(15)――「――貴方は、誰……?」
【語り部:蝨ィ豎溷惠蜃ヲ】
「さてと。大丈夫? 風視ちゃん」
五味空気を真似た笑みを浮かべ、手を差し伸べた。
おれはたくさんの【おれ】を創れるし、その管理権もあるけれど、【おれ】本人になれるわけではない。あくまでおれはおれ、【おれ】は【おれ】だ。しかし、だからと言って再現度が劣るわけではない。他人から認識される上でバレることはないだろう。
「……大丈夫、です」
ぼんやりとおれを見上げ、風視ちゃんは言う。
散々に蹴り飛ばされ、首を絞められ、意識が朦朧としているのだろうか。
「貴方は、大丈夫なんですか……?」
「おれ? おれならほら、この通り。問題ないよ」
両手を広げ、傷のないことを証明する。
風視ちゃんは、今にも閉じてしまいそうな瞳でじっとおれの身体の状態を確認すると、安堵したように息を吐いた。
「記憶は、どうなってますか?」
「うん? 大丈夫、全部覚えてるよ。なにひとつ忘れてなんかない」
「……そうですか」
「うん。だから帰ろう、風視ちゃん」
おれはともかく、風視ちゃんのダメージは深刻だった。
誰にも邪魔されないこの好機を逃すのは非常にもったいないが、これが後に響いて風視ちゃんが再起不能になるほうが困る。ここは大人しく宇田川社に連れ帰り、きちんと治療を受けてもらわなければ。残念だけど、ネタばらしをして殺してもらうのは、もう少し先の話になりそうだ。
「――貴方は、誰……?」
と。
これからのことを考えていたおれに投げかけられた言葉は、予想だにしないものだった。
「……。やだなあ、なに言ってんのさ。おれの名前は五味空気だよ。忘れちゃった?」
「違う。お前は五味空気じゃない」
とぼけてやり過ごそうとするも、風視ちゃんはやけに確信を得ているかのように話す。天神絶途の所為で痛ましい姿になっているが、思考回路がぶっ飛んでいるわけではないらしい。こちらの様子を窺う漆黒の瞳は、迷いのないそれだ。
「お前は、誰だ?」
まさか、本当に気がついているとでも言うのだろうか。
今まで誰も見抜いたことないのに?
おいおい嘘だろ、そんなの素晴らし過ぎるじゃないか。
おれの人生に、これほどの幸福が与えられて良いのか?
「イヒヒ……ッ!」
堪えきれず、笑みが零れた。
風視ちゃんは今、五味空気ではなく、このおれを見てくれている。
「そうだよ、おれは五味空気じゃない。初めまして、いや、久しぶり――風視ちゃん」
その傷だらけの頬をするりと撫で、おれは顔を綻ばせる。
「おれの名前は在江在処。君の大切なご両親を殺した男の名前を、その記憶にしっかり刻み込んでね」
そうしておれは、生まれて初めて、他人に自分の名を名乗ったのだった。
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