながら見ていた。


「さやかちゃん、頑張ってるよね」芽衣は小声で言った。「でも静香ちゃんはやっぱり化粧品に興味ないみたい。」


「そうね」綾音は笑った。「さやかちゃんは地元で有名人みたいなものなのに。」


葵は瞬きをした。「えっ、そうなの?」


綾音は頷いた。「うん。」


葵は再び前を向き、さやかが静香の肩をつかみ、満面の笑みを浮かべているのを見た。二人が一緒に校門をくぐると、葵の顔にも小さく優しい笑みが浮かんだ。


「ねえ、数週間前に買った新しいメイクキット、絶対気に入ると思うよ」教室に着くと、さやかはそう言った。「使い方もちゃんと教えてあげるからね、あおい」


教室のドアの前で立ち止まると、あおいは微笑んだ。「楽しみにしてるよ。誕生日にもらったやつ、まだ使ってないんだ」


さやかの目がいたずらっぽく輝いた。「わかるわ」


あおいは眉をひそめた。「どういう意味?」


芽衣は小さく笑った。綾音は愛おしそうにため息をつき、静香はただ首を横に振った。


あおいは鼻から息を吐き出し、ドアノブに手を伸ばした。「まあいいや…中に入って」


彼女はドアをスライドさせて開けた。


「やっと来たわ!」


まず声が聞こえた。それから物音がした。


教室が見えた瞬間、葵は凍りついた。机は脇に押しやられ、会話が重なり合い、見慣れない顔が教室を埋め尽くしていた。人が多すぎる。少なくとも普段の倍はいる。


頭が真っ白になった。「…どうして…」と、葵はゆっくりと呟き、人混みを見回した。「まるで学校行事でもやってるみたいじゃない!」


「おい!葵!」


葵が振り返ると、ちょうどその時、セツナが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「セツナ?!」葵は呆然とした。「何してるの?」


「両クラスの代表を発表するのよ」とセツナはあっさり答えた。


葵は瞬きをした。


二度。


「…何だって?」


セツナは首を傾げた。「え?君たち、彼女に言ってなかったの?」


空気が一変した。


メイの視線が横に逸れた。 「あやね」と彼女はゆっくりと言った。


さやかと静香は同時に振り向いた。


「あおいに話すって言ってたでしょ」とメイは甘い笑みを浮かべながら、危険なほどに微笑んだ。


あおいはゆっくりとあやねの方を向いた。「何を話すの?」


茶髪の少女は緊張したように笑い、首の後ろをこすった。「あはは…あの、面白い話があって…」


あおいの目がぴくりと動いた。「続けて」


……………


「えっ、何ですって!?」葵は信じられないといった表情で彼らを見つめた。「選挙があったのに…私に何も言わなかったの!?」


「大したことじゃないよ、葵」美鶴は肩をすくめて腕を組んだ。


葵が何か言う前に、芽衣が彼の肩を軽く叩いた。


「大したことよ」彼女は落ち着いた口調で訂正した。


和樹は申し訳なさそうに微笑んだ。「まあ…綾音を責めるつもりはないよ。葵のことで頭がいっぱいだったんだから」


葵は頬が熱くなるのを感じた。


光は頷いた。「そうだよ。誕生日とか…それにね…」彼はニヤリと笑いながら横目でちらりと見た。「君の料理。あれは今でも忘れられない」


「そうだね」陸也と双子も頷いた。



葵は顔に熱がこみ上げ、罪悪感に満ちた目で絢音を見つめた。


葵はそっと息を吐き、視線を逸らした。「大丈夫。本当に。」


絢音は息を止めていたようで、大きく息を吐き出した。「ごめんなさい…」


葵は軽く手を振った。「気にしないで。」彼女の視線は部屋を見回し、そこに集まっている見慣れない顔ぶれを目に焼き付けた。


「…それで」と少し間を置いて、葵は言った。「この選挙って一体何なの?」


絢音の表情が明るくなった。「六鉤爪のメンバーを決める選挙よ。」


葵は瞬きをした。「…え?」


「六鉤爪」と陸也は少し後ろにもたれかかりながら説明した。「最強の戦闘部隊の一つで、ナイチンゲールの核となる部隊だ。でも、選ばれるのは主に一年生なんだ。」


葵はうなずいた。 「ああ…五尾みたいなやつだよね?」


綾音はニヤリと笑い、ノートとペンを取り出した。「わあ、葵、よく覚えてたね~」


「うるさい」青い髪の少女は頬を赤らめながら呟いた。


綾音はノートをめくりながら言った。「六本爪は、さよなき高校の1年生のこと。選抜方法は実はとても簡単。1年生、2年生、3年生が順番に選ばれる。それから逆順で、4年生が3年生、5年生が2年生、6年生が1年生になる」


陸也が口を挟んだ。「俺たち1年生は実力で選ばれるんだ。前期から3人、後期から3人選ばれる」


葵は首を傾げ、眉をひそめた。「…えっと、前期と後期ってどういう意味?」


ライトは軽く鼻で笑った。「おいおい、物覚え悪いな」


葵は鋭い視線を彼に向け、「黙れ、影野郎」と言った。


綾音は動じることなく微笑んだ。「わかった、説明しよう。さよなき高校は各学年4クラス制で、各クラスは2つの翼に分かれているんだ」


「つまり、4クラスが半分ずつに分かれているってこと?」葵は腕を組んで尋ねた。


「その通り」綾音は頷いた。「1組と2組は第一翼、ジン先輩の『炎の翼』。3組と4組は私の姉の『鋼鉄の翼』だ」


葵は感心して目を丸くした。「へえ…ずいぶん考えが凝ってるわね」


陸也は再び身を乗り出した。「各クラスから最強の戦士を3人ずつ選ぶんだ。1組と2組は生徒同士で投票して3人ずつ選出し、3組と4組も同様に投票する」


葵は机を見つめながら呟いた。「…ああ…なるほど」


メイはニヤリと笑った。「やっと気づいてくれたのね。」


アオイは安堵と苛立ちが入り混じったような息を吐いた。「正直…この選挙って、最初はもっとややこしかったわ。」


グループは小さく笑い合い、額に汗がにじんだ。


「うん…彼女に早く言わなくてよかったね」と、皆は声を揃えて微笑んだ。


アオイはもう一度静かに息を吐き、再びクラスに視線を向けた。「それで…みんな、誰が当選したか聞きに来たんだよね?」


「うん!」アヤネは満面の笑みを浮かべ、椅子の上で少し跳ねた。


「さあ、1年生。始めましょう。」


戸口から声が聞こえ、見覚えのある赤毛の少女に皆の視線が集まった。


「あすか!」誰かが囁いた。


「そして…ユラも」綾音はそう付け加え、二年生の紫色の瞳を見つめた。


「五尾の一員…」別の生徒が呟いた。


あすかは澄んだ青い瞳で部屋を見回し、左に視線を移すと、ユラの傍に誰もいないことに気づいた。ため息をついた。


「さあ、チエコ。この人たちは噛みついたりしないわよ」そう言って、ドアの方を指差した。


小さな人影がためらいがちに覗き込み、赤褐色の瞳を伏せた。「で、でも…みんな私を見つめている…」震える声で呟いた。


あすかは再びため息をつき、一歩前に進み出て少女の手を取った。 「さあ、自信を持って!覚えてる?この話はしたでしょ。それに、もっと大切なのは、あなたは五尾の一員なんだから、それらしく振る舞って。」


軽く押されると、少女は床に視線を落としたまま部屋に入ってきた。長く真っ直ぐな紫色の髪が顔を縁取り、前髪が眉毛にかかり、両サイドには顎の長さの髪が二房垂れていた。


葵は少し目を見開いた。「あ…あの子だ…」彼女は開会式のことを思い出しながら呟いた。「でも、なんだか…違う。私が覚えているよりも緊張しているし…それに…背が低い。」


「あ、あの…」少女はどもりながら、かろうじて聞き取れるほどの声で言った。「あ、あの…」


「え?」クラス中が瞬きをする中、少女の頬は真っ赤に染まった。


明日香は少し身をかがめ、少女の肩に手を置いた。 「みんな、彼女のことは心配しないで。ただすごく恥ずかしがり屋なだけなの。こちらは紫千恵子。私とゆらと一緒に五尾の一員なのよ。」


部屋中に驚きのざわめきが広がった。


「彼女…五尾の一員なの?」葵は腕を組みながら呟いた。「正直…あんなに恥ずかしがり屋なのに。」


隣にいた綾音はくすっと笑った。「うん…私も彼女のことはよく知らないの。」


千恵子は震える手で両手を胸の前で組んだ。教室のざわめきにかき消されそうなほど小さな声だった。


「わ、わ、私は…えっと…紫千恵子です」と、千恵子はどもりながら床に視線を落とした。「私…頑張ります…」


数人の生徒が疑わしげな視線を交わし、中には笑いをこらえている者もいた。葵は眉をひそめ、少し身を乗り出した。


彼女はとてもか弱そうに見える…でも、声にはどこか決意が感じられる。


千恵子は震える息を吐き、ほんの一瞬だけ視線を上げた。数人の好奇心に満ちた視線と目が合った。かすかな決意の光が宿ったが、教室中の視線の重圧に押しつぶされそうだった。


彼女は指を髪に絡ませ、顔を隠すように前に垂らした。


「これ…すごく恥ずかしい」と、彼女は呟いた。 「私…私、できないと思う…」


アスカは動じることなくくすくす笑った。「開会式の時はこんな風に固まってなかったじゃない。」


チエコは前髪の間から顔を覗かせ、震える声で言った。「あの時は違った…レイナとリョウがいたし、みんなもいた。でも今は私たちだけ…教室中の生徒が私を見つめている。」


ユラは肩をすくめた。「このクラスか、あのクラスか、どっちかだったでしょ。」


チエコは肩を落とした。「どっちも、あまり良くない気がする…」


「大丈夫よ」アスカは励ますように囁き、チエコの肩を軽く握った。「あなたならできるわ。言いたいことを、一つずつ言っていけばいいのよ。」


ゆっくりと、チエコは背筋を伸ばし、声が少し落ち着いてきた。「私…私はチームを支えます…そして、五尾とサヨナキのみんなを守ります…」


教室に静寂が訪れた。疑念を抱いていた生徒たちも、彼女の声に込められた真摯さを感じ取り、沈黙した。


葵は首を傾げ、彼女をじっと見つめた。彼女は内気だけど…彼女なりの強さを持っている。お母さんが言っていたように、強さとは見せびらかすことではないのだ。


綾音は優しく微笑み、葵の肩に手を置いた。「ほらね?緊張しているけど、やる気はある。それが大切なのよ。」


千恵子の頬はまだ赤かったが、小さく、ためらいがちに頷いた。手を離し、一瞬、少し自信に満ちた様子を見せた。


葵は静かに息を吐き、口元に小さな笑みを浮かべた。簡単ではないけれど…彼女は頑張っている。本当に努力している。


教室はしばらく静まり返った後、賛同のざわめきが広がり始め、千恵子は予想外の支持に目を丸くした。


「あぁ…」千恵子は静かにため息をつき、黒板の方を振り返った。皆の眉間にはかすかな皺が寄った。


「うーん…彼女、相当勇気が出たんだろうね」と、美鶴は優しく微笑みながら言った。


「うん」陸也は眼鏡をかけ直し、考え深げに頷いた。「まだ2年生だなんて信じられないよ」


「うん…」と光も小さく微笑みながら付け加えた。


葵の声がざわめきを遮った。「コアメンバーは実力で選ばれるって言ってたよね?」


彼女は腕を組み、隣で明日香が熱心に話している間も、視線は千恵子に釘付けだった。


綾音は彼女の方を向いた。 "うん。"


葵の唇にかすかな笑みが浮かんだ。「ということは、あの内気な性格の裏には…賭ける価値のある実力があるってことね。」


彼女は少し首を傾げ、鋭い眼差しを向けた。「強いわ。」


ライトは瞬きをした。「見ただけで分かったのか?」


葵は一度頷いた。「ええ。そういう経験は豊富だし…でも、今は強さが全てじゃないと思うわ。」


「え?」全員の視線が彼女に集まった。彼女は少し間を置き、肘をテーブルにつけながら、笑みを少し緩めた。彼女の視線は再びグループへと向けられた。その瞳に何か読み取れないものが宿った――コウタの言葉が静かに彼女の心に浮かび上がってきた。


「サヨナキの生徒になること、そしてナイチンゲールになることは、私の知る限り、必ずしも強さだけに依存するわけではない。ナイチンゲールが創設された理由、そしてあの生徒たちが求めているのは、強い人間ではなく…どんな形であれ、この町を守ろうとする意志を持った人間なんだ。」


「サヨナキに着いた時、生徒全員が戦闘能力を持っているわけではないことに驚かないでほしい。中には、ただ元気で、決意を固めて戦闘を学んでいるだけの生徒もいるだろう。中には、無邪気だけど才能にあふれた新人で、その才能で皆を驚かせる者もいるかもしれない。だから、なりたい自分になることは構わない…大切なのは、そうする意志と決意を持ち、彼らと共に立ち上がることだ。それが本当に重要なことなんだ。」


アオイはゆっくりと息を吐き出した。頭の中に残っていた言葉の残響が、次第に落ち着きを取り戻していった。彼女の唇に笑みが浮かんだ。


「私たちがどんな形であれ、この町を守ろうと決意している限り、それが本当に大切なことなの」と、彼女は穏やかだが毅然とした声で言った。「強さとは、見せびらかすことじゃないのよ」


彼女の視線が鋭くなった。「みんなを守るために、自分にできることを尽くすことなの」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。綾音たちは息を呑み、彼女の言葉の重みに不意を突かれた。


「うわあ、葵…」陸也は心底感嘆して呟いた。


「すごい激励の言葉だったな」と光はニヤリと笑った。


「私も同感」とさやかも同じように微笑み、和樹と静香も頷いた。


芽衣は微笑みを緩め、手を伸ばして葵の髪をくしゃくしゃにした。「よく言ったわ」


「ちょ、ちょっと、触らないで」葵は軽く彼女の手を払い除けたが、その小さな笑みは彼女の苛立ちを物語っていた。


隣にいたライトは、彼女を見ながら思わず微笑んだ。


部屋の向こう側で、千恵子の視線が葵とほんの一瞬だけ交わった。青い髪の一年生をじっと見つめる千恵子の目に、好奇心がかすかに浮かんだ。


「えっと…」千恵子は言葉を濁し、一歩後ずさりした。明らかに考え直しているようだった。葵は困惑したように眉を上げたが、何か言う前に、明日香はそのやり取りに気づいた。意味ありげな笑みを浮かべ、教室の方を振り返った。


「さて。皆さん、来てくれてありがとう。私たちがここにいる理由は分かっているよね?」


教室はたちまち静まり返り、皆の視線が明日香に集まった。


「数日前、六爪選挙プログラムが開始され、皆さんはそれぞれ、最も有能だと思う人に投票しました。」


明日香はニヤリと笑い、澄んだ青い瞳を輝かせた。 「六つの爪は、サヨナキ高校の全1年生を代表するメンバーです。このグループから3人、反対側から3人。彼らが君たちを指揮します。もし何か問題が起きたら、彼らは…」


「もう結果発表してくれない?」ユラは既に退屈そうに口を挟んだ。


「そんな風に邪魔しなくてもよかったのに…」アスカは片方の口角を上げて微笑み、苛立ちの表情を浮かべながら目を固く閉じた。


「ごめん。ちょっと退屈だったの」ユラはぶっきらぼうに言った。


チエコは小さく笑い、アスカはユラを鋭く睨みつけた。ため息をつき、赤毛の少女はチエコからタブレットを受け取ると、ボードの方へ歩み寄った。画面の光が彼女の顔に反射し、スクロールする。


「よし。仲間は詳しい説明は要らないみたいだから、結果を発表するわね」


彼女は小さなコントローラーを手に取り、ボタンを押した。プロジェクターが唸りを上げて起動し、黒板に明るい光を映し出した。


教室は静まり返った。名前が次々と現れるにつれ、葵の目はゆっくりと見開かれた。彼女は口をあんぐりと開けた。


「えっ、何ですって!?」

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