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ブルーストーム  作者: Fawole Oluwaseyi


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いつまでも心に残る瞬間

拍手はゆっくりと静まり、残るのは皿のかすかな音とダイナーの灯りの微かな響きだけだった。彼女はギターをそっとテーブルに置き、指先を弦にしばらく留めた。音楽が生み出した、儚い繋がりを断ち切りたくなかったのだ。


彼女が顔を上げると、ライトと目が合った。彼は他の人たちほど大きな拍手はしなかった――その必要がなかったのだ。彼の瞳は深く、揺るぎなく彼女を見つめていた。その瞬間、まるで世界が溶けて消え去ったかのようだった。


ライトはゆっくりと一歩前に踏み出した。両手をポケットに突っ込み、表情は読み取れなかったが、その瞳には、彼がめったに見せない、かすかな優しさが宿っていた。


「君は……あれは……」彼の声は低く、落ち着いていたが、その奥には畏敬の念が感じられた。「本当に……美しかった。」


葵の頬は赤らみ、口元に小さな笑みが浮かんだ。恥ずかしいのか嬉しいのか、自分でも分からなかった。「あ、ありがとう…」と、かろうじて聞き取れるほどの声で呟いた。


ライトは静かに見守っていた視線をようやく解き、少し照れたような小さな笑みを浮かべた。「…こんなことを言われたのは初めてだ。今まで一度もなかった。」


葵は首を傾げ、髪の間からライトを見つめた。「…本当にそう思ってるの?」


ライトは力強く一度頷き、彼女の瞳をじっと見つめた。その視線に、葵の胸はドキッとした。「ああ。そうだ。君は…人の心に何かを感じさせる力を持っている。ただ歌を聴かせるだけじゃなくて、感じさせるんだ。」


葵の唇に自然な笑みが浮かんだ。そして、久しぶりに、自分が認められたような気がした。戦士としてではなく、友達としてではなく、いつも強がっている人としてではなく、ありのままの自分として。


「うーん!これ、すごく美味しい~!」誰かが頬を膨らませて、至福の表情で呟いた。


「白川さんの料理、最高!」別の人が甲高い声で叫んだ。


「だろ?!」美鶴と陸也は声を揃えてニヤリと笑った。


コウタは照れくさそうに手を振りながら笑った。「はいはい、冷める前に食べなよ。」


葵は優しく微笑んだ。「白川さん…いつかぜひ、お料理を教えていただきたいです。」


コウタの目が輝いた。「おや?いつでもどうぞ。」


彼女は頷き、微笑み返した。そして視線を部屋の向こうへと向けた。美空がカウンターの端に座り、飲み物のストローをくるくると回していた。顎は緊張し、片手はテーブルに強く握りしめられていた。


「じゃあ、行くね。」彼女は突然そう言って立ち上がった。「またね。」


「僕も一緒に行くよ!」ジンは慌てて言い、すでに彼女の後を追ってドアに向かっていた。


彼は振り返り、照れくさそうに笑った。「ごめん、もう行くよ。改めて誕生日おめでとう、葵!ケーキ、最高だったよ!」


「もう行っちゃえよ」ジンが笑うと、リョウはため息をついた。ドアが後ろで閉まった。


葵はドアが閉まるのを見送ってから、カウンターに視線を向けた。コウタがそこに立っていて、出口をじっと見つめていた。彼の顔に影が差したが、すぐに払いのけた。


…一体どうしたんだろう?葵は首を少し傾げ、それから肩をすくめた。どうせパーティーはもう終わりだし。


「私…」


彼女の視線は目の前に立つライトに移った。彼は目をそらし、普段とは違って恥ずかしそうな表情をしていた。


「家まで送っていくよ」彼は呟いた。


葵は瞬きをしてから微笑んだ。「うん」彼女は立ち上がり、皆の注目を集めた。「そろそろ帰るわ。」


「うん!」綾音は明るく答えた。


「気をつけてね」芽衣はくすっと笑いながら付け加えた。


「うん」葵は答えた。


「ライトも一緒に行くんだよね?」美鶴はにっこり笑った。


陸也は芝居がかった仕草で両手を合わせた。「あ~、可愛い~!」


「ただ家まで送ってあげるだけだよ、バカ!」ライトは大きなぬいぐるみを持ち上げながら言い放った。


葵は静かに笑い、皆の方を振り返った。「みんな、パーティーありがとう。」


「どういたしまして!」新太はにっこり笑った。


「おやすみ~!」リョウは手を振った。


「ゆっくり休んでね」レイナは優しく言った。


「うん」アオイはプレゼントの袋を整え、外に出た。ライトもすぐ後ろをついていく。


「ライトも気をつけて帰ってね~!」ミツルとリクヤが二人に声をかけた。


「待ってるよ~!」リョウは歌うように言った。


ライトはくるりと振り返り、目を光らせた。「お前らバカどもは後で片付けてやる!」


夜の街へ並んで歩きながら、アオイは笑いをこらえた。


「…あいつらめ」ライトは呟いた。


「本当にからかう機会を逃さないわね」アオイはくすくす笑った。


「ふん。後でちゃんと話をしてやる」ライトは呟いた。


アオイは微笑み、視線を道路に戻した。彼女の目は舗道へと移り、表情が和らいだ。


「今日、姉さんに会いに行ったの」ライトは一瞬、不意を突かれて彼女に目を向けた。「…ああ。」


道が二股に分かれる地点に差し掛かると、街灯がアスファルトに淡い金色の光を落としていた。彼女の微笑みはそのままだった。「…そろそろだと思ったの。事故の後、彼女に会いに行くことさえ許されなかった。一度も。」


ライトは静かに彼女を見つめ、同情の眼差しを向けた。


「何年もずっと気になっていたの。」彼女はかすかに、少し照れくさそうに笑った。「家出した後、去年一度だけ会うことができた。誰にも知られたくなかったから…それ以来、二度と会っていない。」


「まだ罪悪感を抱えていたんだね。」ライトは優しく言った。


葵は頷いた。「ええ。彼女が目を覚ましたのに、動けないのを見て、辛かった…でも、同時に安心もしたわ」彼女は胸元のロケットに指を触れた。「今日、彼女に会いに行ったら…元気そうだった。大丈夫そうだった」


彼女は優しく微笑んだ。「彼女と話したの。そして…みんなが私にしてくれたことを全部思い出したら、心が軽くなったわ」


彼女の笑顔が温かくなった。「正直、もう誕生日プレゼントをもらったような気がする」


ライトは彼女の手からロケットへと視線を移し、小さく微笑んだ。「ああ」


葵は歩みを止めた。彼女が振り返ると、ライトも彼女の傍らに立ち止まった。「昔は自分が嫌いだったの」彼女は静かに打ち明けた。「自分は呪われた嵐に過ぎないって、本当に信じてた」彼女はライトの目を見つめ、微笑んだ。「でも、みんなが、私にはそれ以上のものがあるって教えてくれた」


ライトはしばらく彼女を見つめ、それからかすかに鼻で笑って視線を逸らした。「もちろんさ」


彼は彼女の方を振り返り、表情は毅然としていたが、真摯だった。「一つだけ確かなことがある。」


葵は瞬きをした。「え?」


ライトの視線が和らぎ、少し身を乗り出し、彼女にしか聞こえないほど声を潜めた。「君は…素晴らしいよ、葵。それを決して忘れないで。」


葵の心臓は高鳴り、バッグの取っ手を握りしめながら、小さく頷いた。「忘れないわ…あなたのおかげで。」


ほんの一瞬、二人はそこに立ち尽くした。コオロギの鳴き声が遠ざかり、言葉には出さなくても、二人の間には深い繋がりが感じられた。静かで、簡素な時間だった…それでも、それで十分だった。


ライトは背筋を伸ばし、咳払いをした。「あ、あの…とにかく…先に進もう。もうすぐ家だ。」


葵は瞬きをし、頷いた。「うん。」


二人は歩き続けた。静寂は心地よく、しかし言葉にならない思いで重くのしかかっていた。葵は舗道に視線を留め、考えないように努めてきたある一つのことが頭をよぎった。


彼だけが、彼女に贈り物をくれなかった。


彼女は静かに首を振り、その考えを振り払った。


「着いたわ。」


ライトの声で彼女は我に返った。顔を上げると、玄関ドアと、その前にきちんと置かれた中くらいの大きさの箱に目が留まり、少し目を見開いた。小さくても頑丈なその箱は、側面に数カ所の通気孔が開けられているだけで、段ボールには何も傷がなかった。


「え?」彼女は首を傾げ、箱の方へ歩み寄った。「これ、どうしてここに?」


「ああ、不思議だな…」ライトは彼女を横目で見ながら呟いた。


その言葉に彼女は振り返った。彼は一歩後ろに下がり、両手をポケットに入れ、箱ではなく、わざと通りの向こう側のフェンスに視線を向けていた。珍しく、彼は…落ち着かない様子だった。


葵は再び下を向き、セロファンの袋を脇に置いた。箱が動いた。


ほんのわずかだったが、確かに動いた。


彼女は息を呑んだ。すぐにしゃがみ込み、蓋の上に指を置いた。「ライト…」彼女はそっと言った。「…動いたわ。」


「わかってるわ」


それは安心できる言葉ではなかった。


彼女はゆっくりと、慎重にテープを剥がした。段ボールの蓋がかすかな音を立てて開き、ほんの一瞬、中は真っ暗だった。


すると、丸い二つの目が彼女を見上げた。


小さな柴犬の子犬が箱の縁から顔を覗かせ、片方の耳を前に垂らし、尻尾をためらいがちに振った。吠えるというよりは、息遣いに近い小さな音が漏れた。


葵は凍りついた。


「…犬だ」と彼女は呟いた。


子犬はちょうどその時、ぎこちなく前に進み、前足が箱の縁を滑り落ち、彼女の腕の中に転がり込んだ。温かく、しっかりとした感触で、本物だった。


葵は思わず、かすかに、途切れ途切れの笑い声を漏らした。まるでずっとそうしてきたかのように、彼女は本能的に子犬を抱きしめた。


彼女の後ろで、ライトが咳払いをした。 「カフェで、なぜ私だけがあなたにプレゼントをあげなかったのか、不思議に思っていたでしょう?」


彼女は子犬を胸に抱きながら彼を見上げた。「それで、ここに連れてきたの?」


「…ああ。」彼は視線をそらし、「あの時見せていたら、からかいが止まらなかっただろうな。僕たちは…」彼は言葉を詰まらせ、頬を赤らめた。


「君に気まずい思いをさせたくなかった。それに、特定の反応を強要したくもなかった。」


子犬はあくびをして、葵のジャケットに顔をうずめた。この瞬間の感情的な重みなど、全く気にしていないようだった。


彼女はゆっくりと立ち上がり、目を輝かせた。「私のために…そんなことまで考えてくれたの?」


ライトは肩をすくめたが、耳は赤くなっていた。「こうする方が、ただ気持ちがいいと思ったんだ。」


しばらくの間、葵は何も言わなかった。再び子犬を見下ろし、それからライトを見た。


そして、突然、彼女は一歩前に出て彼を抱きしめた。


強く抱きしめるわけでも、急に抱きしめるわけでもなかった。ただ、素直に。


「ありがとう。」彼女は彼の肩に顔をうずめ、震える声で言った。「本当に。ありがとう。」


ライトは一瞬体を硬直させたが、すぐに力を抜いた。片手をぎこちなく動かした後、彼女の背中にそっと置いた。


「どういたしまして。」


子犬は二人の間に身をよじり、小さく不満げな鳴き声をあげ、まるでその決断に賛成するかのように尻尾を振った。


アオイは静かに笑い、手を離しながら抱きしめていた力を緩めた。「ちょっとおかしいよね。最初は敵同士だったなんて。」


ライトは瞬きをした。「そこまで言うつもりはないけど…」


「ん?」


彼は少し向きを変え、緊張した表情を浮かべた。「さっきも言ったけど…君に嫉妬してたんだ。初めて会った時から――入学試験での君の素晴らしさにね。」彼の視線が上がり、彼女の目と合った。「…君をライバルにしようと決めたんだ。」


葵の唇に笑みが浮かんだ。「ライバル、ね?」


ライトの顔が赤くなった。「そ、変な言い方しないでよ!わかってる、わかってる。あの頃の僕は最低だった。」


葵は優しく首を横に振ったが、笑顔は消えなかった。「ううん。大丈夫。」


二人は静かに微笑み合い、二人の間の距離は明らかに和らいだ。


「それで…」ライトは彼女の腕の中で丸まっている子犬を指さした。「…名前はもう決めたの?」


葵は子犬を見下ろした。子犬の温かい茶色の瞳が、警戒心のない、信頼に満ちた彼女のラベンダー色の瞳と交わった。彼女はそれをそっと、優しく抱きしめた。


「シオ。」


ライトは微笑んだ。「…素敵な名前だね。」


シオはそれに応えて吠え、尻尾を振りながら舌をだらりと出した。


アオイは笑って、「たぶん」と優しく言った。「シオもあなたのことが好きなんだと思う。」


ライトは子犬を一瞥し、それからまた目をそらした。「よかった。」


二人は優しく笑い合い、夕暮れの光が温かい光に包まれた。


「お、おやすみ…」彼は静かに言った。


葵は微笑んだ。「おやすみ、ライト。」


彼は頷き、背を向けた。葵は彼が去っていくのを見送った後、シオが小さく吠えるのを見て、下を向いた。シオはプレゼントとぬいぐるみを抱えて家の中に入り、愛おしそうに微笑んだ。


ライトは足を少しだけ緩め、振り返る。ドアが閉まると、彼の微笑みはさらに優しくなった。そして彼は背を向け、薄暗い通りに長い影を落としながら家路についた。


…………


家の中に入ると、葵は靴を脱ぎ、シオをそっと床に下ろした。子犬の足が床に触れた。


「シオ…ここがあなたの新しい家よ。」


シオは興奮して吠え、小さな足をちょこちょこと動かしながら、隅々まで匂いを嗅ぎ回った。葵は静かに微笑みながら部屋へと向かった。シオは忠実に彼女の傍らを歩いていた。


部屋に入ると、葵はプレゼントの袋を隅にきちんと置いた。シオは尻尾を振りながら彼女の足元をぐるぐる回り、まるでそこを自分のものだと主張するかのように振る舞った。


…………


ライトは葵のアパートの明かりが背後に消えるまで歩き続けた。夜の空気はひんやりとしていて、足取りがゆっくりになるにつれて肌を撫でる。通りは静まり返っていた――静かすぎるほどに――遠くの車のかすかな音と、頭上の木の葉の微かなざわめきだけが聞こえる。彼の影は舗道に長く伸び、一歩ごとに縮んだり縮んだりしていた。


彼は両手をポケットに突っ込んだ。


……馬鹿め。


その言葉は誰かに向けられたものではなかった。


彼はあの瞬間をもう一度思い返した――箱を開けた時の葵の表情、微笑む前にほんの少しだけ目を見開いた様子。それは、お世辞の微笑みではなかった。守られていた方ではなく、本当の方だ。


それだけの価値はあった。


ライトはゆっくりと息を吐き出し、頭を後ろに傾けて夜空を見上げた。今夜は星は一つもなく、ただ雲が月をゆっくりと通り過ぎていくだけだった。


「彼女は娘にシオと名付けたんだ」と、彼は小声で呟いた。


思わず口元に笑みが浮かんだ。やっぱりね。シンプルで、優しくて…彼女にはぴったりだった。


また別の記憶が蘇り、彼の足取りは再び重くなった。先ほどの彼女の声。いつもより静かな声だった。


「私はいつも自分が嫌いだった…」


彼の顎が引き締まった。まるで事実であるかのように、まるで既に受け入れているかのように、彼女はそう言った。


ライトはポケットの中で指を握りしめた。あの時、もっと何か言いたかった。彼女が間違っていると、彼女は強くて、頑固で、自分でも気づいていないほど優しい人だと、伝えたかった。


「…君には分からないんだ」と彼は呟いた。


彼が通り過ぎると、街灯がちらつき、一瞬彼の顔を照らした。眉をひそめ、真剣な眼差し。


彼は孤児院での出来事を思い出した。葵に頭を下げた時の、ホセキの声。モモが葵を見つめる視線。ライトがようやく理解し始めた問いの答えを、まるで既に知っているかのような視線。


葵は嵐をただ乗り越えるだけではなかった。嵐の中へと足を踏み入れていった。


ライトは角で立ち止まり、少し振り返った。まるでここからでも彼女のアパートが見えるかのように。もちろん、見えるはずもない。ただの建物、静かな通り。


それでも……


「……もう二度と台無しにはしない」と彼は静かに呟いた。


以前のようには。彼女を疑うことも、傍観することも。


もし何か問題が起きたら――もし過去が彼女を再び引きずり下ろそうとしたら――彼は必ずそばにいる。


ライトは背筋を伸ばし、ジャケットの襟を整えてから、再び歩き出した。足取りは以前よりも落ち着いていた。


彼が歩き続けるうちに、夜は彼の姿を飲み込んでいった。彼は、はるか上空で雲がすでに割れ始めていること、そして彼が今感じている静けさは嵐の目の一部に過ぎないことに気づいていなかった。


……………


葵は布団に身を沈め、ようやく一日の疲れがどっと押し寄せてきたように、そっと息を吐いた。シオはそっと近づき、布団の匂いを嗅いだ後、ぎこちなく飛び乗って葵の隣に横になった。ほんの一瞬ためらった後、暖かさと安心感を求めて葵の脇に丸くなった。


葵は瞬きをし、静かに笑った。「全然ためらわないのね」と呟いた。


シオは小さく鳴き声をあげ、さらに寄り添ってきた。葵は思わず指を動かし、子犬の毛並みを優しく撫でた。温かく、本物で、心が落ち着く感触だった。


その夜初めて、胸の奥に詰まっていた重苦しいものが緩んだ。葵は仰向けになり、天井を見つめた。シオの呼吸が穏やかになり、肋骨に優しく触れる。部屋には、その穏やかな呼吸のリズムと、窓の外の街の微かなざわめきだけが響いていた。



「今日は…いろいろあったわ」葵は塩というより、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


彼女の視線は部屋の隅に置かれたギフトバッグへと移り、それからベッドサイドのぬいぐるみに注がれた。記憶が次々と蘇る――ダイナーでの笑い声、名前を呼ぶ聞き慣れた声、まるで自分がそこにいるべき存在であるかのように皆が自分を見つめていたこと。


そして、ライト。


彼女の指は、撫でる手を止めた。


箱を開ける彼女を見守っていたライトの表情を思い出した。ぎこちなく、真剣で、まるで踏み込みすぎるのを恐れているかのように慎重だったが、それでも一歩踏み出そうとしていた。


「…やっぱり、私は一人じゃなかったんだ」彼女は呟いた。


塩が寝返りを打ち、小さなため息をついた。葵はかすかに微笑み、再びゆっくりと撫でる手を再開した。彼女の目は重くなり始めたが、思考はなかなか落ち着かなかった。心の奥底、温かさと安堵感の裏で、何かがざわめいていた――不安、静かでありながらも消えない不安。


彼女の視線は窓へと移った。


ゴールデンウィークがようやく終わった。


そして、それとともに、彼女が完全に向き合えていなかった記憶が蘇ってきた……そして、影から彼女をじっと見つめ続けていた人々も。


葵は目を閉じ、毛布をぐっと引き上げた。「おやすみ、シオ。」


子犬は身じろぎもしなかった。


外では、風が建物をかすめ、静けさの兆しとともに、それが永遠には続かないという警告を運んでいた。

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