影と火花
蒼吉の街路を重い足取りで歩く葵は、肩を落とし、顔には不快感と苛立ちが入り混じった表情を浮かべていた。隣では、綾音は元気な子供のようにぴょんぴょん跳ねながら歩き、芽衣は両手を背中で組み、目を閉じて穏やかで無関心な様子だった。葵の表情は、両脇の二人とは対照的だった。なぜ自分だけがこんな気持ちになるのだろう?
「なんであいつらと一緒にパトロールしなきゃいけないのよ。自分たちだけでやればいいじゃない」静寂を切り裂く、憎悪に満ちた声が響いた。栗色の瞳を苛立ちで細め、ポケットに手を突っ込んだライトが先頭を歩き、美鶴と陸也がすぐ後ろをついていく。葵のチーム――綾音と芽衣――は数メートル後ろをついて行った。
「仕方ないわ。受け入れるしかないのよ」美空は鋭く、威厳のある声で二つのチームの先頭を歩きながら言った。「だって、彼女は私に二人の面倒を見るようにって言ったんだもの」と、麗奈の頼みを思い浮かべながら美空は思った。
「二人の面倒を見て。頼むわよ」
美空は肩越しに振り返った。「まったく、初日から喧嘩するなんて、どんなクラスメイトなの?」
美空の言葉に、ライトと葵はびくっとした。他の生徒たちは、先ほどの出来事が脳裏に蘇り、額に汗が滲んだ。
.................
1年3組に戻ると、生徒たちはチーム分けをしながら、2人組や3人組で楽しそうにおしゃべりをしていた。
「あおい!一緒にチームになってくれない?また一緒になりたいな」と、あやねは青い髪の少女に目を向け、ターコイズブルーの瞳を輝かせながら尋ねた。
「いいよ」とあおいは肩をすくめ、あやねは歓声を上げた。
「やったー!ありがとう!」とあやねは笑い、その場で飛び跳ねるように言った。
「私も参加してもいい?」と、メイが二人に振り向いて尋ねた。
「私たちと一緒に行きたいの?」とあやねは信じられないといった様子で目を丸くし、驚きと喜びで口を小さく「O」の形にした。
「うん」とメイは優しく頷いた。「私も一緒に行きたい」
「もちろん!大歓迎!」とあやねが言うと、メイの目は温かい笑顔に変わった。
葵は小声で「ねえ、私、これについて何も言わなかったじゃん」と呟いた。
「バカ!メイ・シュエが私たちのグループに入ってくれるなんて、一生に一度のチャンスなんだから感謝しなきゃ!」綾音は苛立ちながらからかった。
「はいはい…」葵は目を丸くして、返事を長々と続けた。
「私たちも仲間に入れてくれない?」後ろから声が聞こえ、三人は振り返った。
「私たちとチームを組みたいの?」綾音は目を輝かせ、陸也はくすっと笑った。
「まあ、僕たち3人はもうチームだからね…」陸也はからかうような笑みを浮かべながら言った。
「ずっとそうだったし、これからもそうよ」美鶴はそう付け加え、ライトに腕を回して横から抱きしめた。
「おい!離せ!」ライトはうめき声を上げ、抱きしめられた腕から逃れようともがいた。
「でも、君たちと一緒に来たかったんだ。そうすれば、みんなでもっと仲良くなれるしね」と、陸也は眼鏡をかけ直しながら付け加えた。
「そうだね」と、美鶴は頷いた。
「お前ら二人はついてきたがって。俺は全然口出ししてないぞ」と、ライトは美鶴の腕を払い除けながら鼻で笑った。
「もう、そんなこと言わないでよ」と、美鶴はくすくす笑った。
「俺には他人についていく時間はない。ここに来た目的は一つだけだ」と、ライトは両手をポケットに突っ込み、葵をじっと見つめた。「強くなるためだ。あのバカな兄貴を倒して、頂点に立つために」
「何のために?」と、葵は眉を上げて冷たく尋ねた。
「お前には関係ない!」と、ライトはこめかみの血管を浮き上がらせながら言い放った。
「つまらなそうね。彼がトップなら、もうあなたより強いってことよ」葵はニヤリと笑った。
ライトは唸り声を上げ、彼女を指差した。「黙れ!何も知らないくせに!」
「その通り。知らないわ。知るつもりもない」彼女は鼻で笑い、ポケットに手を突っ込んだ。「あんたなんか興味ないわよ、影野郎」
ライトの顔が怒りで歪んだ。「何だって!?」
「耳が遠いの?」葵の笑みがさらに鋭くなった。
「やってみろよ、青髪!」
「覚悟ができたらね。かかってこい」
クラス中がざわめき、緊張感が漂った。
「あ…ライト…」陸也が言いかけたが、美鶴の手が彼の肩に置かれた。
「いいわよ、陸也」彼は小声でそう言い、陸也はちらりと横目で彼を見た。
「でも…美鶴…」
「どうせお前の言うことなんか聞かないよ」美鶴はため息をつき、友人に視線を戻した。
「葵…」綾音は不安そうに囁いた。隣で芽衣は静かに鼻歌を歌いながら、落ち着いた目で様子を伺っていた。ドアが勢いよく開き、皆の視線が集まった。
「あーやー」美空は苛立ちながら首を振り、目を閉じてうめいた。「冗談でしょ?」
「お姉ちゃん!」綾音の目が輝き、ポケットに手を入れたまま入ってきた三年生の姿に、クラス中がざわめいた。
「学校初日からもうトラブルメーカーね」美空の口調は鋭かった。
「何してるの?」葵が尋ねると、ライトは年上の少女の視線に後ずさりした。 「いつものクラスチェックよ」美空は冷ややかに言った。「偶然このチェックに引っかかってよかったわ」
葵は小さく鼻で笑い、視線を横にそらした。
「葵、ライト」彼女の声は低く、二人が身構えるほどの毅然とした口調だった。「あなたたちのグループは私の監視下よ。上からの命令よ」
「えっ!?どうして!?」ライトは思わず叫んだが、美空の鉛色の瞳に射抜かれた途端、凍りついた。
「私がそう言ったからよ。動いて」彼女の静かな口調に、ライトはごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、はい…」彼は呟いた。美空が背を向けると、綾音はキラキラと輝き、姉を見つめた。クラスの他の生徒たちは、彼女の表情を見て冷や汗をかいた。
......................
「厳密に言えば、まだ喧嘩はしてなかった…」と、美鶴はニヤリと笑って言った。
「まあ、美空があのタイミングで止めに入ってくれたのはありがたいけどね」と、陸也は眼鏡を直し、少し照れくさそうに微笑みながら付け加えた。
「冗談じゃない。たとえ美空が止めに入っていなかったとしても、俺があのバカを懲らしめてやろうとしてたんだ」と、ライトは低い声で呟いた。
「あの…みんな?」と、綾音は緊張した様子で手を上げて言った。
葵は舌打ちをして、目を丸くした。「私の存在があなたの気分を害したって?ごめんなさい。気にしないで。あなたの機嫌を取ろうなんて、ケチなあなたには最初から興味ないわ」
ライトはくるりと振り返り、彼女を指差した。「少なくとも俺の機嫌は、膝にも届かないようなチビガキに無駄にされることはない!」
葵は眉をひそめ、睨み返した。 「もう一度言ってみろ、影野郎!」
「喜んで!」ライトは唸り声を上げ、火花が散るほど顔を近づけた。前に立っていた美空はゆっくりと息を吐き、時限爆弾の警告のように眉をぴくぴくと動かした。
「二人とも、やめなさい!」彼女は鋭く言い放ち、その声は空気を切り裂くようだった。
「あいつが始めたんだ!」「あいつが始めたんだ!」葵とライトは声を揃えて叫び、睨み合いはまるで火打ち石と鋼鉄がぶつかり合うように激しくなった。二人の言い争いに、周囲の人々の視線がちらちらと向けられ、好奇心が顔に浮かんだ。
メイは小さく笑った。「まるで幼児二人がキャンディーを取り合って喧嘩してるみたい。」
美空は脇で拳を握りしめ、眉をひそめた。「誰が始めたかなんて関係ない!私の目の前では喧嘩は許さないわよ、わかった?!」大きく息を吐き出し、こめかみに指を二本当て、顎をきつく引き締めた。
「もう!もう手一杯なのに。これ以上子供たちの面倒を見るなんて無理!」美空の冷めた不満に、綾音、美鶴、陸也は苦笑いを浮かべ、額に汗を浮かべた。
「待って…あれは何だ?」陸也が突然口を挟み、目の前の建物の向こうを指差した。皆が一斉にそちらの方向を振り向き、目を見開いた。
「まさか…」美鶴は息を呑んだ。
「黒煙?こんな時間に?!」綾音は恐怖に震える声で囁いた。
葵は息を呑み、目を細めた後、事態を理解して目を見開いた。火事だ!考える間もなく、彼女は飛び出した。
「ちょ、ちょっと待って!」美空は叫び、すぐに彼女の後を追った。他の者たちもすぐ後に続いた。
............
通りは混乱状態だった。三階建ての建物の窓から黒煙が立ち上り、悲鳴と慌ただしい足音が響き渡る。炎は激しく燃え上がり、刻一刻と高く燃え上がっていく。住民たちは咳き込みながらよろめき出て、隣人に支えられながら、皆の顔に恐怖が刻まれていた。
「誰か、消防署に電話して!」声が震えながら叫んだ。
「炎の広がりが速すぎる!」と別の人が叫んだ。
「怪我はないか?!」ミソラの声が響き渡り、パニックを切り裂いた。彼女と仲間たちが到着すると、安堵の波が群衆に広がった。
「ナイチンゲールだ!」と誰かが叫んだ。
「よかった!」と別の人が声を上げた。
「みんな、私の言うことを聞いて!」ミソラは両手を上げ、毅然とした、しかし落ち着いた声で言った。「パニックになっても何も解決しないわ。落ち着いて。そうすれば乗り越えられる。」彼女は鋭く振り返った。 「あやね、今すぐ消防署に電話して。」
「了解、姉さん!」あやねは頷き、さっと横に駆け寄りながらスマホを取り出した。
「残りの人たちは」美空は他のメンバーに視線を向け、一切の異論を許さない口調で続けた。「住民の手伝いをして。怪我がないか、水は必要か、必要なものは何でも確認して。」
「了解!」芽衣たちは声を揃えて答え、すぐさま行動を開始した。
美空は震えている女性に近づき、燃え盛る建物から目を離さなかった。「まだ中に閉じ込められている人はいますか?」
女性は震えながら素早く首を横に振った。「いいえ…みんな無事です。全員助かりました。」
「よかった。」美空は息を吐き、炎を見つめ返した。その炎の反射が、彼女の鉛色の瞳に焼き付いていた。
「大輝!光!」絶望的な叫び声が空気を切り裂いた。皆が男の腕の中で暴れる女性の方を振り向いた。涙で濡れた顔は恐怖に歪み、彼女は必死に逃れようとしていた。
「奥さん、中には入れませんよ。危険すぎます!」男は彼女を引き止めながら言った。
「子供たちがまだ中にいるんです!」彼女は叫び、声は震え、さらに激しく抵抗した。
「一体何が起こっているの!?」美空が駆け寄り、問い詰めた。
女性の目は美空を見つめ、恐怖に満ちていた。「お願い!子供たちが助からなかったんです!まだあの建物の中に閉じ込められているんです!」
美空は目を見開いた。「えっ!?」その言葉は息を呑むように口から漏れ、胸が締め付けられた。
「お願い、助けて!お願い!」女性はすすり泣きながら、両手を必死に握りしめ、膝をついた。葵は凍りつき、心臓が激しく鼓動した。視線は炎に釘付けになった。窓ガラスを焼き尽くす炎、空に立ち昇る黒煙。彼女は拳を固く握りしめ、指の関節が白くなった。
美空は炎を見つめながら歯を食いしばった。「だめ…もう遅い。炎が強すぎる…もう誰も生きては出られない。」しかし、美空の言葉が落ち着く前に、青い残像が目の前を駆け抜けた。葵の姿はためらうことなく炎の入り口へと飛び込み、消えていった。
「葵!」綾音は恐怖で声が震えながら叫んだ。
「無鉄砲な!」美空は叫びながら飛び出したが、炎は激しく燃え上がり、彼女が後を追う前に扉を炎の壁で塞いでしまった。
「お嬢様、彼女の後を追ったら死んでしまいますよ!」誰かが叫び、灼熱の空気の中、美空を引き戻した。
美空はよろめき、顎を食いしばり、拳を震わせた。「くそっ!」怒りと恐怖が同時に押し寄せ、彼女は低い声で呟いた。
................
葵は燃え盛る炎の間を縫うように、1階の階段を駆け上がった。袖で口と鼻を覆い、煙でむせ返る廊下を見回す。
「大樹!光!」煙でかすれた声で叫んだ。返事はない。顎を食いしばり、胸が重くのしかかる。くそ…手遅れじゃないといいけど。まさか…彼女の思考は痛み、残酷な記憶の断片が脳裏をよぎる。お願い…また…
「助けて!誰か聞こえてる?!」幼い声が響いた。
「ママ!」別の声が、すすり泣きでかすかに聞こえた。葵は目を見開き、炎が目に映る中、次の階段を駆け上がった。
すでに半分炎に包まれた部屋の中で、6歳にも満たない少年が、妹と、彼女の腕に抱かれたすすり泣く子犬を抱きしめていた。
「お、お兄ちゃん…」光はすすり泣いた。
「大丈夫だよ」ダイキは震える体を抱えながら、彼女の頭を撫でながら囁いた。天井が軋む音を立て、炎の光線が剥がれ落ち、彼らに向かって落下してきた――しかし、間一髪のところでブーツがそれを叩き潰した。子供たちは涙目で、目の前にしゃがみ込む少女を見上げた。
「大丈夫よ。もう安全よ」アオイは周囲の状況にもかかわらず、落ち着いた声で力強く言った。彼女の視線はヒカリの腕の中の子犬に向けられ、それから子供たちの顔に戻った。この子たちは自分の子供たちに違いない……母親の懇願が胸を締め付けた。炎はさらに激しく燃え上がり、熱で子供たちは互いにしがみつくように身を寄せ合った。
「大丈夫よ。私がいるから」アオイはそう言って、二人を優しく抱きしめた。彼女は折りたたんだハンカチを二枚手渡した。「これを口に当てて。離さないで」子供たちは涙を流しながらも、素早く頷いて従った。彼女は部屋から飛び出したが、階段にたどり着いた途端、燃え盛る瓦礫が降り注ぎ、階段は粉々に砕け散り、焼け焦げた廃墟と化した。
出口はすぐそこだった――しかし、道は崩れ落ち、炎と落下する板に飲み込まれた。子供たちはすすり泣き、涙で濡れた顔を彼女の胸にうずめた。煙が肺を締め付けた。燃える木材が右手をかすめ、突然激痛が走った。彼女は歯を食いしばり、水ぶくれのできた肌から目をそらした。
考えろ…頼む、考えろ。1階はもう炉だ。残された道は一つしかない。彼女は震える子供たちを強く抱きしめた。
「私につかまって」と彼女は囁いた。
...............
「急いで!まだ人が閉じ込められている!」消防士たちが炎に放水する中、誰かが叫んだ。群衆は恐怖に怯えながら前へと押し寄せた。
「大樹…光…」母親は胸に手を当て、すすり泣いた。隣で美空は唇を強く噛み締め、震える拳を握りしめながら、燃え盛る炎から目を離さなかった。
「あおい…諦めないで。」
「あおい…」綾音は震える声で囁いた。建物に再び爆発が起こり、火花と炎がさらに高く舞い上がった。
「だめ!私の子供たち!!」女性は叫び、自分を抑えつけようとする消防士に抵抗した。
「奥様、危険すぎます!」消防士は懇願したが、彼女の叫び声は混乱を切り裂いた。そして、耳をつんざくような轟音とともに、2階の錆びた窓からガラスと木片が飛び散った。葵は飛び出し、しゃがみ込んで着地すると、子供たちを胸に抱きしめた。
「あそこにいる!」誰かが叫んだ。
「見て!子供たちも一緒よ!」
子供たちがよろめきながら駆け寄ってくると、女性の目には涙があふれた。
「ママ!」子供たちは叫び、彼女の腕の中に飛び込んだ。彼女は膝をつき、子供たちを抱きしめた。嗚咽が体を震わせ、安堵と喜びが煙と灰に混じり合った。
「ああ、愛しい子たち!無事でよかった!」女性は泣きながら、子供たちの顔にキスを浴びせた。
「2階の部屋に閉じ込められていたんです」と、再会した家族が彼女の方を向くと、葵は体を起こして説明した。「間一髪でした」
「ありがとう…本当にありがとう!助けてくれて!」女性は何度も頭を下げ、子供たちをしっかりと抱きしめたままだった。
二人の子供たちはキラキラした目で葵を見上げた。「ありがとうございます、お姉さん」と声を揃えて言うと、葵は少し身を硬くしたが、小さく頷いた。
「僕たちを助けてくれたのは、この子なんです」と大樹が興奮気味に付け加えた。
「ユイちゃんも!」と光が子犬を抱き上げると、子犬は嬉しそうに吠えた。母親は涙ぐみながら、二人をさらに強く抱きしめた。
「ええ…みんな無事で本当に良かった」と彼女は囁き、家族をぎゅっと抱きしめた。葵は家族に視線を向けたまま、鋭い足音に耳を澄ませた。振り返ると、美空が怒鳴りながらこちらに向かってくるのが見えた。
「ちょっと…」葵が言葉を発した途端、美空が頭に拳を叩きつけた。
「痛っ!何するのよ!」葵は痛むところを押さえながら叫んだ。
「この無鉄砲なバカ!自分が何をしたか分かってるの?何も考えずに燃えている建物に突っ込むなんて!」美空は腰に手を当て、震える声で怒鳴りつけた。
葵は眉をひそめ、美空の言葉の裏に隠された感情に驚いた。彼女はそっとため息をつき、まるで離れることがないかのように互いに抱き合っている家族に視線を戻した。
「あおい!よかった、無事だったのね!」あやねの安堵の叫び声に、あおいは彼女と他の人たちの方を振り向いた。反応する間もなく、あやねは慌てて立ち上がり、顔は真っ青だった。
「あおい…手!」あやねは息を呑み、あおいの痣だらけの手を両手で包み込んだ。慌ててペットボトルの水を取り出し、震える指で蓋を開けると、火傷した部分にそっと水をかけた。
「うわ、ひどいね」メイが弱々しく笑った。
「軽い火傷よ。気にしないで」あおいは肩をすくめたが、あやねはハッと顔を上げ、怒りの表情を浮かべた。
「気にしなくていいなんて言わないで!」あやねは言い返し、声が震えながら、再びあおいの傷に意識を集中させた。手は素早く動いたが、呼吸は乱れていた。 「あんな風に火の中に突っ込んでいくなんて――もし戻ってこなかったらどうなっていただろう?それが私に、そして私たち全員にどんな影響を与えたか、分かっているのか?」
葵は凍りつき、その光景に胸が締め付けられた。綾音は震える唇で手を震わせ、隠しきれない恐怖で瞳を輝かせていた。葵は視線をそらし、地面を見つめた。玲奈の言葉がかすかに脳裏にこだまする。
「葵、あなたには頼れる力がある。私にはわかる。そしてこの町も?いつかきっと、みんなにわかる日が来る。だから、みんなから逃げるんじゃなくて…その力を使って、みんなを守ったらどう?」
葵は、炎がほとんど消えかけた、くすぶる建物に目を向けた。「ただ…見て見ぬふりはできなかったの。」低いながらも力強い声で、綾音をはじめ、皆の注意を引いた。「私たちはこの町と、そこに住む人々を守るべきなの。それが私たちの義務。それが…ナイチンゲールであることの意味なの。」彼女の視線は美空へと移った。「…そうでしょう?」
美空の睨みは一瞬たじろぎ、怒りの裏に潜む恐怖を露わにした後、ため息をついて顔をそむけた。「まったく…あんたって本当にどうしようもないわね」と呟いたが、葵の方を振り返ると、声のトーンがほんの少し和らいだ。「でも…よくやったわね」
葵は瞬きをし、頬を赤らめながら慌てて視線を逸らした。
「すっごくすっす、葵!」陸也は満面の笑みを浮かべた。
「私も同感だ」と美鶴も頷きながら付け加えた。
しかし、ライトは鼻で笑い、腕を組んだ。「ちっ。ただの救出だろ。誰だってできたことだ」
葵はニヤリと笑みを浮かべた。「面白いわね…あんたがやってるの、全然気づかなかったわ」
ライトは身を硬くし、目を大きく見開いて憤慨した。「えっ!?もう一度言ってみろ、青髪!」
「だめよ、私の目の黒いうちは!」美空は拳を握りしめ、再び火花が散る前に葵とライトの間に割って入った。彼女の厳しさに、メイ、アヤネ、リクヤ、ミツルは思わずくすくす笑った。
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残りの一日、ナイチンゲールたちはできる限りの手助けをしながら過ごした。住民の誘導、瓦礫の撤去、人々の不安を和らげることなど。笑い声と軽妙なやり取りが絶えなかったが、葵とライトは相変わらず衝突を繰り返し、そのたびに美空に厳しく叱責されていた。夕方になると、街は静まり返った。夕日が空を深紅、オレンジ、紫の筋で染め、街全体が温かい光に包まれた。
「よし、今日はここまで。みんなよく頑張ったわ」美空は力強くも誇らしげな声で告げた。
「はい!」一同は声を揃えた。
美空は綾音に視線を向け、表情を和らげた。「今夜また来るわ。でもその前に、麗奈に報告書を渡さなくちゃ」
「わ、はい!待ってるわ、姉さん」綾音は力強く頷いた。
美空は軽く頷くと、背を向けてポケットに手を突っ込んだ。「みんな、無事に帰ってね」と肩越しに言い、振り返らずに片手を軽く振った。
「了解!」美鶴はニヤリと笑った。
「了解」陸也も付け加えた。
「いやー、今日は最高だった~!」綾音は幸せそうにため息をつきながら伸びをした。
「うんうん」芽衣は穏やかな笑顔を絶やさず同意した。「人を助けると、いつもいい気分になるよね」
「へっ。でも、今朝の出来事には敵わないな」美鶴は興奮して拳を突き上げた。「葵の救出劇は伝説的だった!」
ライトは舌打ちをして視線を逸らした。「ちっ。大したことない」
「認めろよ、お前。葵の救出劇は、好き嫌いは別として、すっごくすっとしてたんだぞ」陸也はため息をつき、額に汗を浮かべながら眼鏡を直した。
「まったくだよ」と、ミツルはニヤリと笑いながら身を乗り出した。「ただ恥ずかしくて言えないだけだろ。女の子を褒めるのは苦手なんだろ?」
ライトの肩がこわばり、前髪が目を覆った。突然――バシッ!ライトは二人の頭を同時に叩き、はっきりとコブができた。
「恥ずかしくなんかない!わかったか?!もう黙れ!」と、ライトは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ああ、ああ…恥ずかしい男が言うセリフそのものだ」と、ミツルはニヤニヤしながら頭を掻きながら呟いた。
「相変わらずだな」陸也はため息をついたが、口元はわずかに歪んでいた。
ライトは唸り声を上げ、二人の襟首を掴んで荷物のように引きずり出した。二人はくすくす笑いを交わした。
「じゃあ、また明日!」美鶴と陸也は照れくさそうに手を振り、綾音も手を振り返した。
「私たちもそろそろ行かなきゃ」綾音は腰に手を当て、葵と芽衣の方を向いた。「ご褒美に父さんの店で夕食でもどう?牛丼食べる?」
「もちろん!」葵はためらうことなく頷いた。
「いいわね」芽衣はいつものように穏やかな笑顔で同意した。
「よし!行こう!」綾音は元気よく飛び跳ね、二人は彼女の横を歩いた。「芽衣、父さんはあなたに会えるのをすごく喜ぶわよ。それに、父さんの料理、最高だから、ぜひ食べてみて!」
「楽しみにしてるわ」メイは穏やかな微笑みを浮かべながら答えた。
三人は賑やかな人混みに紛れ込み、綾音の柔らかな笑い声は街のざわめきに溶け込んでいった。少し離れた路地の陰に、人影が佇んでいた。帽子のつばが目を隠していたが、その視線は葵の横顔を追っていた。ポケットに手を突っ込み、背を向けると、かすかに笑みが漏れた。
「桜庭葵か……」彼は火事の事件を思い出し、ニヤリと笑った。遠ざかる足音に、またもや静かな笑い声が重なり、彼は夜の闇に消えていった。




