懸念の風
ライトは目を覚ました。ベッドサイドの充電器ではなく、胸に抱えたスマホ。疲れたあくびを漏らしながら起き上がると、目の下にうっすらとクマができていた。眠れない夜を過ごし、起こった出来事を何度も頭の中で反芻していたのだ。アオイの凄まじい戦い、彼女が解き放った力、そしてあの表情――傷つき、途方に暮れ、そして同時に反抗的だった。
「ブルーストーム…」彼は天井をぼんやりと見つめながら思った。「一体どういう名前なんだ?」
ベッドから足を下ろし、乱れた髪をかき上げた。時計を見ると、午後4時。ため息をついた。「思ったよりパトロールで疲れたみたいだ。まあ…週末だしな。」
ライトは立ち上がり、伸びをしてからドアに向かった。階段を下りる足取りはゆっくりとしていて、その穏やかな動きの裏には、静かな重みが感じられた。
「ライト、坊や。」リビングから聞こえた母の声に、彼は振り向いた。
「やあ、ママ。」彼はそう言って、ソファに腰を下ろした。
母は眉を少しひそめ、彼をじっと見つめた。「大丈夫?なんだか元気がないみたいだけど。」
ライトは瞬きをし、視線を横に逸らした。「大丈夫だよ。」彼はそう呟き、かすかな笑みを浮かべた。
母の表情が和らいだ。「分かったわ。ちょっと出かけるから。8時前には戻るわ。」
「分かった。」彼はそう答えて、背もたれにもたれかかった。
「どこかに行く時は、必ず鍵をかけてね。」
「うん、分かった。」
母の後ろでドアがカチッと閉まり、家の中は静寂に包まれた。ライトはソファに深く沈み込み、天井を見上げながら、そっとため息をついた。
喉が渇いた…彼はそう思いながら、小さくうめき声をあげて体を起こした。キッチンへ行き、冷蔵庫を開けてコーラの缶を取り出した。冷たい空気が顔に当たったが、ドアを閉める前にポケットの中のスマホが振動した。
スマホを取り出し、画面を見ると、綾音のグループチャットから新しいメッセージが届いていた。
そうか…数日前に彼女が作ったって言ってたグループ、とライトはコーラのプルタブを開けながら思い出した。彼女は俺と美鶴と陸也の電話番号を聞いてから、グループに追加したんだ。
電話が再び鳴った。
綾音:
みんな、今日葵を見かけた人いる?
ライトは少し眉をひそめ、キーボードに親指を置いた。
陸也:
いや、特に。
美鶴:
昨晩みんなで別れてから見てない。
ライトの胃が少し締め付けられた。彼は黙ってチャットを続けた。
芽衣:
まだ寝てるんじゃない?
陸也:
丸一日?それは…よく考えてみると、あまり良くないな。
美鶴:
ああ。麗奈が連れて帰ってきた後、あまり元気そうじゃなかった。
芽衣:
誰か葵の家を知ってる?
ライトは急いで文字を打ち込んだ。
ライト:
僕は違うよ…
リクヤ:
僕も。
ミツル:
僕も…
少し間を置いて、またメッセージが届いた。
アヤネ:
ねえ、後でみんなでうちのお父さんのお店に集まらない?6人ならみんな大丈夫?
陸也:
もちろん!
美鶴:
いいね!
芽衣:
私も行くわ。
ライト:
じゃあ、また後で。
ライトは携帯をポケットにしまい、飲み物を一口飲んだ。炭酸の音が一瞬、周囲の静寂を破る。それから階段の方を見上げ、かすかに眉をひそめた。
彼女が無事だといいんだけど…。彼は振り返り、着替えるために自分の部屋へと向かった。
…………………
フクゾラマート&ダイナーの大きなガラス窓から、夕暮れの黄金色の光が差し込んでいた。ライトが中に入ると、ドアの上のベルがチリンと鳴り、焼き栗と出来立ての料理のほのかな香りが漂っていた。
「ライト!」カウンター越しに綾音が手を振った。いつもの元気はどこか物足りない様子だった。彼女の隣には美鶴と陸也が立っていて、二人とも落ち着かない様子だった。メイは近くのテーブルに座り、小さなカップに入ったお茶を飲みながら、穏やかな微笑みを浮かべた。
「やあ、みんな」ライトは首の後ろをこすりながら挨拶した。「何か連絡はあったか?」
アヤネは首を横に振った。「何も。電話してみたけど、ずっと留守番電話に繋がるの。」
「それはまずいな」ミツルは腕を組みながら呟いた。「携帯の電池切れか?」
「それとも電源を切ったのか」リクヤは眼鏡をかけ直しながら言った。「ほら…一人になりたくて。」
「でも」アヤネは眉をひそめた。「アオイは何も言わずに姿を消すようなタイプじゃない…と思う。」
「彼女、少し距離を置きたかったのかも」メイはカップを置きながら静かに言った。「昨日の出来事の後じゃ…誰だってそう思うわ」
ライトは腕を組み、壁にもたれかかった。「距離を置きたかったのか、それともただ姿を消しただけなのか。レイナが何か言ったに違いない」
その言葉に、アヤネの視線がライトに向けられた。「レイナは彼女がどこに行ったか知ってると思う?」
ライトは肩をすくめた。「もし知ってる人がいるとしたら、レイナだろう」
「じゃあ、レイナに聞いてみようか」ミツルが提案した。
「聞いたわ」アヤネはため息をつきながら答えた。「数分前にメールが来たの。昨夜アオイが帰ってきてから、彼女も連絡が取れていないって」
一行はしばらく沈黙した。天井扇風機の静かな音と、奥の客たちのくぐもった話し声だけが響いていた。
「もしかしたら、ただ寝てるだけかも」リクヤは楽観的に聞こえるように呟いた。
ライトは眉をひそめ、息を吐いた。「いや、もしかしたら違うのかも」
綾音は彼の声の真剣さに気づいた。「何かあったの?」
「分からない」彼は目を伏せ、認めた。「でも…昨夜の彼女の様子は…ただの疲労じゃなかった。…苦しんでいるような。まるで重いものを背負っているみたいだった」
誰も口を開かなかった。普段は冗談を言う美鶴でさえ、黙っていた。客の対応を終えたコウタが店に入ってきた。重苦しく、不自然な沈黙が最初に彼を襲った。彼は子供たちが固く集まり、微動だにしない様子を目にした。彼らの顔をじっと見つめ、目を細めた。
「やあ、みんな」彼は声をかけた。
「お父さん」カウンターの後ろに回りながら、綾音が言った。
「どうしたの?みんな、人生に打ちのめされているみたいじゃない」
陸也は首の後ろをこすりながら、ぎこちなく笑った。 「私たちはそうは言いませんよ、白川さん…」
綾音は父の視線を受け止め、単刀直入に言った。「葵のことが心配なの。」
「葵?」コウタは身を乗り出し、両手をカウンターに平らに置いた。眉間にしわを寄せる。「そうだ。しばらく会っていない。昨晩、君たちと一緒に来なかったのも不思議に思っていたんだ。」
ミツルは腕を組んだ。「昨日の喧嘩の後、まっすぐ家に帰ったんだ。」
「ずっと連絡しているんだけど、出てくれないの。」綾音はため息をつき、諦めたように言った。
「もう一度かけてみたら?」コウタは微笑みながら綾音の方を向いた。「もしかしたら、今度は繋がるかもしれないよ。」
綾音は息を吐き、携帯電話を取り出した。「わかった。」そう呟き、葵の番号をダイヤルした。電話が鳴り続けるのを、他の皆は不安そうに見守った。綾音は唇をきゅっと引き締め、瞳にかすかな希望を宿していた。
すると――カチッ。
「こ、もしもし?」かすれた声が聞こえた。
綾音は目を見開いた。「あおい?!あなたなの?」
皆が一斉に顔を上げた――壁から離れて近づいてきたライトも。
「よかった!朝からずっと電話してたのよ!」綾音は安堵のため息をついた。
「あおいさん?」メイが微笑みながら尋ねた。
「スピーカーフォンにしてよ」と美鶴が促した。綾音は言われた通りに電話をカウンターに置いた。
「待たせるのは良くないよ」陸也は軽くたしなめたが、その口調には苛立ちよりも心配の色が滲んでいた。
「あ…ごめんなさい」葵の掠れた声が再び聞こえてきた。「携帯のバッテリーが切れてしまって、さっき充電したばかりなのに」
「やっぱりな」美鶴は得意げに呟き、陸也は呆れたように目を丸くした。
「そもそもなんで充電し忘れたの?」芽衣が不思議そうに尋ねた。
「えっと、それは…ゴホッゴホッ…」
綾音は椅子から飛び上がった。「葵!大丈夫!?」
「大丈夫、ちょっと…くしゃみ!!」
「具合が悪いのか!?」美鶴は叫んだ。
「病気って言うんじゃないよ…あ、くしゃみ!」
「絶対具合が悪いよ」コウタは優しく言った。
「風邪を引いたみたいね」メイは落ち着いた口調ながらも心配そうに言った。
「大したことないわ」アオイは息切れしながらかすれた声で言った。「大丈夫。朝からずっと寝てただけよ」
「本当に一日中寝てたのか…」陸也は信じられないといった様子で呟き、眼鏡を直した。
「薬は飲んだ?」ライトは低い声で、しかしためらいがちに尋ねた。
沈黙。
「持ってないよね?」美鶴は推測した。
「別に…」葵はか細い声で答えた。
「持って行こうか?」陸也が申し出た。
「いいえ。今はただ休みたいだけ。じゃあね。」
「わかった。でも寝るときはスマホを近づけすぎないでね?」綾音は慌てて注意した。「放射線は脳に悪いから、少しは離しておいて。」
「う、うん…」電話の向こうで葵は眉をひそめて呟いた。
「綾音は説教せずにはいられなかったんだな」美鶴はくすくす笑った。コウタは照れくさそうに笑った。
「おやすみ」葵はそう言って電話を切った。一行は顔を見合わせた。
「…彼女、具合が悪いんだな」陸也はため息をついた。
「ああ」美鶴は腕を組み直し、同意した。「それに、電話を切るのがすごく早かったのに気づいたか?まるで俺たちに心配させたくなかったみたいだ」
「だからこそ、様子を見に行くべきなのよ」綾音はスマホを操作しながらきっぱりと言った。「彼女のことだから、寝て治そうとして、気にしないようにするだけよ」
「彼女の住んでいる場所が分かればいいのに」芽衣は呟いた。
「ああ、知ってるよ」コウタが突然言った。
全員の視線が彼に集まった。
「本当?お父さん!?」綾音は瞬きをした。
彼は小さく微笑んで頷いた。「ああ。数日前に彼女に聞いたんだ。最初はためらっていたけど、なんとか聞き出すことができた。」
綾音は急いで住所をスマホにメモした。「わかった」彼女は立ち上がりながら言った。「明日、葵の家に行くわね。」
「ああ」陸也は微笑みながら言った。
「いいね」コウタも同意した。
「じゃあ、私たち5人でね」メイも微笑みながら付け加えた。
「彼女の家か」ライトは呟いた。
「うん」綾音は頷いた。
「お前は行かないのか?」陸也は眉を上げた。
ライトは横を向き、カウンターの上の遠くの一点を見つめた。唇は固く引き締まっていた。突然、ミツルが彼のそばに歩み寄り、片手を彼の首に回して横から抱き寄せた。
「おいおい、絶対一緒に来いよ!」とミツルは声をかけた。
ライトは抱擁を解こうとはしなかったが、表情は変わらず、まるで自分のためらいを噛み締めているかのように顎を動かしていた。
……
ライトの表情は昨日と変わっていなかった。彼はミツルとリクヤの隣を歩き、片手をポケットに突っ込みながら、アヤネとメイから連絡があった待ち合わせ場所へと向かった。5人は週末にアオイを訪ねることに同意しており、全員カジュアルな服装だった。
「おい、そんなしかめっ面してたら何も始まらないぞ」とミツルはくすくす笑いながらからかった。
「昨日からずっとそうだよ」とリクヤは眼鏡を押し上げながら付け加えた。
「うるさい」とライトは地面を見つめながら呟いた。
「リラックスして。肩の力を抜いて」とミツルはため息をついた。
「やあ、みんな!」
3人が顔を上げると、綾音と芽衣が分かれ道で待っていた。綾音はターコイズブルーのジャケットに白のアクセント、袖と裾には濃い青緑色のストライプが2本、その下には薄い青緑色のシャツ、濃い青のショートパンツ、そして茶色のスニーカーを履いていた。芽衣はシンプルな紫色のTシャツに白い膝丈のスカート、そしてスニーカーという、いつものように清潔感のある上品な装いだった。
「やあ!あまり待たせちゃってないかな?」陸也はそう言って、少し頬を赤らめながら首の後ろを掻いた。
綾音は首を横に振った。「ううん、さっき着いたところ。」
「やあ、芽衣。」美鶴はにっこり笑って挨拶した。
芽衣は小さく頷いた。「美鶴。ライト。」
ライトは黙って頷き返し、美鶴は腰に手を当てた。「さあ、行く準備はできた?」
「うん」綾音は頷いた。
「待って――そのバッグは何?」美鶴は、少女たちの手にある4つの白い手提げ袋に気づいて尋ねた。
「あ、これ?」綾音は微笑んだ。「お父さんが葵の回復のために、出来立ての食事をいくつか詰めてくれたの。ちょっと詰めすぎちゃったかもね」
陸也は首を横に振った。「全然!僕たちも手ぶらじゃないよ」
少女たちは驚いて瞬きをした。男の子たちもそれぞれバッグを持っていて、セロファンが重みで伸びていた。
「多すぎじゃなかったらいいんだけど」美鶴は付け加えた。「風邪薬も買ってきたんだ」
芽衣は温かく微笑んだ。「どちらにしても、葵はきっと喜んでくれると思うわ」
一行は小さく微笑み合い、再び歩き始めた。ライトは後ろの方で立ち止まり、うつむき加減で、手に持ったバッグを指で何気なくくしゃくしゃにしていた。
「おい!ライト、早く!」ミツルは肩越しに声をかけた。
「うん!」ライトは小走りで追いつきながら答えた。
……
「葵の住まい、早く見たいな」ミツルは目を輝かせながら言った。
「お金持ちのお嬢様だから、きっと高級なところだろうね」リクヤはポケットに手を突っ込み、穏やかな笑みを浮かべながら付け加えた。
「うん…でも、まさか町からこんなに遠いところだとは思わなかった。ちょっと変だよね」メイは首を傾げながら呟いた。
「彼女は元々この町の出身じゃないんだから」リクヤは指摘した。
ライトは黙ったまま、歩きながら歩道に視線を落としていた。
「大丈夫だと思うよ」アヤネはスマホをいじりながら言った。「もうすぐ着くはず」
数歩進んだところで、メイと少年たちは突然立ち止まり、歩みを止めた。
「えっと…綾音」陸也はゆっくりと、目を大きく見開いて言った。「住所、本当に合ってる?」
「え?」綾音は顔を上げずに言った。「もちろんよ。お父さんがこの辺りだって言ってたし。どうして?」
「えっと…」美鶴は頬を掻き、汗をかきながら無理やり笑顔を作った。「ちょっと…見てみたら?」
「想像してたのとちょっと違うの」芽衣は慎重に、しかし不安げな声で付け加えた。
綾音はついに顔を上げ、そして凍りついた。目の前には、ひび割れて色褪せた壁、招かれざる客のように階段を這い上がる蔦と苔の、古びたアパートが建っていた。
「何これ!?」綾音は思わず叫んだ。
「葵…ここに住んでるの?」ライトは信じられないといった表情で呟いた。
「まさか」陸也はそう呟き、まるで自分の目が錯覚していないか確かめるかのように眼鏡を直した。
「電話してみたらどうだ?」美鶴がすかさず提案した。「念のため」
「そうだね」綾音はため息をつき、葵の電話番号を再び入力した。他の者たちは、目の前の建物を見つめたまま、凍りついたように立ち尽くしていた。




