静寂の裏側
かすかな鈴の音が通りに漂い、小さなかけっこで走り回る幼稚園児たちの笑い声と混じり合っていた。店を開ける露天商たちの声が響き、朝の喧騒に包まれながら、葵は両手をポケットに突っ込み、視線を歩道に落としたまま歩いていた。
しかし、彼女の心は通りには向いていなかった。昨夜の見知らぬ男のことが頭から離れなかった。あの温かく、いたずらっぽい笑顔が脳裏に浮かび、瞬きを繰り返すと頬が熱くなった。
あの男は誰だったのだろう?彼女は唇をきゅっと引き締めながら考えた。一体何者なんだろう?それに、どうして私の名前を知っているんだろう…?
背後で突然気配を感じ、彼女は本能的に身構えた。間一髪で横に避け、倒れそうになった男の手首を掴んだ。
「うわっ!」
「何してるの、あやね?」葵はそう呟きながら、照れくさそうに微笑む茶髪の少女を支えた。
「おはよう、葵!」綾音はからかいを無視して明るく声をかけた。
「…おはよう」葵は片方の眉を上げて、ぶっきらぼうに答えた。
「危なかったね」別の声が聞こえた。二人は振り返ると、いつもの穏やかな笑顔を浮かべ、黒いリュックサックを肩にかけた芽衣が近づいてくるのが見えた。
「おはよう、葵。さっきは全然聞いてなかったでしょ?」芽衣は軽くからかった。
「え?」葵は瞬きをした。
「ずっと名前を呼んでたのに」綾音はわざとらしく口を尖らせて付け加えた。「ぼーっとしてたの?」
不意を突かれた葵は、耳をほんのり赤らめて視線を逸らした。「何でもないよ」
芽衣はくすっと笑った。「何だったにせよ、反応が早かったね」
「やったー!」綾音は拳を突き上げた。「あんな風に私の奇襲をかわすなんて、葵、本当に鋭いわね。」
葵はかすかに鼻歌を歌いながら、二人の少女を通り過ぎて視線をそらした。「あのクマは何?」と、片方の眉を上げて不思議そうに呟いた。
「ところで」芽衣は声のトーンを和らげ、葵の右手に視線を向けた。「怪我の具合はどう?」
「大丈夫。もう痛くないわ」葵はそう答えると、一瞬手を上げてかすかな傷跡を見つめ、それからゆっくりと下ろした。
「傷跡が残ると思う?」メイはからかうように、いたずらっぽく微笑んだ。
「…うるさい」アオイは少し苛立ちながら目を閉じ、呟いた。メイは明らかに面白がって、くすくす笑った。
一方、アヤネは黙り込んでいた。視線を地面に落とし、昨晩の父の言葉が頭の中でこだましていた。「ああいう子には叱る必要はない。ただ、誰かが気にかけてくれていると感じさせてくれるだけでいいんだ。それだけで十分なこともある。」
アヤネは決意を込めて拳を握りしめ、再び視線を上げた。「あの…アオイ?」
「ん?」アオイはちらりと視線を向け、メイもそれに続いた。二人はアヤネの顔に一瞬浮かんだ不安の色に気づいた。
「私…これをあげたいの。」アヤネはポケットを探り、何かを取り出した。アオイは瞬きをし、アヤネの手にあるものに目を細めた。
「手袋?」彼女はつぶやいた。
「革手袋よ」綾音は頬をほんのり赤らめながら俯き、そう答えた。「厚手で、戦闘向きなの。姉が手袋をたくさんくれたから…あなたにも使ってもらえるかなと思って」
葵は静かに見つめ、しばらく黙っていた。心臓がかすかに鼓動した。
「対戦相手と戦う時につけてもいいわよ」綾音は横目でちらりと見て、声を低くして付け加えた。「それか…いつでも好きな時に。もしあなたがそうしたいならね」
そういえば、あの時、綾音も手袋をはめていた。葵の脳裏には、二日前の試験――第一段階の前に綾音が自分の手袋をはめた瞬間――がよぎった。
「…ただ、またあなたに怪我をしてほしくないの」綾音はついにそう打ち明けたが、まだ葵の目を見ることができなかった。
芽衣の微笑みは優しく、そしてすべてを理解しているようだった。葵は静かに息を吐き、綾音の手から手袋を受け取った。
「ありがとう」と彼女は呟いた。
葵がプレゼントを後ろポケットに滑り込ませると、綾音の目は輝き、キラキラと光った。
「使うわ」と、今度は落ち着いた声で付け加えた。「気をつけるからね」
「そうしないと、次は全身包帯だらけになっちゃうわよ」と、芽衣が軽くからかった。
葵はピクッと身を震わせ、苛立ちを隠せない様子で目を閉じた。「包帯で巻いてあげるのは、私の方よ」
葵の反論に、芽衣と綾音は二人とも笑い出した。葵は片目を開け、かすかに口元を歪めてニヤリと笑った。
「それから…」と、綾音は突然口を開いた。葵を見つめながら、スマホを取り出した。「電話番号教えてくれない?初めて会った日からずっと聞きたかったの!」
芽衣はくすっと笑い、自分のスマホを取り出した。「私も教えて、葵」
葵は瞬きをしてからため息をつき、ポケットに手を入れた。「…わかったわ」彼女は気だるそうにスマホを取り出し、画面をタップした。
「わあ~!」綾音の目が輝き、芽衣は興味津々で身を乗り出した。
「何?」葵は眉を上げた。
「最新機種じゃない!どうやって手に入れたの?!」綾音は目を輝かせた。
「かなりレアだよ。去年発売されたばかりじゃない?」芽衣は冷静に付け加えた。
「大したことじゃない」葵はそう呟き、スマホを差し出した。「ほら。入力してみて」
綾音は嬉々としてスマホを受け取り、指を素早く動かして自分の番号を入力し、芽衣に渡した。芽衣は連絡先を入力し終えると、自分のスマホを葵に差し出した。彼女は急いで情報を入力し、スマホを返した。すると、綾音はいたずらっぽくニヤニヤしながら画面を叩いていた。
「…今度は何?」葵は疑わしげな口調で尋ねた。
綾音はウインクしながらスマホをちらりと見せた。「じゃーん!グループチャット作ったよ!」
「えっ!?」葵は目を丸くした。
メイのスマホが振動し、彼女は新しい通知を確認すると、にっこり笑った。「いいアイデアね。これでいつでも繋がっていられるわ。」
「そうよ!こうすれば、離れていてもいつも一緒にいられるわ。」アヤネはかかとでぴょんぴょん跳ねながら、くすくす笑った。
アオイは頬を赤らめながらスマホをポケットに押し込んだ。「…もう、ばかばかしい。」
「きっと楽しいわよ!」アヤネが歌うように言うと、メイはアオイの照れたような表情を見て、くすくす笑った。
「ところで、一体何なの、あの…」
「離せ!」鋭い声がアオイの言葉を遮った。三人は通りの向こうの騒ぎの方に顔を向けた。覆面をした男が警官に地面に押さえつけられ、両腕を後ろにねじられ、手錠がカチッと音を立ててかけられていた。
「立て」警官は男を無理やり立たせながら命令した。 「署に着いたら署長に事情を説明しなさい。こんな早朝に盗みを働くなんて、本当に?」
「ちょっと現金が必要だったんだ!」泥棒はパトカーに押し込まれながら怒鳴った。
少女たちは眉をひそめ、顔を見合わせた後、パトカーが走り去るのを見送った。
.............
「え、宗吉に警察がいるの?」階段を上り、廊下に出たところで、葵は尋ねた。
「うん」芽衣は軽く頷いた。
「ずっと前からいるのよ。人数は少ないけど、頼りになる。できる限りのことはやってくれるけど、事態が手に負えなくなったら、私たちの出番よ」綾音は説明した。
「ギャングの抗争みたいな?」葵は推測した。
「その通り」綾音はニヤリと笑い、拳を突き上げた。教室のドアの前で立ち止まると、葵は歩みを緩めた。綾音と芽衣の肩にかかっている二つのバッグを、葵はじっと見つめた。
「…まあ、でも真面目な話」首を傾げながら呟いた。「その荷物、何なの?」
「荷物?」綾音は瞬きをしてから、芽衣と顔を見合わせた。
「時間割見てないでしょ?」芽衣はいつもの穏やかな笑顔で尋ねた。
「スケジュール?」葵は眉を上げた。
綾音はため息をつきながら額を叩いた。「やっぱりね。だからいつも手ぶらで歩いてるんだもん。」
「え、何言ってんの…」葵が言い終わる前に、綾音は得意げな笑みを浮かべながら、もう一つの小さなリュックサックを振り回した。
「…一体どこから出てきたのよ!?」葵は呆然として、非難するように指差した。
「知らなかったなんて不思議ね」芽衣はくすくす笑った。
「何が分からないの!?」葵はまだ混乱したまま、怒鳴った。
「授業よ」綾音は淡々と答えた。「つまり、講義のこと。ほら…ちゃんとした学校の授業よ。」
「そうよ」芽衣は頷きながら付け加えた。「私たちは戦士だけど、さよなき先生はちゃんと教科書を1、2冊は開かせてくれるのよ。」
葵はため息をつき、手のひらで顔を覆った。 「あなたたち二人はもっと早く私に教えてくれなかったの?!」
「てっきり…何も持ってこないつもりだったのかと思ったわ」とメイがからかった。
「大丈夫よ」とアヤネは明るい笑顔で言い、予備のバッグを差し出した。「もし重すぎたらロッカーにしまっておけばいいわ。ノートとペン、それにクレヨンも入れてあるから」
「クレヨンですって!?」アオイは顔を真っ赤にしてバッグをひったくり、「アヤネ、絶対許さないわよ」と笑った。
「あら、恥ずかしがらないで」とアヤネは言った。「可愛いじゃない!」
「もういいわ!入るわよ!」アオイはそう言い放ち、必要以上に勢いよくドアを開けた。
「あ、あ~!」その明るい声にアオイはハッと目を開けた。クラスメイトたちはすでに席から飛び出し、期待に満ちた顔でアオイの方へ駆け寄っていた。突然の注目に、3人はその場に立ち尽くした。特にアオイは動けなくなっていた。
「えっと…何が起きてるの?」彼女は困惑して眉をひそめ、どもりながら言った。
「昨日のこと聞いたよ!」茶髪の少年が飛び跳ねるように叫んだ。
「燃えている家に飛び込んで、子供二人を助け出したんだろ!」別の少年が興奮して拳を突き上げながら付け加えた。
「子犬のことも忘れないでね」三人目の少年がぎこちない笑顔で口を挟んだ。
「どっちにしても、すごいよ、葵ちゃん~!」少女が目を輝かせながら甲高い声で言った。
「えっと…あ、あの…」葵は褒め言葉の重みに耐えかねて、ぎこちなく身をよじりながら呟いた。隣にいた綾音と芽衣は、意味ありげな笑みを交わした。
「本当に驚かされるわね」芽衣は優しく言った。
「そうだよ、葵ちゃん。時々、私たちの方が情けなく見えるわ」綾音はからかった。葵が反論する前に、別の声がざわめきをかき消した。
「やっぱり本当だったわね――あなたはいつも戦いの中心にいるのね。」
人混みが割れ、一人の少年が軽やかな笑みを浮かべながら前に進み出た。白いシャツの上にはサヨナキのジャケットが羽根飾りのついた襟元を輝かせている。黒いスラックスと磨き上げられた靴が自信に満ちた佇まいを際立たせ、金髪のツンツンとした髪と剃り上げたもみあげ――左にカールした3本の鋭い前髪――が、輝く琥珀色の瞳を縁取っていた。
葵は息を呑んだ。彼だ……。戦闘サバイバルトライアルでの光景が脳裏に蘇る。躊躇なく2機の戦闘ドローンに突進していったあの少年。
綾音は彼女の隣に歩み寄り、まるでキラキラと輝いているようだった。「待って――あなたって、チームの最初の6ポイントを取った人じゃない!」
金髪の少年はくすりと笑い、首の後ろを掻いた。 「はい、そうです。誰かに気づかれる前に隙をつかもうと思って。」
「無謀だったわね」と、葵は腕を組みながら呟いた。
「そうかもね」と、彼は照れくさそうに笑って認めた。「でも、うまくいったよ。」彼は手を下ろし、再び葵の目を見つめた。「藤村光。やっとちゃんと会えて嬉しいよ。」
葵は軽く頷いた。メイは葵の反対側にそっと移動し、光の笑顔がさらに広がるのを見て、穏やかな表情を浮かべた。
「そして、葵…」彼は少し身を乗り出し、温かくもからかうような声で言った。「…君はすごい才能を持っているね。試験が始まった時からずっと見ていたよ。」
葵は片方の眉を上げ、腰に手を当てた。「私と違って、あなたは真っ先に突っ込んでいくのが好きなみたいね。」
「気にしないで。ヒカルはいつもああいう感じなの。」
滑らかで落ち着いた声が割り込んできた。三人が振り返ると、茶髪の少年が赤いヘッドホンを首元に引っ張りながら歩いてくるのが見えた。サヨナキのジャケットは黒いパーカーの上にゆったりと羽織り、ダークカラーのズボンと白黒のスニーカーを合わせている。M字型の前髪が右目に向かってカールし、青い瞳の穏やかな輝きを際立たせている。
ヒカルはニヤリと笑った。「カズキ、君だって同じじゃないか。」
「そんなこと言ってないよ。」茶髪の少年はくすっと笑い、チームメイトに視線を送った。「俺たち、似た者同士だからな。」それから葵の方を向き、人を惹きつけるような笑みを浮かべた。「俺は竜崎カズキ。金髪の奴に惑わされるなよ。」 「おい~!」ヒカルがうめき声を上げると、クラスメイトたちの笑い声が漏れた。
メイは首を傾げた。「でも…みんな、どうやってアオイの救出のことを知ったの?」
「町中が騒いでるよ」と、ある女の子が笑いをこらえきれずに口を挟んだ。
「うん、ミツルがちゃんと全部教えてくれたんだ」ヒカルはスマホを掲げ、顎を後ろの方へ向けた。「ほら、もうみんな来てるだろ」
ヒカルの視線を追うと、アオイは真ん中の列でミツルとリクヤが話しているのを見つけた。近くにはライトが腕を組み、目を閉じて、まるで騒ぎに全く興味がないかのように座っていた。ミツルとリクヤはアオイが見ていることに気づき、手を振った。アオイは瞬きをしてから、小さく手を振り返した。
「炎の中に飛び込んでもひるまないなんて…マジでカッコいい」ヒカルはニヤリと笑った。
葵は頬を赤らめながら「何でもないの…」と呟いた。
「まあ、そんなに軽く考えないでよ」と、別の声が明るく割り込んできた。長いピンク色の髪と琥珀色の瞳を持つ少女が、満面の笑みを浮かべながら颯爽と歩み寄ってきた。彼女は白いシンプルなトップスにサヨナキのジャケットを羽織り、ライトジーンズと、床にカツカツと音を立てる黒いコンバットブーツを履いていた。まぶたには柔らかな輝きが、頬にはほんのりとしたチークが、唇にはグロスがかすかに光っていた。彼女のファッションセンスをさりげなく感じさせる仕草だった。
「えっと…」葵は突然現れた人物に目を瞬かせながら言いかけたが、隣にいた綾音は目を輝かせ、体を硬直させた。
「い、い、まさか~!」綾音は飛び跳ねそうになりながら叫んだ。
「私たちだけ仲間外れにしないでよ、みんな。ずるいよ~!」ピンク色の髪の少女は拗ねたように言ったが、その楽しそうな口調には喜びがにじみ出ていた。
「さやかちゃんが私たちの話を聞いてくれるの?!もう、最高~!」綾音は葵をちらりと見てくすくす笑った。
「さやかちゃん、相変わらず元気いっぱいね」芽衣は目を閉じて微笑みながら歩み寄ってきた。
「やあ、芽衣!どうしたの?」さやかは後頭部を掻きながら笑い、口紅が光を浴びてさらに笑顔を広げた。
綾音は興奮で震えながら、芽衣とさやかの間を交互に視線を走らせた。葵はため息をつき、眉をひそめた。
「さあ、白状しなさいよ。彼女を知ってるんでしょ?」
綾音は満面の笑みを浮かべた。「もちろんよ!当たり前でしょ!」
葵は芽衣と話しているさやかの方をちらりと見て、眉をひそめた。「…芽衣の方が彼女のことをよく知ってるみたいね。」
「あ、あ、あ、彼女だけじゃないのよ。」綾音はさやかの向こう側を指差しながら、大げさに指を振った。
「え?」葵は彼女の仕草を見て、固まった。
さやかの後ろに、半分隠れるようにして、もう一人の少女が座っていた。長い紫色の髪が顔を縁取り、静かに作業をしていた。さやなきジャケットは黒いアンダーシャツの上に羽織り、ショートパンツに膝丈のソックスを黒いコンバットブーツにインしていた。彼女は背を向け、その存在感は微かで、今までほとんど気づかれなかった。
「えっ、何ですって!?ずっとそこにいたんですか!?」葵は目を丸くして息を呑んだ。
「うんうん~!」綾音は素早く頷いた。すると、座っていた人物が立ち上がり、さやかの隣に歩み寄った。視線を上げると、同じ顔立ちが露わになった――ただ、ピンクではなく紫色の縁取りだけだった。
「え、えっ? な、何…? え…そっくりなの?!」葵は信じられないといった様子で、どもりながら見つめていた。
「どうしたんだ、葵?」和樹が不思議そうに尋ねた。
「ただびっくりしてるだけよ」紫色の髪の人物が静かに近づいてくると、綾音はくすくす笑った。彼女は何も言わずに、スケッチブックのページを葵に差し出した。
葵は瞬きをして、それを受け取った。目を見開いた――それは戦闘態勢の真っ只中の自分の姿を描いた絵だった。細部まで鮮明で、生き生きとしていた。
「何これ…?」彼女は呟いた。
「わあ!すごい!」綾音は叫び、葵のそばに飛びついた。彼女はニヤリと笑いながら、劇的に他の二人の方を振り向いた。「さあ、自己紹介の時間ね!」彼女は二人のほうへ手を振った。「こちらは黒鉄双子、静香と沙耶香よ!武術と恐るべき戦闘技術で知られる名門ヤクザ一族、黒鉄家の末裔なの。2年前、たった二人でギャングを壊滅させ、街中の伝説となったの。二人の息の合った戦闘は誰もが恐れる、まさに最強のコンビよ!」
「わあ、私たちのことをそんなに知っている人がいるなんて思わなかったわ」沙耶香はくすくす笑いながら、目を輝かせて葵の方を向いた。「でも、そうね。私たちは黒鉄双子よ。私は妹の黒鉄沙耶香」彼女は隣にいる無言の少女を誇らしげに指差した。「…そしてこちらは姉の静香。葵、ずっと会いたかったのよ」
葵の視線は、輝くような沙耶香の顔と、静かで警戒心に満ちた静香の瞳の間を行き来した。紫色の髪の少女は、まるで葵の視線を避けるかのように、目をそらした。
「ねえ、お姉ちゃん、黙っちゃダメだよ~」沙耶香は妹の首に腕を回しながら、からかうように言った。「何か言いたいことあるんでしょ?」
静香はついに顔を上げ、穏やかで優しい声で言った。「私…でも、これだけは言っておくわ。昨日のあなたの行動は無謀だったわ。」
「えっ!?」彼女の率直な言葉に、皆は目をパチパチさせた。
静香は指を一本立て、葵の右手を指差した。「その包帯が証拠よ。何も考えずに危険に飛び込んだのよ。」
「えっ!?お姉ちゃん!なんでそんなこと言うの!?」さやかはうめき声を上げ、静香を揺さぶった。「かっこよかったじゃない!もう!」
一方、芽衣はくすくす笑いながら、葵に身を乗り出した。「まるで幽霊でも見たみたいに突っ立ってたわね。」
「い、いえ…ただ…」葵は唾を飲み込み、二人の間を交互に見た。「あんなにそっくりな双子を見たことがなくて。最初は見分けがつかなかったの。」
「簡単よ。」綾音はニヤリと笑って口を挟んだ。 「さやかはピンク色の髪、静香は紫色の髪。それがヒントよ。」
「そう…」葵は呟きながら、まだ二人をじっと見つめていた。「じゃあ、彼女たちの技は…本当にそんなにすごいの?」
「もちろんよ!」綾音は胸を張った。「黒鉄の双子が有名になったのは伊達じゃないわ。彼女たちのスタイルは、芽衣の流派の技と同じくらい洗練されているの。だからこそ、黒鉄の双子は…そう、黒鉄の双子なのよ。」
「ふむ」葵は小さく呟き、双子をじっと見つめた。
「無謀だって言う人もいるかもしれないけど」さやかはニヤリと笑い、拳を突き上げた。「燃え盛る家に突入して命を救うなんて?勇気があるわ。これこそがスタイルよ。」
「全く同感だ。」光はにやりと笑った。
「うん」和樹が頷き、他の者たちもそれに続いた。
葵は二度瞬きをし、そっと息を吐いた。「尋問はありがとうございました。でも、もう座りたいんです」彼女は彼らの横を通り過ぎて教室に入った。
「あ、そうだった!ごめん」さやかはいたずらっぽい笑みを浮かべ、後頭部を掻きながらくすくす笑った。
「相変わらずストレートだね」芽衣はくすくす笑った。
綾音は照れくさそうに笑い、葵の後をついて行った。「一度くらい注目を浴びてもいいんじゃない?」
「うるさい」葵は目を閉じ、呟いた。
「おはよう、みんな」芽衣は三人の男子のところまで来ると挨拶した。
「おはよう、みんな」美鶴と陸也は軽く手を振って答えた。
葵はハッと目を開けた。視線はライトに釘付けになった。腕を組み、目を閉じ、まるで周りの世界などどうでもいいかのように。そして、横目でちらりと彼女を見た彼の茶色の瞳は、細められた。
二人の間に張り詰めた空気が流れた。友人たちは身を硬くし、額に汗がにじんだ。言葉にならない鋭い衝突に、彼らは息を呑んだ。
「あの…みんな?挨拶しないの?」綾音はためらいがちに尋ねた。
「まさか」とライトは鼻で笑い、顔を背けた。
「全然頭に浮かばなかった」とアオイはため息をつき、ライトの隣の席に腰を下ろした。他の生徒たちの顔に気まずい笑みが浮かんだ。
「まだ昨日のことを引っ込めてるの?」とメイは腕を組んで言った。「無理もないわね。クラスの半分はもう噂で持ちきりなんだから」
「たとえ噂がなかったとしても、いずれ広まるのは当然よ」とミツルは肩をすくめた。「そういうことって、いつまでも秘密にしておくわけないでしょ」
「ちっ。大したことない」とライトは友人たちを睨みつけながら吐き捨てた。「この二人が喋らなければ、誰も気づかなかっただろうに」彼は再び目を閉じたが、アオイがバッグの中をごそごそと探っているのを捉えるのに十分な時間だけは目を離さなかった。
「マジで、アヤネ?」とアヤネはため息をつき、筆箱からクレヨンを数本取り出した。 「冗談じゃなかったんだね?」
綾音は両手を後ろに組んでくすくす笑った。「ねえ、創造力に限界なんてないんだから!」
葵が返事をする前に、教室のドアが勢いよく開いた。
「おはようございます、生徒諸君!」
明るく元気な声が教室に響き渡り、全員の視線を釘付けにした。ドアの前に立っていたのは、風になびく栗色の髪が光を受けてかすかに金色に輝く若い男だった。ボンバージャケットは重ね着したTシャツと革のズボンの上にゆったりと羽織り、足元は床にドスンと音を立てるごつごつしたブーツで仕上げていた。
彼は自信に満ちた笑みを浮かべた。「さあ、初日の授業の準備はいいかい?!」
教室は静まり返った。
葵は一度、そして二度瞬きをし、眉をひそめた。「…えっと、この人誰?」




