決意の橋
陽光に照らされた草原を、そよ風が優しく吹き抜け、草の葉が柔らかなリズムで揺れていた。10歳にも満たない二人の少女が、裸足で野原を駆け抜け、青空の下に笑い声が響き渡る。そのうちの一人は、顎のあたりでカットされた、ふんわりとした栗色の短い髪に、丸い顔と澄んだ空色の瞳を縁取るように前髪を垂らし、先頭を走りながら、肩越しに満面の笑みを浮かべて後ろを振り返る。
「おいで、あおい~!」と、明るく温かい声で呼びかける。その後ろでは、もう一人の幼いあおいが、ゆるく結んだ濃い青色の髪を頬を赤らめ、息を切らしながら笑いながら追いかけてくる。
「待って、ナオミ!」
茶色の髪の少女は速度を落とし、くるりと振り返って手を差し出す。「捕まえられるかな?」
あおいは彼女の手を握り、指先の間で陽光がキラキラと輝く。
あおい…
あおい…
あおい…
..............
「あおい!あおい!」彼女の名前が再び響いたが、今度は別の世界からだった。
「え?」あおいは瞬きをした。夢は教室のざわめきへと消えていった。机の音、話し声、窓から差し込む日光。さやかは心配そうに目を丸くして机に身を乗り出した。
「大丈夫?ちょっとぼーっとしてたよ。」
あおいは再び瞬きをし、クラス全員が自分の方を向いていることに気づいた。静香はさやかの隣に立ち、スケッチブックを手に持ち、眉を少しひそめていた。
「だ、大丈夫。」彼女はそう呟き、顔にかかった髪を払いながら視線を逸らした。
光は椅子に深く腰掛け、少し眉をひそめた。「授業はもう10分くらい前に終わっただろ。ノートをじっと見つめて、まるでノートが答えてくれるみたいに。」
陸也は不安そうに眼鏡を直した。 「昨日の出来事の後じゃ、彼女がそのことを考えていないとしたら驚きだ。」
「落ち着けよ」と、美鶴はため息をつき、陸也の肩を軽く叩いた。「明日、二人と戦うのはお前じゃないんだから。」
「そういう問題じゃない!黒氷だぞ!あいつらは正々堂々と戦わないんだ!」
「まあ、公平に言うとね」と、芽衣は耳の後ろに髪の毛をしまいながら静かに言った。「2対1って、仕組まれたみたい。何か裏があるに違いない。」
真ん中の列に座っていた和樹が口を開いた。「みんな、まるで彼女がここにいないみたいに話してるな。」
皆は再び葵の方を見た。彼女は意識が朦朧として以来、一言も発していなかった。目は伏せられ、表情は読み取れなかったが、重そうだった。
そして彼女は立ち上がった。言葉も説明もなかった。ただ、椅子が後ろに滑る音だけが響いた。
彼女はショートパンツのポケットに手を突っ込み、ドアに向かって歩き出した。窓から差し込む陽光が、彼女がドアを開ける瞬間のシルエットをなぞった。ドアが閉まるかすかな音が、教室を静寂に包み込んだ。
「あぁ…本当に可哀想だな」誰かが呟いた。
さやかはそっと息を吐いた。「本当に戦うつもりなのね?」
陸也は眉をひそめ、目に不安の色を浮かべた。「ああ…それに、ただの戦い以上のものになりそうな予感がする」
ライトは黙って腕を組んだ。「昨夜、店に残っていれば…」彼は小声で呟いた。
美鶴はため息をつき、首の後ろを掻いた。「まあまあ。たとえそうだったとしても、結果は同じだっただろう」
ライトの目が細められた。「そうかもしれないな」
メイは席から顔を上げ、落ち着いた口調ながらも鋭い視線を向けた。「彼女があの子たちを見る目…特に茶髪の子を見る目…あれは偶然じゃなかった。何かあったんだ」
カズキは椅子に深く腰掛けた。「彼女はアーバン・トーキョー出身だろ?以前どこかで会ったことがあってもおかしくない」
それまで黙っていたアヤネが、突然、落ち着いた口調で口を開いた。「関係ないわ。聞いても、彼女は何も言わない」
リクヤは眼鏡をかけ直し、軽く頷いた。「ああ…彼女はそういう性格なんだ」
一行は沈黙し、言葉にならない緊張感が漂った。明日、アオイがただの戦い以上のものに立ち向かわなければならないことを、誰もが知っていた。
アヤネは自分のデスクに視線を戻し、昨晩、メイたちと店を訪れた時の父の言葉を思い出していた。
…………
葵は教室のドアを閉め、くぐもった話し声が静寂に消えていった。廊下はがらんとしていて、天井の照明の低い音と、遠くから聞こえる他のクラスの話し声だけが響いていた。彼女はそっと息を吐き、両手をポケットに深く押し込んだ。
彼女は何も言わなかった。言う必要はなかった。固く握りしめた拳がすべてを物語っていた。
ナオミ……その名前が、壊れたレコードのように頭の中で何度も繰り返された。
彼女の表情は険しくなり、思考はガラスのひび割れのように崩れていった。なぜ……なぜ彼女は彼らと一緒にいるのか?なぜ黒氷なのか?
記憶がちらりとよみがえた。夏の太陽の下、隣で笑っていた少女の姿が、ぼんやりと脳裏に浮かんだ。すべてが狂う前の、あの頃の記憶。ナオミが彼女を見捨てて去ってしまう前の、あの頃の記憶。
彼女は近くの壁に拳を叩きつけ、鈍い音が静寂を破った。
「ちっ…くそっ」彼女の声はかすかに震えたが、視線は揺るがなかった。
「またぼーっとしてたの?」
廊下の奥から聞き覚えのある声が響いた。葵は振り返り、角から現れたレイナに目を細めた。レイナはクロップドジャケットを肩にだらりと掛けている。かすかな笑みを浮かべたレイナの瞳には、心配の色が浮かんでいた。
「何してるの?」葵は尋ねた。
「あら、明日の主役の様子を見に来ただけよ」葵が鼻で笑い、視線を横にそらすと、レイナは軽く笑った。
「ああ」別の声が付け加えた。低く、くだけた、しかし毅然とした声だった。廊下の反対側からリョウが近づいてきた。両手をポケットに突っ込んでいる。「だからこそ、君のことが心配なんだ」
彼女は彼の視線を受け止めたが、何も答えなかった。胸の重苦しさは、以前よりもさらに増していた。
レイナは一歩近づき、首を傾げた。「明日、アビスアリーナまで一人で行くわけにはいかないわ。リョウと私がもう連絡済みよ。ミソラと一緒に、私たちが付き添うわ。」
アオイは目を少し見開いた。「え?そんなこと、必要ないわ…」
「必要だ」リョウは遮るように、落ち着いた口調で言った。「君にはもう十分大変なことがあるだろう。残りは俺たちがやる。」
アオイは一瞬、二人の間を見つめた。レイナの半笑いは、より穏やかな表情へと変わり、リョウの落ち着いた表情には、静かな決意が宿っていた。彼女は小さく息を吐き、顔を背けた。
「どうでもいいわ」と彼女は呟いた。
レイナはニヤリと笑って言った。「じゃあ、決まりね?」
アオイはため息をついて言った。「好きにすればいいわ。」
リョウは一度頷いた。「明日は一緒に行く。例外はない。」
三人はがらんとした廊下に立っていた。窓から差し込む淡い午後の光が床に長い影を落としている。その日初めて、アオイの胸に何かがざわめいた。それは恐怖ではない。彼女の顔には様々な思いが浮かび、再び決意に満ちた視線が彼女の顔に浮かんだ。
そういうことなら……正面から向き合ってやる。
………………
午後の遅い日差しが、ソキョシの街路に温かい黄金色の霞を投げかけていた。空気はかすかに生命の息吹に満ちていた。露店の呼び声、バイクの微かなエンジン音、街の息遣い。
葵は美空、麗奈、涼の隣を歩き、視線をまっすぐ前へと向けていた。かすかな風が彼女の濃い青色の髪を揺らす。胸に重くのしかかるこの瞬間――一歩ごとにアビスアリーナへと近づいていく――を感じていた。
ゆっくりと息を吐き出した。「大丈夫…」と自分に言い聞かせた。
再び風が強くなり、前髪をなびかせた。葵は小声で呟いた――まるで自分自身に誓うかのように。
「岡野直美…あなたが何のために戻ってきたかは知らない。でも今日は…私は手加減しない。」
彼女たちは十字路で立ち止まり、街の微かな光が辺り一面に揺らめく地平線を見つめた。
「忘れないで、葵。私たちはすぐそばにいるわ」と麗奈が静かに囁いた。静寂を破る穏やかな声だった。
美空は隣で頷いた。 「その通りだ。君は一人でそこへ行くわけじゃない。」
葵はちらりと彼らを見てから、ため息をついて視線を逸らした。「はいはい、どうでもいいわ」
彼女の口調に、涼の口元に微かな笑みが浮かんだ。
「あなたたち3人が私を護衛したい理由はわかるわ」葵は少し間を置いてから、肩越しにちらりと視線を向けながら目を細めて言った。「でも…残りの人たちはどうして私たちについてくるの?」
数メートル後ろで、綾音、芽衣、美鶴、陸也、そして雷は、まるで先生の後ろに隠れているところを見つかったかのように、ぴたりと動きを止めた。
綾音はすぐに腕を組み、鋭く息を吐き、陸也は眼鏡をいじり、美鶴は頭を掻き、芽衣は何事もなかったかのように微笑み、雷は腕を組んだまま視線をそらした。
「え、えっと、それは…」陸也は震える声で言い始めた。
「あの時、私たちもそこにいたのよ、天才さん」と綾音は口を挟んだ。「それに、あなたがまた無謀なことをしないように、誰かが見張ってなきゃいけないでしょ?」
葵は眉を上げた。「無謀だって?」
「それにね」と芽衣は穏やかな笑みを浮かべたまま軽く付け加えた。「…もし状況が緊迫したら、私たちが応援するわ。一匹狼だって、時には仲間が必要なのよ」
「そ、そうだね」と美鶴は慌てて頷いた。
葵はしばらく彼らの顔をじっと見つめた――表情は読み取れなかった――そして鼻から息を吐き出した。「…わかったわ」
彼女はポケットに手を入れたまま、通りの方を向いた。「でも、争いには巻き込まれないで。全員ね」
彼女の声は静かだったが、その重みに彼らは言葉を失った。ライトだけが彼女の背中を見上げた。表情は読み取れず、目にわずかな不安がよぎった後、彼は両手をポケットに深く突っ込み、他の者たちの後について行った。
..................
総京志の工業地帯の裏路地へと深く進むにつれ、世界は静寂に包まれていった。車の騒音は消え、代わりに路面の下から響く重低音の響きが遠くで聞こえる。ひび割れた壁にはネオンの光がちらつき、ライバル集団の落書きが傷跡のように重なり合っていた。
涼は一行を狭い地下路地へと導いた。かすかな歓声が次第に大きくなっていく。「もうすぐだ」と彼は振り返りながら言った。
葵はポケットに手を入れたまま、涼の後ろを歩いていた。表情は読み取れない。彼女はすでに感じていた――すぐ目の前に、地下の脈動が脈打っているのを。麗奈は葵の横を歩き、口元をわずかに緩めた。
「大丈夫?」葵がちらりと見上げると、麗奈は尋ねた。
「うん」葵は頷き、麗奈は微笑んだ。
彼らはコンビニの裏にひっそりと佇む、錆びついた鉄扉にたどり着いた。扉の枠には古いポスターや落書きがびっしりと貼られていた。
ルールなし。容赦なし。言い訳なし。
アビスへようこそ。
リョウは拳で鉄扉を二度叩いた。目の高さに隙間が開いた。
鋭い目が彼らをじっと見つめた。「パスコードは?」
リョウはニヤリと笑った。「ゼロカレント」
カチッという音とともに扉が開いた。リョウが先に中に入り、続いてアオイたちが入った。
「ゼロカレント?」アオイは眉を上げて聞き返した。
レイナはくすりと笑った。「すぐに慣れるわよ」
葵は冷ややかな視線を向けた後、ため息をついた。空気が一変した。汗と血とアドレナリンの匂いが混じり合い、重苦しい空気が漂っていた。アビスアリーナは古い倉庫の下に広がり、ちらつく光に照らされていた。円形のコンクリートの闘技場の周りには観衆がひしめき合い、二人のファイターが激突するたびに、咆哮と歓声が響き渡る。埃と煙がもやの中に漂っていた。
「うわぁ…」美鶴は目を大きく見開いて呟いた。「これが…」
「思ったよりうるさいわね」綾音は片耳を塞ぎながら言った。
「慣れちゃダメよ」麗奈は目を細めて言った。「ここでの歓声は、誰かが血を流す直前ってことよ」
葵は立ち止まり、アリーナを見渡した。ラベンダー色の瞳は、観衆の中に見覚えのある人影を捉えた。学生、不良、そして年配のギャングメンバーたちが、皆、凶暴な興奮を露わにして見守っていた。すると、中央の柵の近くに腕を組んだ美也子が目に入った。鋭い視線がすぐに葵を捉えた。
「葵。」
葵は軽く頷いた。「来たわ。」
美也子はブーツの音を響かせながら歩み寄ってきた。「ずいぶん時間がかかったわね。試合カードはもう用意してあるわ。うちのチームは15分前にチェックインしたのよ。」
涼の表情が曇った。「ずいぶん張り切ってるな。」
「ええ。」美也子はニヤリと笑って答えた。「ナオミとマキノは、この試合にすごく気合が入ってるわよ。」
その名前を聞いた途端、葵はポケットの中の手をそっと握りしめた。
麗奈の声のトーンが下がった。「大丈夫?」
「…大丈夫よ。」
綾音たちは不安げな視線を交わした後、再び葵に視線を戻した。
「あらあら…やっと現れたわね。」挑発的な声が空気を切り裂き、全員の視線が中野に集まった。彼女は真咲を伴って堂々と歩み寄り、その後ろには十数人の黒鵬のメンバーが続いていた――牧野と直美もその中にいた。
「がっかりだわ。」中野は嘲笑し、口元を歪めた。「ナイチンゲールズならもっと華々しい登場を期待していたのに。まさか…こんなの。」彼女の視線はグループ全体に渡り、美空に止まった。
葵は何も言わなかった。視線は牧野に釘付けになり、牧野は意味ありげな笑みを浮かべた。葵は拳を握りしめ、指の関節が白くなった。視線が直美に移ると――直美は一瞬だけ振り返り、すぐに顔を背けた――葵の表情は一瞬和らいだ。
「あなたもついてきたのね?」美空は腕を組み、冷ややかに言った。
中野は鼻で笑った。「当然だ。お前とは違って、俺は引き下がらない。それに、俺は頼れる実力者と行動を共にしたいんだ…落ち目の弱虫どもなんかじゃなくてな。」
「口を慎みなさい、中野。」綾音は低く鋭い声で言い放ち、ターコイズブルーの瞳を細めた。
中野は首を傾げ、顔に嘲りの表情を浮かべた。「偉そうなこと言わないで、綾音。強がってるけど、情けないわ。お姉ちゃんと同じね。」
綾音は顎を食いしばり、歯を食いしばり、拳を震わせたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。こめかみの皺がぴくりと動いた。
「ふふ。ウォーミングアップくらいならいいかもね」と、危険なほど落ち着いた声で言った。「ちょっとスパーリングでもしようか?」
「綾音…」美空が静かに制止した。
「いい考えね」と中野はニヤリと笑いながら答えた。「まるで私の心を読んだみたい」
「誰も…」美空が言いかけたが、美空の声が遮った。
「いいわよ」美空はかすかに微笑んだ。「試合前のウォーミングアップってことで」 「えっ!?」美空は信じられないといった様子で振り向いた。
美也子は麗奈と涼の方を向き、ニヤリと笑みを深めた。「何か異論はある?」
麗奈は鼻から息を吐き出し、肩をすくめた。「別にないわ」
「え、冗談でしょ…」美空はもう一度言いかけた。
「私も賛成だ」涼は落ち着いた口調で言った。
「よし。じゃあ決まりね。」 宮子は踵を返し、黒豹のメンバーもそれに続いた。中野は最後に肩越しにちらりと視線を送り、不気味な笑みを浮かべると立ち去った。葵たちは綾音の方を向き、驚きと苛立ちが入り混じった表情を浮かべた。
「綾音、正気かよ!? なんでそんなこと始めるんだよ!?」陸也は思わず叫びそうになった。
「マジで…いきなりかよ?」美鶴は額の汗を拭いながら呟いた。
麗奈はため息をつき、顔を手で覆った。「ちょっと座りたい。」
涼は観客席の一列を指差した。「あそこに座ろう。試合が一番よく見える。」
彼らは金属製の階段を上り、足元の板が軋む音を立てながら席に着いた。涼は真ん中の席に座り、肘を膝につき、アリーナに視線を釘付けにした。レイナは腕を組んで彼の隣に座り、ミソラは鋭い視線を向けながらリョウの反対側にどさりと腰を下ろした。数席離れたところでは、アオイ、アヤネ、メイ、ミツル、ライト、リクヤが身を寄せ合い、鉛のように重くのしかかる緊張感を必死に抑えながら平静を装っていた。メイの微かな微笑みだけが、彼らの中で唯一の安らぎの兆しだった。
その場を挟んで、観客席の反対側の隅には、ミヤコと黒氷のメンバーたちが自分たちの席を占めていた。ミヤコは足を組んで顎に手を添え、リラックスした様子で座っていた。リングライトの光が彼女の目を捉え、鋭く、計算高く、まるで獲物を狙うかのような視線を放っていた。
「ミソラ、落ち着いて」レイナは小さく微笑み、茶髪のミヤコに視線を向けた。
美空は腕を組み、ため息をついた。「何が起こるか分かっているのに、無理よ。」
上の階からアナウンサーの声がスピーカーを通して響き渡った。「さあ、次は皆さんが待ち望んでいた試合です――ん?」アナウンサーは言葉を途中で止め、誰かが折りたたまれたメモを彼の手に握らせた。彼はメモに目を走らせ、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「おや?皆さん、最新情報が入ってきましたよ!」彼は満面の笑みを浮かべながらアナウンスした。「メインイベントは少し延期になりましたが、なんと!急遽ミニマッチが決定しました!さよなき高校からは白川綾音、そして黒氷からは村瀬中野!」
観客の歓声と口笛が轟き、ピットの投光器が白く光り、その音は雷鳴のように壁に反響した。
「さて、綾音、君の番だな」と、満は緊張した笑みを浮かべながら呟いた。
綾音はいつものように落ち着いた様子で立ち上がった。何も言わずにジャケットの内ポケットからノートとペンを取り出し、陸也に投げ渡した。
「はい」
陸也は驚いて慌ててそれを受け取った。「え?何に使うんだ?」
「私のことをしっかりメモしてほしいの」と、綾音はターコイズブルーの瞳を指輪に向けたまま、簡潔に言った。
彼女の言葉に、周囲から驚きの声が漏れた。
「ああ、そうか」と、ライトは腕を組んで口を開いた。「君は人の戦闘スタイルを記録する人だろ?尊敬する人だけをね」
「そうよ」と、綾音は肩を回して緊張をほぐしながら答えた。
「じゃあ、自分のことも書いてみたらどうだ?」と、ライトは眉を上げて尋ねた。「理にかなってるだろ?」
陸也は彼女のノートをめくり、漫画風のスケッチやメモに目を丸くした。どれも緻密で、綺麗で、躍動感にあふれていた。「すごいな…」と彼は呟いた。
綾音は伸びをしていた途中で動きを止め、少し向きを変えた。「私は尊敬する人のことを書いているの」と彼女は静かに言った。「彼らが戦う姿を見ると…自分がこの仕事を好きな理由を思い出す。誇りを感じる。でも、自分のことを書くのは…?」彼女はかすかに、考え込むような笑みを浮かべた。「誰かに見てもらわなければ、あまり意味がないと思うの」
葵は彼女の後ろから、優しく視線を向けた。
「だから…今回は」綾音は陸也を振り返りながら続けた。「誰かに私を見てもらいたい。何が見えるか、どうすれば成長できるか教えてほしいの」彼女の瞳には静かな決意が宿っていた。「それが私の望み」
陸也は瞬きをした。一瞬、心臓がドキッと跳ねたが、彼女は軽く笑った。
「それにね」と彼女はからかうように付け加えた。「ここで私と同じくらい速く情報を処理できるのはあなただけよ」
メイは小さく笑いながら口元を手で覆い、ライトは眉をひそめた。
「おい、どういう意味だよ!?」と彼は怒鳴った。
ミツルはわざとらしく両手を上げて不満そうに言った。「そうだよ、俺たちはどうなるんだよ!?」
アヤネは彼らを無視し、リクヤに微笑みかけた。「あなたに任せてるわ」
リクヤは頬をほんのり赤らめながら素早く頷いた。「は、はい!任せて!」彼はペンを強く握りしめ、ノートの端から覗き込んだ。
「頑張ってね」とレイナは微笑みながら声をかけた。
「ああ」とリョウも頷きながら付け加えた。
美空は何も言わなかったが、その鋭い視線は「無理しないで」と雄弁に物語っていた。
綾音はニヤリと笑った。「大丈夫よ」
「おい!チビ、来るのか来ないのか!」中野の声がステージから響き渡り、観客の笑いを誘った。
綾音は真顔で言った。「チビ?マジで?」首を鳴らし、小走りで前に進み、滑らかな動きでステージに飛び乗った。「そんなに背が低いわけじゃないわ」
中野は向かい側でニヤリと笑い、指の関節を鳴らした。「やっと来たわね。さあ、始めよう」




