(4)――「出血が酷いです。せめて止血させてください」
【語り部:五味空気】
どこかで一旦止まって、連絡を取る必要がある。だが今はまだ駄目だ。背後から、天神絶途の放つ殺気がびしばし伝わってきている。姿は見えないが、確実に俺達を追ってきているのだ。こんなタイミングで呑気に外部との連絡を試みてみろ、即座に首を掻かれて殺される。
タイミングと言えば。
どうして今、このタイミングで天神絶途が襲撃してきたのか。それがさっきから気になっていた。狙い澄まし過ぎたタイミングは、宇田川社に内通者でも居るかのようである。可能性が一番高いのは他でもない俺自身なのだが、その身の潔白を保証するのも俺だ。「五味空気」としての記憶をどれだけひっくり返して漁ろうと、天神絶途と連絡を取った覚えは一切ない。
というか、俺の中では、天神絶途と共犯の線はもうほとんど消えていた。
第一に、俺の顔を見ても天神絶途が無反応であったこと。これは演技でどうにでもなるかもしれないが、重要なのは次だ。
天神絶途の声は、俺が夢で聞いたあの声とは、全くの別物だったのである。声音も、口調も、雰囲気も――なにもかもが違っていた。
あの情報屋の言うような共犯関係であったとすれば、この襲撃は理に適っている。首尾よくいけば少女から大鎌を奪うことができるし、回収し損なっていた俺も回収できる。
しかしそうじゃない。天神絶途は、俺の件とは無関係だ。彼は独自の判断で、少女の大鎌を奪う為にやって来たのだろう。匿名の情報がどうとか言っていた気がするけれど、全く、どこのどいつか知らないが、迷惑なことをしてくれたものだ。
純粋な疑問と曖昧な憶測が、脳内を駆け巡る。
少女が『死神』と呼ばれた父親から大鎌を引き継いでいるというのは、噂が流れている以上、〈裏〉から追放されている天神絶途の耳に入っていても不思議ではない。しかしどうして今なのか。あんな目立つ代物が今、少女の手元にないことは一目瞭然だと言うのに。実は少女も四鬼で、あの大鎌は体内に保管されてる――とか?
「……――て」
しかし事実、天神絶途は少女が大鎌を持っていると確信して襲撃してきている。あの自信の出処は、一体どこにあるというんだ?
「……――まって……」
いや待てよ、大鎌のほうにからくりがあるのかもしれない。孫悟空の如意棒よろしく、伸縮自在とか。それなら普段は小さくして鞄にでも入れておける。天神絶途がこの場に大鎌があると信じて疑わない様子にも、頷けるというものだ。
「――止まってください!!」
「は、はい!」
思考を巡らせながらも入り組んだ路地を縦横無尽に走り回っていた所為で、あの物静かな少女から発せられたとは到底思えない声量での呼びかけに必要以上に驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「な、なに? どうしたの?」
立ち止まり、少女のほうへ振り返る。成り行きで少女の細い手首を掴んだまま走っていたが、別段、少女の息は上がっておらず、まだしばらくは走れそうである。天神絶途の気配はまだ消えないが、すぐ近くにいるわけでもなく、決して差し迫った状況とは思えない。
少女が叫んでまでして立ち止まらせた理由がわからず、小首を傾げていると、
「肩の傷」
と、少女は俺の左肩を指差した。
「出血が酷いです。せめて止血させてください」
見れば、さきほどナイフを受けた箇所は血でぐっしょりと濡れていた。そんなに酷い傷ではないのだが、走った所為で余計に出血していたようである。もしかしたら、太い血管の一本でも切れてしまっているのかもしれない。そんな出血量だった。
しかもその血は俺の服だけでは吸い切れず、少女の手を伝ってしまっていた。せっかく似合っていた白のタートルネックも、その裾に赤黒い血液が染み込んでしまっては、もう着られない。
「ごめん。服、汚しちゃったね」
慌てて手を離し、血に濡れた少女の手を拭く。ハンカチは持っていないから、仕方なくパーカーの袖で。
「違う!」
そんな俺の手を振り払う少女は、どうやら怒っているようだった。
「うん、ごめん。必ず弁償するから」
「だから、そうじゃなくって――」
強く俺を睨みつける少女の目には、うっすらと涙が浮かべられていた。
「……ここじゃ、見つけてくれと言っているようなものですね」
そうしてきょろきょろと周囲を見渡したかと思うと、俺の右手をむんずと掴み、すぐ近くの廃工場らしきところへ入って行くのだった。
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