049
駅に戻ると馬車はなく、エルたちの姿もなかった。
どうやら近くの宿で待っているらしい。
合流前に着替えを済ませておいたおかげで、どうにか誤魔化せた。
何があったのかと聞かれても、あくまで平和的に話し合っていただけだと説明しておく。
宿は魔術協会が手配してくれていて、馬車屋への報酬も別途出るらしい。
随分と手厚い待遇だ。
馬車屋はいつも以上の報酬に上機嫌。
馬にも栄養の高い餌を買ってやるからなと、鼻歌混じりにブラシをかけていた。
「毎回、このぐらい金払いのいい客ばかりだといいんだけどな!」
エルは待っている間、馬の世話を手伝っていたらしく、ずいぶんと懐かれたようだった。
馬を撫でようとして近づいたエルは、べろべろと顔を舐め回されていた。
……うわぁ。顔面唾液まみれだ。
待て。そのまま、こっちにダッシュしてくるな。
せっかく着替えたってのに――
結局一日に二回着替えることになった。
その後、俺とヴァレスはそのまま魔術協会へ向かった。
受付を済ませ、ずいぶん豪華な応接室に案内された。
どうやら、ここで待ってりゃ支部長が来るらしい。
思ったより金持ってんな。
それが協会への第一印象だった。
建物の外だけではなく、中にも高そうな家具がこれでもかと並んでいる。
広さも含めて、まるで城だ。
「魔術協会ってのはみんなこうなのか?」
「こうとは?」
「なんつーか……主張が激しい?」
「それは地域差がある。ここは魔導列車のおかげで潤ってるみたいだからね。
まぁ、それ以外でも儲けているみたいだが」
「それ以外?」
ヴァレスが所属してるから名前は知ってるが、協会が何やってるかってのは詳しく知らねーんだよな。
魔術の研究と管理だっけ?
確かエルがそんなこと言ってた気がする。
けど、それだけじゃ儲けにはならんよな。
研究も管理も、どっちかっていうと運営費がかかってくるし。
「協会を運営しているだけじゃ、ここまで立派な建物は立てられないからね」
「やっぱそうなのか。んで、何で稼いでるっていうんだよ」
「それは私も知らない。それぞれ協会によってやってることは違うんだ。
前に耳にしたことはあるが、細かな台所事情まで覚えていなくてね」
「覚えてない?ヴァレスらしくねーな」
「私だって、何もかもに興味があるわけじゃないさ」
「そういうもんか」
魔術絡みなら何でも食いつく奴だと思ってたが、そうでもないらしい。
分野が違うってことか?
そんなことを考えていると、扉の外から一つの足音が近づいてくる。
ヴァレスも気が付いて、声を潜めて言った。
「キミは話を聞くだけでいい。大人しくしていたまえ」
それはどういう意味だ?
言葉の意図がわからないまま、聞き返す時間もなく扉が開く音がした。
「お待たせしました。早速ですが、ご報告を伺いましょう」
支部長らしき人物はそう言って席につくなり、書類を机に置いた。
愛想笑いの一つもない。
忙しいから早く済ませたい――そんな空気だけは、嫌でも伝わってくる。
「急いだおかげで間に合ったよ。この通り、無事だった」
何が急いだだよ。
トコトコ歩いて登場してたじゃねーか。
「そちらの方がご友人でしたか。それは何よりでした」
そう言いながら、支部長の視線が一度だけ俺をなぞる。
……友好的な目じゃねえな。
模擬戦したやつもそうだったが、自分が値踏みされてるみたいだ。
まぁ育ちが良くねーのは認めるけどよ。
「まったくだね。ひとまず実行犯数人は押さえた。
後は任せるよ。恐らく、まだ仲間がいるだろう」
「それは憲兵がどうにかしてくれるでしょう。
その後のことは魔術協会の管轄外ですので」
「駅の近くだというのにかい?」
「事が起これば。その時は我々も動きましょう」
「駅周辺に抑止力を示すのも協会の役割だと思うが、これ以上は部外者の領分じゃない。
ここにはここのやり方があるのだろう」
「ご理解いただけて何よりです」
「では、こちらにサインしてくれ」
そう言うと、ヴァレスは一枚の紙を取り出した。
支部長は紙を受け取り、内容を確認してサインし始めた。
あぁ、そういえば駅の職員からサインをもらってきてくれって言われてたんだっけ。
「ところで、この街に一番近い梟の拠点を知らないか?」
支部長の、さらさらと走っていたペン先が止まる。
「存じ上げませんね」
「そうか。知っていると思ったんだがね」
「……それは、どういう意味でしょう」
「深い意味はないよ。脅威は把握してると思ってね」
止まっていたペン先が、また紙の上を走り始める。
「仮に把握していたとしても、お伝えはできませんね。
大人しいものをわざわざ刺激する趣味はありませんので」
そういう濁し方するやつは、大体知ってる。
あとは、教えてほしいなら何を積むかって話かね。
さて、ヴァレスはどう出るか。
「それは残念だ」
あっさり引いた。
え?まじ?
しらみつぶしにスラム街の連中へ聞いて回るってなったら、さすがに面倒だ。
下手すりゃ何日もこの街に滞在しなきゃいけなくなる。
「はい。書き終わりましたよ」
サインを終えた紙をヴァレスへ差し出す。
「しかし、どうして拠点の場所を?」
支部長へ視線を向けたまま、ヴァレスは肩をすくめた。
「彼らは……まぁ、キミの見立て通り、梟と繋がっていると見て間違いない。
その持ち物について、少し確かめたいことがあってね」
「そうですか。どういった物かは存じませんが、そこまで立ち入る趣味はありませんので。
それと、私はキミではありません。ベルドナットです。
ベルドナット・ベルベット。その程度のことは、覚えておいていただきたいものですね」
ヴァレスが人の名前をちゃんと呼ぶことなんて、そう多くない気がする。
けど、こいつはそれが気に食わないらしい。
俺も人の名前を覚えるのは苦手な方だから、しょうがねえと思う。
それ抜きにしても、ベルドナット・ベルベットって覚えにくすぎだろ。
似たような音が反復してやがる。
ベルとかで呼べばいいんだろうけど、こいつとはそこまで親しくはなりたくねえな。
「善処しよう」
ヴァレスはそれだけ言って、まるで話は終わったとでもいうように紙を懐へしまった。
まぁ、名前は覚えるのを頑張るしかないよな。
でもその返答だと、軽すぎないか?
ほら見ろ。支部長の眉がぴくぴくしてんぞ。
「ええ、ぜひ。今後のためにも」
「では、失礼するよ。イリディ、スラム街で調査だ」
うへえ。
地道な作業って苦手なんだよな。
「へいへい」
立ち上がる腰が重い。
何日かかることやら。




