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ブルーストーム  作者: Fawole Oluwaseyi


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28/58

立つとはどういうことか

二人の挑戦者はステージ上で対峙し、まばゆい照明が言葉にならない緊張感を漂わせていた。綾音の茶色の髪は強い光を浴び、ターコイズブルーの瞳は静かな決意を宿してまっすぐ前を見つめていた。


中野は指の関節を鳴らし、鋭い笑みを浮かべた。「まだ引き返すのに遅くはないわよ」


綾音は何も答えなかった。何も言わずにジャケットを脱ぎ、きちんと畳んでステージの端に置いた。観客はざわめいた。


陸也たちは困惑して瞬きをした。葵と三年生たちは黙って綾音を見つめていた。


「えっと…何してるんだ?」美鶴が呟いた。


「さあね」芽衣は落ち着いた口調で答えた。瞳には静かな興味が宿っていた。「でも、綾音なら何か理由があるはずよ」


中野はアリーナ全体に響き渡るほど大きな声で鼻で笑った。「何よ、それ? 怖かったの? それとも、叩きのめされる前に格好つけようとしてるだけ?」


綾音はびくともしなかった。肩を一度回すと、両手を体の横に下ろした。


「マジかよ?」美鶴は冷や汗をかきながら小声で呟いた。


「入学試験での彼女の活躍と、あの話し方からして、とんでもなく強いんじゃないかな」陸也は眼鏡を押し上げながら呟いた。


「綾音ちゃん、きっとすごく強いと思うよ」メイは優しく言った。


「強い、という表現もあるね」リョウは舞台から目を離さずに静かに言った。


一年生たちは彼の方を向いた。


レイナは椅子に身を乗り出し、顎に手を当ててニヤリと笑った。「綾音ちゃんの強さは、普通に測れるものじゃないの。…ちょっと違うのよ」


「どういう意味ですか?」ミツルは眉をひそめて尋ねた。


レイナの笑みがさらに深まった。「見てて」


舞台に戻ると、綾音は指を組み、腕を伸ばし、一度息を吐いた。視線は中野に釘付けになった。


「もしここで臆病者がいるとしたら」綾音は落ち着いた、しかし鋭い口調で言った。「それはあなたよ」


中野の笑みが消えた。姿勢を低く、鋭く変えた。


観客は静まり返った。そして――彼女は勢いよく飛び出し、コンクリートの床に足が着地する音が銃声のように響き渡った。


「うっ!」中野は拳を振り上げたが、綾音は間一髪で体をひねり、風が刃物のように頬をかすめた。


観客席からどよめきが広がった。「まさか…!」中野は目を大きく見開き、低い声で叫んだ。


綾音は後ろに身をかがめ、両手を地面に打ち付けながら低く身をかわした。踵が弧を描いてパンチを繰り出し、中野の肋骨に命中した。


ドスン!


中野は少しよろめき、「えっ…」と呟いたが、綾音の背骨が不自然な角度で横に曲がり、上半身が不自然な角度で身をかわしたため、体勢を立て直すのがやっとだった。綾音は中野の下半身を包み込み、空中でリボンのように体をひねりながら、膝蹴りを中野の顎に叩き込んだ。


バキッ!


衝撃音がアリーナに響き渡り、中野はステージを横切って投げ飛ばされ、回転しながら耳をつんざくような轟音とともに地面に叩きつけられた。


綾音は軽やかに着地し、まるでスローモーションで花が開くように、流れるような優雅さで体を伸ばした。


会場は静寂に包まれた。美也子と黒氷のメンバーは、信じられないという表情でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ま、まさか…」美鶴は目を大きく見開き、どもりながら言った。


「あれは…」芽衣も同じように驚きの声を上げた。


「軟体芸だ!」陸也はペンとノートを落としながら叫んだ。「彼女の体、なんて柔軟なんだ!」


美空はうめき声を上げながら椅子に倒れ込み、涼は小声でくすくす笑った。


「そうね。綾音は特別なタイプだわ」麗奈は意味ありげな笑みを浮かべながら言った。


中野は口と鼻から血を流しながらよろめきながら立ち上がった。「な、何よ、変態!」彼女は吐き捨てるように言った。


綾音は冷静沈着に少し首を傾げた。「どうしたの?ついてこれないの?」


「このクソ女!!」中野は叫び、水のように流れる綾音に向かって飛びかかった。綾音は不自然に背中を反らせ、中野の足の間をすり抜け、蛇のように後ろから絡みついた。中野の足首に足を巻きつけ、体をひねりながら体をくねらせて引っ張り、横倒しにした。


「うわ、すげえ!」陸也は目を輝かせながら必死にメモを取り、思わず叫んだ。 「あんなに体を曲げる人、見たことない!」美鶴は、今見た光景をまだ理解しようとしながら付け加えた。


「そうだな」涼はニヤリと笑った。「あの伸縮自在な体のおかげで、あだ名が山ほどあるんだ」


綾音は低く身をかがめ、サソリの蹴りで後方宙返りを繰り出した。踵が空を切り裂く。中野は間一髪で後ろに身を引いたが、顔には驚きの表情が浮かんでいた。


「絹の蛇」


綾音は片手で着地し、バネのように足をひねり、旋風を巻き起こしながら中野に向かって突進した。


ドスン!踵が中野の肩に激突。中野はうなり声を上げながら後ずさりした。


「うわっ!」


「…そして、柔刀」涼は戦いから目を離さずにそう言い終えた。


「ちょっとひどいあだ名だな」陸也は緊張した笑みを浮かべ、頬に汗を一筋流した。


涼はニヤリと笑った。「ああ、まだそう呼んでる二年生はほんの一部だよ」


麗奈は誇らしげな笑顔で両手を合わせた。「でも、私、自分であだ名を考えたの!」


芽衣は興味津々で首を傾げた。「へえ?聞かせてよ」


「曲がる美女と、ねじれた白鳥」麗奈は明るく宣言した。


美鶴はほっとため息をついた。「そっちの方がずっといいな」


「よし。踊ろうか?」中野は唸るように言った。「行くぞ!」


中野が突進したが、綾音は体をひねってかわした。上半身をありえない角度に後ろに反らしながら、脚は前に突き出したまま。パンチは綾音の顔のすぐ上をかすめていった。そして彼女は勢いよく前に飛び出し、素早く自分の手足をひねって中野の手首を掴み、後ろから足を中野の首に巻きつけた。


ひねる。ひっくり返す。叩きつける。


彼女は肩越しに中野の体勢を崩し、中野の顔面をコンクリートに叩きつけた。


「うっ、うっ!」中野はうめき声を上げ、咳き込みながらよろめきながら立ち上がった。


「ねえ…」綾音は静かに、しかし危険な表情で一歩後ずさりしながら言った。「あなたって、本当に何も考えずに喋るのね。」


中野は怒りに駆られて飛びかかったが、鋭い蹴りを腹に受け、床に転がり落ちた。その衝撃音が響き渡る。


口から血が滴り落ち、喘ぎながら立ち上がろうとする。


綾音の影が彼女に覆いかぶさり、冷たい視線が向けられた。「鋼鉄の翼のリーダーを侮辱した時、私がなぜあんなに腹を立てたか、知りたい?」


綾音は少し身をかがめ、低い、鋭い口調で言った。「だって、あなたはただ彼女を侮辱しただけじゃない…私が尊敬する人、私の姉の誇りと名誉を侮辱したのよ。」


中野は足を上げて蹴りを繰り出そうとしたが、綾音は低く身をかがめ、背中を弓なりに反らせて両手を頭の後ろの地面につけ、そのまま体を起こして開脚した足から鞭のような蹴りを繰り出した。中野は後ろに倒れ込み、かろうじて踏みとどまった。


「それが落とし穴なのよ」麗奈は息を吐き、口元に微笑みを浮かべた。


「何が?」ライトは彼女をちらりと見て尋ねた。


「綾音は、一度暴走すると…」レイナは美空に視線を向けながら言った。「だから今あんな状態なのよ。綾音は普段は穏やかなのに、誰かが一線を越えると…」


美空は短く息を吐いた。「怒ると、とんでもないことになるの。そういう性格なのよ」


葵は舞台に視線を向けたまま、レイナと美空の声は遠ざかり、数日前に白川先生が言った言葉が頭の中でこだました。「綾音は…ちょっと短気で、すぐにカッとなるの。だから、どうか彼女がトラブルに巻き込まれないように見守ってあげて。たいていちょっと…気まぐれで、神経質なところがあるから」。自分の言葉も頭をよぎった。「あんなに明るい子が、どうしてあんなに激しい一面を持っているんだろう?」


「ええ。だから、対戦相手には同情するしかないわね」と、葵は静かに同意した。


「葵、まるで前から知ってたみたいね」と、メイは青い髪の少女の方を向いて言った。


葵は腕を組み、路地で綾音がチンピラたちを倒した日のことを思い出した。「正直、彼女はずっとこの瞬間を待っていたと思うわ」


「マジかよ!?」陸也は驚いて声を上げた。


葵は静かに息を吐き、視線をステージに戻した。観客の歓声は背景に溶け込み、入学試験の時の会話の断片が彼女の耳に蘇ってきた。


「本当に?」彼女は腰に手を当てた。「本当に厄介な人みたいね」


「ええ、無視できるようなタイプじゃないわ」と、綾音は苛立ちを滲ませながら呟いた。「いつか、あの生意気な顔に一発食らわせてやりたいわ」


記憶が薄れていくにつれ、葵の唇に笑みが浮かび、ラベンダー色の瞳が輝いた。「あの娘は侮れない…見た目よりずっと危険な女だ。」


綾音は中野の腕をくぐり抜け、肩を脱臼させて体をねじり、文字通り抜け出した。


パキッ!綾音は中野の腹に肘打ちを食らわせ、一瞬のひねりと全身を回転させて、かかとを中野の首の後ろに叩きつけた。


中野はドスンと音を立てて顔から床に倒れ込んだ。中野が動く間もなく、綾音は歩み寄り、フードを掴んで引き起こしたが、すぐにコンクリートに叩きつけた。瓦礫が舞い上がり、中野の口からは埃と唾が飛び散った。


「さあ、教えて」綾音は冷たく、低く危険な声で言った。「何を言うつもり?何をするつもり?」


中野は咳き込み、弱々しく睨みつけた。「くそっ…消え失せろ…」


綾音は鋭く息を吐き、一瞬目を閉じた。 「そうね」と彼女は呟き、再び目を開けた。ターコイズブルーの瞳には怒りが燃え盛っていた。「まだ分かってないのね」


彼女は拳を振り上げた。「残念ね」


中野はかろうじて腕を上げることができたが、その直後に一撃が飛んできた。


「謝るべきだったのよ…土下座するべきだったのに」綾音のパンチはガードを突き破り、中野の頭を横に揺らした。彼女の体はぐったりと力なく垂れ下がり、地面に倒れる前に意識を失った。


綾音は姿勢を正し、倒れた相手を見下ろしながら、手に付いた埃を払った。


「それから、はっきり言っておくけど」と、中野には聞こえない声で、綾音は落ち着いた口調で言った。「ジャケットを脱いだのは、汚れるからとかそういう理由じゃないの。あなたと戦う価値がないと思ったからよ」


綾音はジャケットに手を伸ばし、袖に腕を通した。風が生地をなびかせ、背後でひらひらと揺れた。


「私は、ふさわしい相手と戦う時だけジャケットを着るの…」彼女は背を向けた。「そして、あなたは少しもふさわしくない」


アリーナは静まり返った。誰も動かない。そして、アナウンサーが瞬きをし、何かを悟ったように叫んだ。


「勝者――さよなき高校の白川綾音!」


観客席は沸き立った。歓声、信じられないという声、ざわめき。


「信じられない…」黒兵団の一人が呟いた。


「彼女は中野をまるで何でもないかのように叩きのめした。」


「あの動き方…あれは不気味だった。」


「しかも彼女はまだ一年生なのに…」


「中野も一年生だけど…」


正樹は震える手で席から飛び上がり、ステージに向かって駆け出した。美也子は腕を組み、満が勝利の叫び声を上げながら席から飛び上がるのを静かに見守っていた。


「よし!よくやった!!」


美空は、自分が息を止めていたことに気づき、大きく息を吐き出した。全力で走ったわけでもないのに、と彼女はほっとした。


「あ…」陸也は呆然としてどもりながら言った。「ちょっと恋してるみたい。」


「え?」ライトは眉を上げて瞬きをした。


芽衣は小さく笑った。「まだショック状態だから、気にしないで。」


綾音はかがみ込み、ぐったりとした中野の体を軽々と持ち上げた。彼女はしばらく中野を見つめ、それから舌打ちをして顔を背けた。


「な、中野!」真咲は泣きながら舞台の端まで駆け寄った。綾音は眉を上げ、中野をちらりと見てから、意識を失った少女を真咲の方へ投げつけた。真咲は目を見開き、間一髪で両腕を伸ばして彼女を抱き上げた。


「何だって?!正気か?!」彼は綾音を睨みつけながら叫んだ。「彼女には気をつけろ!」


綾音は歩みを止め、少し振り返った。ターコイズブルーの瞳が燃えるように輝いた。


「次は君?」


真咲は喉が詰まり、凍りついた。「い、いや…大丈夫です。」


綾音がステージから飛び降りると、真咲は中野をしっかりと抱きしめながらよろめき、平然とした様子で通り過ぎた。観客は驚きのあまり、静まり返ったまま道を譲った。


「あ…すごかったよ、綾音!あんな動きができるなんて知らなかった!本当にすごい!」綾音が近づいてくると、美鶴はニヤリと笑い、拳を突き上げた。


綾音は笑った。「ありがとう、美鶴。」


「上へ!」芽衣が手を上げて言った。綾音はニヤリと笑い、満足そうに芽衣の手を叩いてハイタッチした。


「素敵ね」メイは軽く笑い、二人は短い笑いを交わした。


「あやね?」陸也の優しい声に彼女は振り向いた。


彼女は少し首を傾げて彼の方を向いた。「陸也」


彼は彼女の前に立ち止まり、ノートとペンを胸に抱きしめた。「君、あそこで…本当に素晴らしかったよ」彼は照れくさそうに言った。


「どうもありがとう」彼女は微笑んで答えた。陸也は首の後ろをこすりながら、視線を床に落とした。


「えっと…はい。」彼はノートを差し出した。「頼まれた通り、君の戦闘スタイルについてメモを取ってみたんだ。完璧じゃないけど――絵は描けないし――でも…」


綾音はノートをめくり、彼のメモに目を走らせた。そして、そっと胸に抱きしめた。「完璧よ。」彼女は満面の笑みを浮かべた。「ありがとう、陸也。」


陸也は顔を真っ赤にして、何かをどもりながら呟いた。芽衣は小さく笑い、美鶴は彼を軽く肘でつついた。


「陸也、君がそんなにシャイなタイプだったなんて知らなかったよ。」涼はニヤリと笑ってからかった。


「ち、違うよ!」陸也は思わず口走ったが、涼はさらに笑い出した。


「そうかい。」彼は綾音の方を向き、「ところで、綾音――」


「は、はい!」彼女は少し背筋を伸ばして、慌てて答えた。メイは微笑みながらため息をつき、首を横に振った。


リョウはくすっと笑った。「まあまあ、いいじゃん。君、すごく良かったよ。この調子で頑張って。」


「うん」レイナは落ち着いた、しかし真摯な口調で同意した。そしてミソラの方を向いた。「ミソラはどう思う?」


美空は腕を組み、ため息をついた。「正直言って?あやね、時々本当に私を怖がらせるわね。」


あやねは眉を上げた。「大丈夫だって言ったでしょ?」


「そうね。」美空は口元に笑みを浮かべた。「それに、中野にも甘くしてやったわね。あやね、よくやったわ。」


あやねの表情が明るくなり、浮かれた笑みを抑えようとしたが、無理だった。「へへ…ありがとう!」


隣に座っていたライトは、「それと、あんなに体が柔らかいのは生まれつき?それとも自慢してるだけ?」と呟いた。


「うん!」あやねは誇らしげに言い、葵の方を向いた。


「あやねも褒めてあげたら?」メイがからかった。「あやね、すごかったわよ。」


葵は鼻で笑い、腕を組んだ。「私の口に勝手に決めつけないで。」彼女はアヤネを見つめ、口元に微かな笑みを浮かべた。


「でも正直言って…あの戦いを見て思わずニヤニヤしちゃったわ。前にもあなたの戦いを見たことがあるけど、それでもやっぱりすごかった。ナイス!」


アヤネはくすくす笑いながら、彼女の隣に腰を下ろした。「私がアオイの心をドキドキさせるなんて知らなかったわ。」


「今の言葉を取り消させないでよ」とアオイは冷ややかに言い、わざとらしく目を閉じて苛立ちを装った。


リョウとレイナはそのやり取りにクスクス笑い、和やかな雰囲気が漂った――その時、足元の地面がかすかに振動した。アナウンサーの声が突然スピーカーから響き渡り、静寂を破った。


「皆さん、最後の試合はお楽しみいただけましたでしょうか!私はとても楽しかったです!続いてはスペシャルマッチ!サヨナキ高校の桜庭葵選手と、黒氷ナイトクローの小原牧野選手&岡野直美選手による1対2の対決です!」


観客は歓声と口笛で沸き立ち、その音は雷鳴のように壁に反響した。牧野と直美は席から立ち上がり、葵と視線を交わしてからステージへと向かった。葵は二人が去っていくのを目で追い、拳をぎゅっと握りしめた。


美空は葵をじっと見つめ、それから息を吐いた。「忘れないで。誰も手加減なんてしないわよ。あなたには二人の対戦相手が待ち構えているし、観客はショーを求めているのよ。」


葵はため息をつき、「わかった」と答えた。


後ろから綾音が真剣な口調で言った。「私たちはギリギリのところで戦うわ。もし何かあったら…」


「大丈夫よ。」葵は綾音、芽衣、美鶴、陸也、そしてライトの方へ振り返った。「私のことは心配しないで。」


ライトは席に深く腰掛け、葵と一瞬視線を合わせたが、何も言わなかった。彼の顎にわずかに浮かんだ緊張感が全てを物語っていた。


「葵」綾音は優しく、しかし毅然とした声で呼びかけた。「お願い…気をつけてね」


葵は一瞬綾音と目を合わせ、小さく頷いた。


「大丈夫だよ」陸也は胸の前で拳を握りしめ、静かに励ました。


「うん」と、ミツルは安心させるように微笑みながら付け加えた。メイはただ頷き、その穏やかな微笑みは言葉以上に多くを物語っていた。


アオイの視線はライトの方へと移り、列の向こう側で彼と目が合った。他の者たちはさりげなくライトの方を見て、昨夜の出来事の後、彼が何か言うのを待っていた。


ライトは席で背筋を伸ばし、口を開こうとした。「俺は…」


彼が言い終わる前に、アオイは何も言わずに背を向け、アリーナへと歩み寄った。ライトは凍りつき、罪悪感が顔に浮かび、昨夜の言葉の重みが胸にのしかかった。


レイナは立ち上がり、アオイの肩を軽く叩いた。「準備はいい?」


アオイは頭を後ろに傾け、リング上のまぶしい照明を見つめた。一瞬、彼女の脳裏にあの夢がよぎった――太陽の下で笑う二人の子供たち。自分の名前を呼ぶ声。


彼女は目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込み、シャツのポケットに隠したロケットに手を伸ばして、ぎゅっと握りしめた。「ええ」と彼女はついに言い、一歩前に踏み出した。「これで終わりにしましょう。」


彼女がステージに近づくと、観客の歓声は大きくなり、アリーナに響き渡った。彼女は軽々と表彰台に飛び上がった。


リングの中で、ナオミは微動だにせず、青緑色の瞳に表情を浮かべていた。彼女の隣で、マキノは指の関節を鳴らし、顔に笑みを浮かべた。


「またサヨナキ対クロヒョウか」観客席から誰かが呟いた。


「ああ…面白そうだな」別の人が手すりに寄りかかりながら、くすくす笑った。


「でも…あの青髪の女、どこかで見たことあるような…」


アオイは二人に視線を向け、両手を静かに体の横に下ろした。


観客のざわめきは、遠くの低いざわめきへと消えていった。その瞬間、彼女に聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけだった。彼女は再びロケットに手を伸ばし、親指で表面をなぞってから、そっと握りしめた。


彼女はゆっくりと息を吸い込み…そして吐き出すと、ラベンダー色の瞳に決意の光が宿った。



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