静かな修復、騒々しい登場
「お願い!一試合だけ!頼むよ!」
「ダメだ。」
1年3組に響く美鶴の泣き言は、陸也に10回目かと思うほど断られた。教室は朝のざわめきに包まれ、生徒たちはホームルームの準備をしていた。
「なあ、せめて話を聞いてくれよ」美鶴は両手を合わせて大げさに懇願した。
「ダメだって言っただろ」陸也はため息をつき、眼鏡を押し上げた。「お前、諦めないのか?」
さやかは眉を上げて席を振り返った。「あなたたち、どうしたの?」
「後で陸也にスパーリングをせがんでるのよ」綾音はニヤリと笑って答えた。
「断り続けてるんだ」陸也はぶっきらぼうに付け加えた。「だって毎回、制限時間を大幅に超過するんだ。スパーリングを許すと、あいつは完全に狂人になるんだ。」
「自分の腕がどれだけ上達したか確かめたいだけなのに!」美鶴は口を尖らせた。
「前回、俺の目を殴ったな!」陸也は彼を指差しながら怒鳴った。「お前の腕前はすごい。いや、すごい。まるで歩く戦車だ!」
「もう…頼むよ、陸也…」美鶴は懇願するように目を細めて身を乗り出した。
「いやだ!俺は顔が大事だからな。」
芽衣はくすくす笑った。「あの二人は本当に…特別な友情で結ばれているわね。」
「まったくだわ」静香も同意した。「もしライトがここにいたら、美鶴はライトに頼んでいたでしょうね。」
「そういえば」さやかはドアの方を見ながら言った。「彼はどこにいるの?」
「もうキャンパスに着いたってメールしてきたよ」陸也が答えた。「ここに来る前にちょっと用事を済ませるらしい」
「たぶん兄さんに頼まれたんだろうね」静香が推測した。
「そうかもね」
「じゃあ、始まる前に来てくれるといいんだけど」さやかは言った。「きっと楽しいよ」
「何が楽しいの?」光が会話に割り込んできて、手を上げた。「本当にスパーリングしたいなら、美鶴、俺が相手してやるよ」
「マジかよ!?」美鶴はたちまち顔を輝かせ、拳を突き合わせた。「やったー!」
和樹はため息をついた。「光、ただ見せびらかしたいだけだろ」
「スパーリングってそういうものだろ!」美鶴は満面の笑みを浮かべた。
「ライトも喜ぶと思うわ」芽衣は微笑んだ。
「とにかく!」ヒカルが言った。「準備しよう――」
「ちょっと待った方がいいかもしれないな。」
一行が振り返ると、アラタがコートのポケットに手を入れてこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「アラタ先生?」ミツルとリクヤが声を揃えて言った。
「おはようございます」アヤネ、メイ、サヤカが挨拶した。シズカは軽く頷いた。
「おはよう」先生は答えた。
「えっと……どうして今日のスパーリングは中止になったんですか?」ヒカルが尋ねた。
アラタの笑みがさらに深まった。「特別なトレーニングがあるからだ。」
「誰と?」カズキが尋ねた。
アラタは劇的な効果を狙って少し間を置いた。「ブレイジングウィングのリーダーだ。」
アヤネは目を見開いた。カズキは固まった。ヒカルは口をあんぐりと開けた。
ミツルが一番驚いていた。
「そ、まさか――!」アラタは頷いた。「うん。」
葵と麗奈は一緒に体育館を出た。麗奈は通り過ぎる数人の生徒に明るく挨拶を交わし、葵は静かに彼女の隣を歩きながら、麗奈が母親について語った真実をまだ消化しきれていなかった。その事実の重みがまだ残っていたが、彼女の唇にはかすかな、安堵の笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、麗奈」と葵は少しだけ彼女の方を向きながら呟いた。
麗奈は温かい笑顔を返し、エメラルド色の瞳を輝かせた。「いつでもどうぞ、葵」彼女は葵の肩を優しく握った。
二人は次の角を曲がったところで、ぴたりと足を止めた。前方の壁に人影が寄りかかり、片足を後ろに組んで、両手をポケットに入れ、何か考え事をしているかのように目を閉じていた。葵は足を踏み外し、息を呑んだ。
「やあ、ライト!おはよう!」麗奈が軽く声をかけた。
ライトは目を開け、二人の方を見た。「やあ」葵に視線を向けた彼の表情は和らいだが、葵は目を伏せ、喉から小さなうなり声が漏れた。レイナは二人の間を視線を移し、意味ありげな笑みを浮かべた。
「じゃあ」とレイナは両手を合わせて言った。「そろそろ行かなきゃ。授業に遅れたくないし!」
「えっ?!待って、だめ…」葵は小声で慌て、レイナの袖を軽く掴んだ。「私を置いていかないで。」
「大丈夫よ」レイナは優しく囁き、葵の肩に両手を置いた。「彼の話を聞いてあげて。二人とも必要なことよ。」
「でも…」
「じゃあね、二人とも~!」レイナは歌うように言いながら、すでに歩き出していた。
「レイナ…待って!」葵は小声で叫んだが、レイナはすでに近くの階段を半分ほど上がっていた。彼女は苛立ちのうめき声を上げ、肩を落としながら、静かに、ほとんど不安そうに自分を見つめている少年のほうへゆっくりと振り返った。
葵は体重を移動させ、二人の間に漂う沈黙にどこを見ればいいのか分からずにいた。ライトは口を開きかけたが、すぐに閉じ、首の後ろをこすった。二人とも、どう切り出せばいいのか分からなかった。
「…それで…」ライトは言葉を絞り出した。
葵は唾を飲み込み、ほんの少し後ずさりした。「すみません、行かなきゃ」と呟き、ライトの横を通り過ぎようとした。
「お、待って!」
彼女がもう一歩踏み出す前に、ライトの手がそっと彼女の手首を掴んだ。彼女はすぐに立ち止まり、目を見開いて彼の方を向いた。ライトも自分が何をしたのかに気づき、固まってしまい、慌てて手を離した。彼の頬にはかすかに赤みが差していた。
「ご、ごめん。ただ…」ライトは深呼吸をした。「これを言わなきゃいけないんだ。」
葵は瞬きをした。表情は警戒していたが、冷たい感じはしなかった。
ライトは震える息を吐き出した。「僕は…君に嫉妬していたんだ、分かってくれる?」彼の視線は床に落ちた。「君がこの学校に来てから、みんな君のことが好きだった。尊敬されていた。君は強くて…自信があって…良かった。」彼の声は優しくなった。「そして僕は…そうじゃないと感じていた。だから、それを隠すために嫌な奴を装っていたんだ。」
葵は最初少し驚いたように目を見開いた。「サヨナキに来た時…いや、来る前から、僕には一つの目標があった。兄よりも強くなることだ。でも君が来て、僕は…威圧感を感じた。みんな君を…僕よりも好きだった。君の強さ…存在感…何もかも。」彼は拳を握りしめた。「その気持ちが嫌で、君に八つ当たりしてしまった。それはフェアじゃなかった。全然フェアじゃなかった。」
彼は軽く拳を握りしめた。「本当にごめん、桜庭。」
葵はしばらく彼を見つめた。そして、ゆっくりと、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「だからあんなに厄介だったのね?嫉妬してたんでしょ…シャドウボーイ?」
ライトは顔を真っ赤にして飛び退いた。「え、えー!そう呼ぶな!謝ることさえどれだけ大変だったか、分かってるのか?!」
葵は優しく微笑み、ラベンダー色の瞳を温かくした。「ええ、分かってるわ。」
彼は今度は落ち着いた様子で再び彼女を見た。姿勢を正し、軽く頭を下げた。
「桜庭…本当にごめん。全部。」
彼女は静かに頷いた。「謝っていいわ。」
彼は気づかないうちに息を止めていたことに気づき、大きく息を吐き出した。
ライトはぎこちなく頬を掻いた。 「えっと…まあ…最初からうまくいかなかったから…もう一度…やり直した方がいいかな?」
葵は面白そうに首を傾げた。「やり直す、か。」
彼は咳払いをして手を差し出した。
「僕は風早ライトです。よろしくお願いします。」
葵は視線を上げ、彼の手を握りながら、瞳に柔らかな笑みを浮かべた。
「桜庭葵。はじめまして、シャドウボーイ。」
「ちょ、ちょっと!再会の挨拶にそんな言い方しないでよ!」
二人はニヤリと笑った。まるで二つの頑固な炎が、ついに均衡を取り戻したかのようだった。
二人のすぐ上の階段の手すりから、レイナが耳まで届くほどの満面の笑みを浮かべて覗き込んでいた。
「ほらね?大丈夫だって言ったでしょ」と、彼女は勝ち誇ったように囁いた。
リョウは彼女の隣で腕を組み、ニヤリと笑った。「告白を盗み聞きするためだけに、俺をここに連れてきたのか?」
「告白じゃなかったわ」と、レイナは囁き返した。
「…まだね」と、リョウは付け加え、肋骨に鋭い肘打ちを食らった。二人は最後にもう一度ちらりと覗き込んだ。ちょうどその時、葵とライトはニヤリと笑って自己紹介を終え、廊下へと歩き去っていった。
レイナは両手を組んだ。「あぁ、これで一件落着ね」
「見つかる前に行こう」とリョウは呟き、レイナのジャケットの襟を引っ張ってその場を離れた。
…….....................
葵とライトは並んで歩いていた。二人とも、気まずい空気感を無視しようと努めていたが、うまくいかなかった。
「それで…」ライトは静かに言った。「もう大丈夫?」
葵は頷いた。「ええ。」
「でも、いつまでも俺のことをシャドウボーイって呼べると思わないでくれよ。」
「あら、まさか。」彼女はニヤリと笑った。「もちろんよ。」
ライトはうめき声を上げた。「…ああ、そうか。じゃあ、俺は君のことをブルーヘッドって呼び続けるよ。」
二人が角を曲がったちょうどその時、見覚えのある二人の姿が現れた。
「葵!ライト!」綾音は手を振り、メイを伴って駆け寄ってきた。
「二人ともいたのね。」メイはにっこりと微笑んだ。「ずっと探していたのよ。」
綾音は意味ありげに眉を上げた。「あら?二人とも…仲良しみたいね。」
「だ、だめだ…」ライトはどもりながら言ったが、アオイが軽く彼の腕を突いた。
「話し合っただけよ。それだけ。」
アヤネはニヤリと笑った。メイは優しく微笑んだ。
「そうね」メイは穏やかに言った。「よかったわ。本当に。」
「ところで」アヤネは腕を組みながら続けた。「アラタ先生からあなたたち二人を探すように言われたの。訓練場2に向かうわ。」
アオイは瞬きをした。「どうして?何かあったの?」
メイは耳の後ろに髪をかき上げ、穏やかな微笑みを浮かべた。「今日は特別なセッションがあるの…ブレイジングウィングのリーダーとね。」
ライトは凍りついた。「え、えっと…彼のこと?」
アヤネは頷いた。「ええ。ミツルはそれで頭がおかしくなりそうよ。」
.......................
4人は第二訓練場の扉を押し開けると、広々とした武器で埋め尽くされた部屋が目に飛び込んできた。天井の照明の下、木刀、杖、訓練用の刃がラックに並べられ、きらめいていた。
1年3組の生徒たちは既に集まっており、期待に胸を膨らませていた。そして最前列には、光が爪先立ちでぴょんぴょん跳ね、拳を握りしめ、まるで振られたソーダ缶のように震えていた。
「大丈夫か…?」とライトが呟いた。
「大丈夫ってどういう意味だよ」とカズキが横から無表情に言った。
ヒカルはジャケットを整えながらため息をついた。「アラタ先生が発表してからずっと震えが止まらないんだ」
サヤカがアオイを肘でつついた。「さっき両手で顔を覆って叫んでたの、見逃したでしょ?」
「叫んでなんかいない!」光は思わず叫び、咳払いをした。「ただ…興奮が抑えきれなかっただけだ」
陸也はうめき声を上げた。「窓ガラスが割れるところだったぞ」
葵、ライト、綾音、そして芽衣は一行のそばに立っていた。
美鶴の目はキラキラと輝いていた。「彼が来る! 烈翼のリーダーが本当にここに来るんだ! みんな、わかる?! 気絶しそう…いや、しない…できない…すごい!」
陸也は鼻筋をつまんだ。「落ち着いて、爆発する前に」
和樹は目を細めて言った。「ところで、あいつと何か関係あるの?」
ライトは鼻から息を吐き出した。「まあ、なんていうか… 中学の頃からジンは美鶴のヒーローだったんだ。一度助けてもらっただけで、美鶴はジンをアイドルにしたんだよ」
「ああ、なるほど」メイはゆっくりと頷いた。
「でも、彼は彼に異常なほど夢中になっていて、度が過ぎているんだ」陸也は眼鏡をかけ直しながら付け加えた。
綾音は首を傾げた。「どういうこと?」
二人は小声でうめき声をあげ、「すぐに分かるさ」と言い、同じように額に汗が流れ落ちた。
武器庫の廊下の反対側から足音が響いた。最初は静かだったが、次第に重く、力強く、鋭い足音になった。部屋のざわめきは一瞬にして静まった。皆が振り返ると、明日香と由良が数人の生徒を連れて部屋に入ってきた。
「ふむ。明日香と由良、それに何人かの先輩がいる」綾音がそう言うと、皆は一行に目を向けた。
葵は小声で言った。「これは大変なことになりそうだ…」
突然、突風が入口を吹き抜け、一人の男の姿が視界に入った。
「よぉ!みんな、元気か!?」ジンの声が部屋中に響き渡り、彼は突然部屋の中央に瞬間移動した。彼の傍らには、鞘に収められた銀の刀が、かすかに赤い蓮の模様を刻んでいた。
彼の黒いサヨナキのジャケットは、まるで空気そのものが動いたかのように、背後でひらひらと揺れた。低い位置でポニーテールに結ばれた深紅の髪はわずかに乱れ、鋭い深紅の瞳は、どんなに強そうな生徒でさえも背筋を伸ばさせるほどの自信を湛えて部屋を見渡していた。
ミツルは凍りついた。「…うわぁ。」
瞳孔が開き、呼吸が詰まり、そして――
「彼が来た!!」美鶴はまるで憧れのヒーローに会った5歳児のように、つま先立ちで飛び跳ねながら、ささやくような叫び声をあげた。「うわあ、本当に彼だ!生きている、息をしている、目の前に!烈風翼のリーダー、月城仁がここにいる!」
綾音は美鶴をつねった。「落ち着いて、カフェインの摂りすぎた子犬ちゃん。」
葵は冷や汗をかきながら言った。「あなたも同じよ。」
「落ち着いてる!!」美鶴はまるで電線のように震えながら、激しくささやいた。「これは…これは人生最高の日だ!」
涼と一緒に上の階から様子を伺っていた麗奈は、ニヤリと笑った。
涼は手すりに腕をかけて、美鶴に近づいた。「あいつ、気絶しそうだ。」
「ええ、本当に。」麗奈はささやいた。
「私もそう思う。」落ち着いた声が二人のほうへ聞こえ、振り返ると美空が近づいてくるのが見えた。
「美空!」麗奈は満面の笑みを浮かべた。
「相変わらず落ち着いてるね」涼が冗談を言うと、美空は軽く肩をすくめた。
「彼は1年3組との武器訓練を待ちきれないみたい」美空は腕を組みながら言った。「まだ数週間しか経ってないのに」
「ただ興奮してるだけかもね」麗奈は笑った。「あの人の頭の中はさっぱり分からないわ…」
麗奈の視線は仁に移り、彼が1年生たちをじっと見つめていることに気づいた。そして仁はニヤリと笑った。鋭く、自信に満ち、そしてどこかクールな笑みだった。
「わあ!」仁は部屋中に響き渡る声で言った。「やった!ついに1年3組だ!ずっと楽しみにしてたんだ!」




