(14)――おれは、いつも通りに引き金を引いた。
【語り部:蝨ィ豎溷惠蜃ヲ】
「――……」
目を開けると、そこは五味空気が最期に見た風景が広がっていた。つまり、おれが宇田川社に拘束される直前まで寝床に使っていた廃工場である。天神絶途にやられた傷は全て綺麗に修復済で、おれは実にいつも通り、血だまりで目を覚ますこととなったようだ。
風視ちゃんは無事に逃げられただろうか。
そんなことを考えながら、ゆっくりと上体を起こす。生き返ったばかりではどうしても身体が硬直してしまっていけない。まして今回はあの『お茶』の所為で、復元するまでいつもより時間がかかってしまった気がする。死にやすくなった上に生き返りにくいとか、おれにとっては天敵でしかない。挙句の果ては、おれと【おれ】の境界線まで曖昧になってしまった所為で、五味空気は知らなくても良い記憶を見る羽目になってしまったし。なんだよ共犯者って。同一人物だっつの。
「――ひっ、う、あ……!」
呻き声が耳に入り、慌ててそちらを向く。
するとそこには、天神絶途に喉元を踏みつけられている風視ちゃんの姿があるではないか。
所持していた得物は全て五味空気が没収し、両手の骨を折ってはていたが。それにしたって〝刃物狂い〟とまで呼ばれた天神絶途ともあろう男が、そんな短絡的で美学もへったくれもない行動に出るだなんて。あんなに切羽詰まった表情、ジュンだって見たことがない。
「さっさと、その大鎌から、手を離せ――!」
「ぐ……っ」
風視ちゃんは、五味空気が最期に見たときよりも傷を負っていた。打撲傷が多いようだが、おれが復元するまでの間に相当蹴られてしまったらしい。可哀想に、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
天神絶途も、さっさと腕の骨を折って大鎌を奪ってしまえば良いものを、あそこまで執拗に蹴って弱らせてから奪おうとするなんて、半端に蒐集のルールが邪魔してる証拠だ。人間一人を蹴り殺すには、結構な力と体力が必要となる。今の天神絶途では、満足に蹴ることさえ難しいだろう。風視ちゃんにとって大鎌は形見みたいなものなんだから、そんなことをすれば余計に手を離さなくなるだろうに。全く、昔も今も若者の心情ってものがわかっていないんだから。
それに、風視ちゃんも風視ちゃんだ。どうして逃げてないんだよ。
そう言いたくなるのを我慢しつつ風視ちゃんの状態に注目してみると、その目元が赤く腫れているのがわかった。天神絶途に暴行されてできたものではない。あれはきっと、泣いて目元を擦ってできたものだ。
それに加え、服も血塗れになってしまっている。血液の付着具合から考えるに、あれは彼女の血ではない。外部からじんわりと染み込んでいるらしいそれに、風視ちゃんがおれの身体を抱えて、一緒にここから出ようとしていたのだと想像する。
自分本位な、けれど客観的で確実な推測に、おれは思わず口角が上がった。
確かに、風視ちゃんにとって大切な存在になれば良いと思って、五味空気を創った。しかし風視ちゃんはおれの想定した以上に好感を持ってくれたらしい。なにせ、五味空気を放って逃げ出せないほどの感情に育っていたのだ。それがにやけずなんとする。
さて、観察はここまでにしておこう。風視ちゃんが殺されそうな場面を、ただ眺めているわけにはいかない。さすがのおれでも、この局面は助けてやらないと。
気づかれないよう移動し、隠しておいた弾倉を装填する。
いつもの通りに照準を定め。
そして。
「――離すのはてめえのほうだ、クソ野郎」
敢えてこちらに気が向くよう、大声を上げて。
天神絶途がおれを目睹したのを確認してから。
おれは、いつも通りに引き金を引いた。
弾丸は見事に天神絶途の頭部を貫通し、呆気なく絶命する。
まだ軋む身体を動かし近寄ると、横に倒れた死体の頭部からは脳漿と血液とがどろどろと流れ出しているのがよく見えた。死体を転がし仰向けにして、近くに転がっていたアンカライトナイフを勢いよく心臓に突き刺した。
「ッ、ヒヒッ……!」
天神絶途は蘇らない。死んだまま。
彼はいたって平凡な、刃物に固執するばかりの異常な人間だった。
「死ぬほど痛かったんだかんな」
心臓からナイフを抜き、それを喉元に突き刺して、おれからのささやかな仕返しは終わりとした。
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