(10)――おれを初めて殺したのは、母親だった。
【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】
おれを初めて殺したのは、母親だった。
父親の顔は知らない。物心のつく頃には当然のように居なかったし、その頃のおれといえば毎日のように母親に殺されていて、父親の存在を気にする余裕なんてなかった。
生物とは、生まれてきたからには死ぬのが摂理である。
けれど、おれはそうじゃなかった。
自分が四鬼という生物兵器の子孫だと知ったのはだいぶあとのことで、故にこの頃は、母親から名前で呼ばれるよりも「化物」と言われていたことが多かったと記憶している。
首を絞めても、毒を盛っても、ビルの屋上から突き落としても、喉元を切り裂いても、車に轢かせても、水の入った浴槽に顔を押し込んでも、燃え盛る炎の中に投げ入れても、野犬に喉元を食い千切らせても、高圧電流をかけても――なにをしても、おれは死ななかった。
正確に言えば、おれはその度に死んでいる。痛みを感じ、苦しみを覚え、辛さに涙を流し、母親の憎悪の中で殺され、何度も生命活動を停止させられた。
しかしおれは、その度に蘇ることができた。
それが、おれの四鬼としての能力だった。
死ぬまで殺せば死に、そしてなにごともなかったかのように蘇る。この身体に虐待の痕が残ることはなかった。何度でもおれの身体は復元し、生を継続させた。
おれは次第に、母親に嫌われる理由を、自分が悪い子だからだと考えて、生き返る度に違う【おれ】を演じるようになっていた。どの【おれ】なら、母親に殺されない良い子になれるのだろう。そう考えての試みだったが、【陽気なおれ】も【弱気なおれ】も【耳が聞こえないおれ】も【痛みを感じないおれ】も【無感情なおれ】も、どれも無残に殺されて終わった。
そうしてこの試みに意味がないと理解する頃には、その習慣が脳に焼きついてしまったらしく、心臓の鼓動が止まるのを合図に人格が入れ替わるようになっていた。
こんな化物でも最低限の自己防衛が働くのだと思うと笑いが止まらなかったが、おれはこの身体の管理人として、他の【おれ】にはこの事実を隠すことにした。可哀想だった。
おれを殺すことに躍起になっていた母親は、しかしノイローゼにかかると目に見えて衰弱し、ごくごく普通に絶命した。おれのように生き返ったりしなかった。餓死から蘇ったおれは、そうして生まれて初めて外の世界へと飛び出した。
外に出ても、こんなおれが普通に生きていくことなどできるはずもなかった。〈表〉から弾き出され〈裏〉で落ち着いたのは、当然の流れと言えよう。
天神絶途と出会ったのは、〈裏〉でとある要人の子どもの囮役の仕事を終えたときだった。
瀕死の重傷を負った【おれ】は、迫り来る死の気配に怯え物陰に隠れていた。そこを見つけたのが、天神絶途だったのである。
彼は【おれ】の首にある菊の紋章と、じゅくじゅくと音を立てて治っていく細かい傷口を見て、すぐさま回復型の四鬼であると見抜いた。ろくに抵抗もできないまま連れて行かれた先で、【おれ】は彼の盾として雇われることとなったのだった。
「なに、名前がない? それは不便ですね。それでは……ジュンという名を与えましょう。盾と書いてジュンです。君にぴったりの名前でしょう?」
「……。あんたの名前は? なんて呼べば良いの?」
「私の名前は天神絶途と言います。この名字は好きではないので、絶途さんとでも呼んでください」
「わかったよ、天神サン」
「……クソガキ」
その日から【おれ】はジュンになった。
その名に恥じないよう、ジュンは天神絶途の盾として必死に生きた。
住む場所と着る服と食べ物と生きる術、そして名前を与えてくれた天神絶途に、自分のできる限りのことをしたいと思った。
「君は、死にたいと思ったことはありませんか?」
それから何年が経った頃だろうか、天神絶途にそんなことを訊かれる機会があった。
「ない」
時間を巻き戻すように塞がっていく傷口を眺めながら、ジュンはつまらなそうにそう答えた。
「そんな非常識な身体で死を願わないとは、私には理解不能ですね」
理解を得ようと得まいと、そう思ったことがないのだから仕方がない。というより、自分で自分を傷つけようとすると、なんとも表現し難い悪寒に襲われるのだ。
「自殺だけはできないということですか?」
そうなのだろうか。ジュンにはわからない。
「では、死にたくなったら私に言ってください。私なら、苦しむ間もなくひと刹那のうちに、君を死ぬまで殺してやれる」
死にかけながらも死なずに、【おれ】達にしては長生きであったジュンの人生は、ある日呆気なく終わりを迎えることとなる。
いつも通りに仕事に出ようとしたジュンを、何者かが背後から刺したのだ。恐らく、天神絶途に恨みを持つ人間だろう。まずは彼の近くをうろついている子どもを殺して、見せしめにでもするつもりだったのかもしれない。
用心深く幾度も刺され、さすがにこれは死ぬ、とジュンは思った。けれどここで一度息絶えたとして、どうせすぐに復元する。ジュンとしての人生に不満はなかったから、この殺される瞬間の記憶だけ抜き取って、次の【おれ】もジュンに引き続き任せてやろう。
そう思ったときに、天神絶途は姿を現した。待ち合わせの時間になっても来ないジュンの様子を見に来たのだろう。
天神絶途は、瀕死状態のジュンとその犯人とを見遣り、肉眼では追いつかない速度で犯人の喉元を斬ったのだった。そうして犯人の持っていた刃物を一応は回収し、再びジュンを見る。
「死にそうじゃないですか、ジュン」
「ああ、うん、そうだね。死んじゃいそう」
息も絶え絶えであるジュンに、おれは、すぐ復元するから少しだけ待って、と伝えさせようとした。
しかしジュンがそれを言うよりも先に、天神絶途はジュンの心臓にナイフを突き立てたのである。いつも止めを刺すときに使う、アンカライトナイフだった。なんだっけ、それは初めて欲しいと思った刃物で――持ち主である父親を殺害して自分のものにしたって言ってたっけ。
「せめてもの餞です。ひと思いに逝きなさい」
そう言って天神絶途は心臓からナイフを抜き、ジュンの首元を、いつも敵にするように横一文字に斬りつけた。確実に死ねる、適量の一撃だった。
「ありがとう、ジュン。君は良い盾でしたよ」
そうしてジュンは天神絶途によって殺され、その人生に幕を引いた。
最期になにか言われたような気もするが、こんなに優秀な盾を自ら捨てるような奴の言葉なんて聞きたくなかった。おれはジュンを最期まで見届け、一人、割れんばかりの拍手を送った。
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