雑誌の中の人が、目の前にいた
そのとき。
階段から、誰かが降りてきた。
足音が、静かな廊下に響く。
私は、心臓がバクバクしていた。
振り向く。
「あれ? あなた……」
目の前に現れたのは、
さっき雑誌で見た人だった。
スタイリスト 上村ミヤコ。
私は、言葉を失った。
雑誌の中の人が、
今、目の前にいる。
「……見学?」
ミヤコさんは、にっこり笑った。
何も言っていないのに、
全部、伝わっていた。
「は、はいっ」
私は思わず背筋を伸ばした。
「今日は日曜だから授業はないけど、
お茶でも飲んでって」
そう言って、部屋の奥に向かって呼んだ。
「クロサワー」
「はい」
中性的な女性が、奥の部屋から顔を出した。
「この子、見学に来たんだって。
お茶とパンフレット出してあげて」
「わかりました」
その人は私の方を見て、
「どうぞ」
と椅子を引いてくれた。
私は、
「ありがとうございます」
それしか言えなかった。
目の前には、一人用の小さなテーブル。
差し出された椅子に、そっと座る。
玄関の近くに無造作に置かれていた家具なのに、
どれも見たことのない形をしていた。
木の色も、椅子の形も、
テーブルの脚の細さも、少しだけ普通と違った。
普通の家の家具じゃない。
でも、派手なわけでもないのに、
なんとなく、かっこよかった。
うまく言えないけど、
この部屋に、しっくりくる感じがした。
……スタイリストなんだ。
そう感じた。
私の想像とは裏腹に、
ミヤコさんの服装は、華やかではなかった。
シンプルで、動きやすそうな服装。
でも、ただ楽な服を着ている感じじゃなかった。
色も形も、すごく普通なのに、
なんとなく目に残る。
サイズが、ぴったりだった。
既製品なのに、
ミヤコさんのために作られた服みたいだった。
……私の服とは、何かが違った。
別の世界の人だと思っていた人が、
同じ地面の上に立っていた。
私を見て、一人の人間として話してくれた。
それだけで胸がいっぱいだった。
「スタイリストになりたいの?」
お茶を飲んでいると、ミヤコさんが話しかけてきた。
「は、はい」
私はカップを置いた。
「今は何してるの?」
「服飾の専門学校に通ってます」
「どこの学校?」
「芸術服装学院です」
「……ああ」
ミヤコさんは少しだけ考えるように、視線を落とした。
「まぁ、あそこでもスタイリストになれるとは思うけどね」
「そうなんですけど……」
私は、少し言葉を探した。
「服を一から作るってことしかしてなくて……」
うまく言えない。
でも、ここで言わないといけない気がした。
「私は、服を作りたいんじゃなくて、
コーディネートがしたいんです」
ミヤコさんは、また少し何かを考えていた。
「確かに。スタイリストだったら、洋服作れなくてもいいもんね。
実際、衣装を一から作るなんて、ほとんどしないし」
少し間をおいてから、続けた。
「そりゃあ、最低限、裾上げとか、ボタン付けとか、
そういうのはできないとダメだけど」
「はい……」
「うちのスクールだったら、在学中から現場に行って、
アシスタントできるよ」
「そ、そうなんですか」
「衣装も自分たちで集めて、コーディネートして、
スタイリストに評価してもらう授業があるの」
「……」
「実際の現場で使えるか、
タレントに合ってるか、
そのCMに合ってるか、
そこまで考えるの」
少し笑って言った。
「面白いでしょ?」
「すごい……」
私は、カップを持ったまま動けなかった。
服を作るんじゃなくて、
人に合わせて服を選ぶ。
現場で使えるかどうかを考える。
――こういうことが、したかったんだ。
やっと、出会えたと思った。




