048
背後から、聞き慣れた声。
振り返ると、衛兵を連れたヴァレスが立っていた。
「あ?どうみても俺が被害者だろ。ってか、何でここにいんだよ」
「エル嬢に頼まれたんだよ。あと、個人的な用事でね」
「用事?」
「あぁ。――では、確保してくれ」
右手を上げる。
衛兵たちが一斉に動き、おっさん一味を取り囲んだ。
「な、なんだ!?」
「俺たちは何もしてねーぞ!」
「むしろ、被害者だ!見てくれよこの痣!」
口では抵抗しているが、されるがままに縛られていくおっさんたち。
そりゃそうか。衛兵を敵に回せば、国に喧嘩を売るのと同じだ。
「わかったわかった。詳しい話は牢屋で聞かせてもらうから」
「くっそ……!何でいつも俺らばっかりこうなるんだ!」
「こっちも仕事なんだ。大人しくしててくれよ」
「俺らより悪い奴らなんて、そこら中にいるじゃねえか!何で俺らなんだよ!」
聞くに堪えない、見苦しい言い訳だ。
聞いてるこっちがどうにかなっちまう。
手際よく拘束が終わると、おっさんたちは両手を縛られ、胴を縄で繋がれたまま一列に連行されていった。
元々そこまで騒がしい所じゃなかったが、よりいっそう静かになった。
「んで、その用事ってのは?」
「今終わったよ。治安維持の協力を求められてね」
「協会に呼ばれた理由はそれか」
「まったく、私は協会の小間使いじゃないんだけどね。
まぁ今回はキミのおかげで、簡単なお使いだったよ」
「おう。よくわからんが、役に立ってなによりだ」
「さ、早く戻ろう。エル嬢が心配している」
駅の方へ歩き出す。
気づけばもう夕暮れ時。もうそんな時間が経ってたか。
夕日に染まるスラム街と繁華街の狭間。
……早く戻ろう。
「心配する必要なんかないって言ってたんだけどな。あくまで、平和的に話し合ってただけだ」
「ふむ。説得力を持たせるなら、着替えた方がいいね」
「あ?」
「ここ、汚れているぞ」
――トン。
ヴァレスの指が置かれた胸元を見ると、血がついてる。
乾いた血は赤黒く変色していて、少量でも白地だと目立つ。
いつの間についたんだか。
「げ。買ったばかりだってのに、悪いな……」
「洗えば落ちるさ。それに、服一着分くらいの働きはしてくれたしね」
「そりゃどうも。
そういや、もう一ついい働きをしたぜ。むしろこっちがメインだ」
手に持っていた物を見せる。
「うん?何だい、それは」
「戦利品。やつらが持ってた」
「それはまぁ、予想はつくが。
そうじゃなくて、それが何なのかって話だ」
「使い捨てカメラ……っぽい。俺がいた世界の物に、すげえ似てる」
「確か……映像を残す道具。今、開発している魔導具の元になった物だったね」
「厳密には違うが、似たようなもんだ」
「私にも見せてくれ」
ヴァレスはそれを受け取り、裏返し、側面を撫で、軽く振る。
じっくりと全体を観察した。
「中には何が入っている?見た目のわりに、妙に重いね」
「さすがに分解したことねえから、中に何が入ってるかは知らん」
「ふむ。見たこともない素材。形も奇抜。
しかし、これは本当にカメラなのかい?」
「そう思うんだが……」
「ずいぶん歯切れが悪いね」
「形は似てるんだがよ。
いざ、手にしてみるとラベルは全部剥がれてるし、文字の刻印もねえ」
「なら、動かしてみてくれ。
動けば、確実性が上がるだろう?」
ヴァレスからカメラを渡される。
どう見ても使い捨てカメラだ。
……いや、そう見えるだけかもしれない。
せめて、俺だけが知ってる文字があればな。
とりあえず、動くかどうかだ。
「んーギアは回んねえし、ボタンも無反応。あーくそ、フィルムもどこから取るんだこれ」
「フィルム?」
「あぁ。映像を保存するやつなんだが……分解してみるか」
プラなら簡単に割れるだろ。
両手に力を入れて、半分にしようとしたところでヴァレスの目が大きく見開いた。
「待て!!」
同時に右腕を掴まれた。
聞いたこともないようなヴァレスの大声と焦った表情。
……人間、驚くと声も出ねえんだな。
びくりとも動けなかった。
ヴァレスが呆れたように、深いため息をつく。
いや、これは安堵してんのか?
それから、ヴァレスは俺の手からカメラをそっと抜き取り、ひびが入っていないか確かめた。
「まったく。どうしてキミはそんなに軽率なんだ。
貴重な情報かもしれない品を、そう雑に扱うものじゃない」
「お、おう。何かすまんな」
「それに、元に戻せない分解は分解と言わない。破壊というんだ」
「悪かったって」
「まぁ、すぐに行動に移すその身軽さは評価するがね。私にはない長所だ。
ただ、その調子で文化財まで壊されたらキミはめでたく指名手配だ」
「肝に銘じておくよ。んで、そいつはどうすんだ?
エルにも見せてみるか?」
「エルに見せるのはやめておこう」
「なんでだよ。あいつ、こういうの好きだろ」
「好きだからこそだよ」
ヴァレスは黒い箱の角を親指で撫でた。
「エル嬢は多感な時期。発想も、強い既成概念に触れると案外簡単に寄ってしまう。
ノイズは極力少ない方がいい」
言ってることは分かる。分かるんだが。
「……で?」
「で?」
「それだけか?」
ヴァレスは薄く笑ったまま、答えなかった。
代わりに、その箱をローブの内側へしまい込む。
ああ、なるほど。
そういうことでもあるわけだ。
「あーあ。あいつなら喜んでいじくり回すと思ったんだけどな」
「そうガッカリするな。気晴らしにもうひと仕事行こうじゃないか」
「仕事って?」
「こいつの出所さ。奴らに聞けばわかるだろう?」
「あぁ、それはすでに聞いておいたぜ」
「いいね。抜け目がない」
「そりゃどうも。
梟っつったかな。そこの幹部を名乗って接触してた奴の持ち物だとよ」
「梟……か。まぁ、そう面倒なことにはならないか」
「知ってんのか?」
「有名だしね。あまり敵にしたくはない組織だね」
敵にしたくない連中の所に行くなら、なおさら面倒なことになりそうじゃないのか?
何かいいツテでもあるんだろうか。
まぁヴァレスのことだし、何か考えでもあるんだろう。
「ツテはあるのか?」
「いくらでもある。大きな組織はどこでも繋がっているからね。
他に情報は?」
「んー、強いて言うなら先生って呼ばれてるぐらいしかねーぞ。
それに、嘘の可能性だってある。
でかい組織の名を騙るなんてのは良くある話だろ」
「確かにそうだね。ただまぁ今回に限っては恐らく梟で間違いないだろうね」
「何でだ?」
「治安の悪化には梟が噛んでると聞いている。
まぁ、根元からどうにかしてくれって話じゃないけどね」
「ふーん。そういうことね」
でかい組織と直接揉めたくはない。だけど、治安維持はしたい。
だから見せしめに、末端の末端を締めあげてくれってことか。
どっかで聞いたような話だな。
「とりあえず、エル嬢たちと合流しようか。
その後、魔術協会へ行こう」
「このまま梟のとこに行くんじゃないのか?」
「この街にはあまり詳しくなくてね。そう言ったはずだが?」
「それも調べ上げてると思ったんだよ。
ヴァレスはこういうことに限っちゃ、用意周到じゃねーか」
「それはイリディが予想外の行動をするからだよ。
まさか、こんな物を見つけてくるなんてね」
「俺のせいかよ」
「ハハハ、褒めているんだ。喜ぶといい」
そう笑うヴァレスは、いつになく上機嫌だ。
心なしか歩く速度がいつもより早い。
焦ったり上機嫌になったりと、今日は普段見せない顔を見せてくれる。
それだけ、手土産を喜んでくれたってことだよな。
エルに見せられなかったのは残念だが、これはこれで良しとするか。
「夕飯は豪勢に頼むぜ」




