(3)――少女を死なせないことこそが俺の至上命令なのだ
【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】
こいつは危険だ、ひとまず逃げろ!
【語り部:五味空気】
「いやはや、匿名の情報だったので半信半疑でしたが、半分でも信じてみるものですねえ。まさか本当に『死神』の大鎌に出会えるとは」
くすりと笑う男――天神絶途は、獲物を見定めた蛇のような目で少女を捉えた。
緊張が一気に全身に駆け巡る。
ピリピリと、痛いくらいに。
「……っ」
冷静になれ。考えろ。ここで後手に回れば、相手のペースに呑まれてしまう。
しかし今の俺には先手を打つ為の道具が、この身ひとつしかない。男に体当たりをかまして、その隙に少女だけでも逃がすか? 駅前まで出れば、さすがに人がいるはずだ。天神絶途も、そこまでして少女を追いかけられはしないだろう。それくらいの足止めなら、丸腰の状態でも問題はない。
問題があるとすれば、俺と少女が別行動になってしまうということか。下手をしたらそのまま、共犯である天神絶途と合流したのだと捉えられかねない。そうなってしまえば、冗談抜きで俺への容疑は確定し、地の果てまで宇田川社に追いかけられる可能性だってある。
だけど、それがどうした。
俺は少女を護れたら、それで良い。
少女を死なせないことこそが俺の至上命令なのだから、その後の身の安全なんて、俺の知ったことじゃない。
「天神、絶途……? お前が……?」
しかしながら初手は、他でもない少女の行動によって潰えてしまう。
少女は眉根に皺を寄せ、言い間違いでなければすぐさま殺すと言わんばかりに、よろりと一歩、身を乗り出してしまったのだ。
「おやおや」
驚いた、とばかりに大袈裟な身振りを取って、天神絶途は言う。
「お若いのに、私をご存知とは。いやはや、さすが『死神』のお嬢さんと言ったところでしょうか」
「お前にひとつ、訊きたいことがある」
「はて。命乞いは受けつけていませんが?」
「違う、そんなのじゃない」
余裕そうな笑みを浮かべる天神絶途とは反対に、少女は敵意剥き出しだ。
早く少女を落ち着かせなければ。そうしないと、こちらに勝機はない。
「命乞いは必要ないと?」
「当たり前だ。それより、私の質問に――」
答えろ、という少女の言葉は、途中で遮られるかたちとなった。
天神絶途が予備動作もなしに、少女に向かってナイフを投げつけたのである。しかも一本ではなく、あの一瞬で三本も寄越しやがった。とてもじゃないが目で追うことなど不可能な所業に、どうして俺がナイフの本数を把握できたのかと言うと。
「――ってぇ……」
正面から左肩に、その攻撃を全て受け切ったからである。
咄嗟に身体を前に動かし庇っていなければ、この三本のナイフは全て少女の喉元に命中していたのだと思うと、ぞっとする。
「おや。良い盾をお持ちのようですね、清風風視さん。首の拘束具を見るに、彼は四鬼――それも回復型ですね? いやはや素晴らしい。私も一昔前は使っていましたから、その有用性については非常に共感できます」
感心する天神絶途に、しかし少女は答えない。いいや、答えられないのだろう。背後で、息を呑む音が聞こえる。どうやら理性が感情を捕まえてくれたようだ。
「……逃げるよ、清風ちゃん」
乱暴にナイフを抜き取りながら、小声で少女に呼びかける。結果はどうあれ、これで少女も多少は冷静さを取り戻せたはずだ。
この状況下ですべきは天神絶途との対決ではない、逃走である。俺が応戦できない以上、相手をするとすれば少女以外にあり得ないのだが、あんなプロ中のプロ、たかだか五年のキャリアしか持たない少女が挑んで良い敵ではない。敵にすら成り得ない。
左手を小さく動かしてみる。開いて閉じて、異常なし。どうやら神経まではやられていないようだ。まあ俺の場合、万が一左手が潰れていてもどうせ回復できるだろうから、あまり気にすることではないか。
「可愛い女の子相手に、ちょっとがっつき過ぎでしょ――〝刃物狂い〟」
真っ直ぐに天神絶途を見据えて、俺は敢えて挑発的な言葉を口にする。
情報屋がついでのように漏らしていた単語をそのまま流用しただけだが、どうやら効果覿面であったらしい。その紳士的な笑顔にぴくりと小さな亀裂が入ったのを、俺は見逃さなかった。
「いきなりこんな高級品を投げつけられたって、ドン引きするだけだっての。刃物ばっかり見過ぎて、女性のもてなしかたもわかんなくなったみたいだなあ、おっさん。自己紹介を済ましたからってナニしても良いわけじゃねえんだぞ? 世の中には手順ってものがあるんだ」
言いながら、抜き取ったナイフを右手でくるくると回して見せる。同時に、首輪と首の僅かな隙間に左手の指を滑り込ませた。
「そんなマナーもくそもないような奴は、回れ右して帰れっての!」
天神絶途に向かって、ナイフを投擲する。彼のようなノーモーションでとはいかなかったが、それでもナイフは天神絶途めがけ弧を描いた。
「――ぐっ」
呻き声を上げたのは、俺だった。
案の定、首輪が首を絞めつけてきやがった。「殺す」と口にするだけで電撃を喰らうのだから、そりゃあ、人様に向かってナイフを向けたらこうなるだろうと予測はしていた。そう思ってあらかじめ指で隙間を作っていたぶん、威力はいくらか軽減されたが、それでも苦しさに倒れそうになる。
「行くよ!!」
ほとんど叫ぶように声をかけ、少女の手を引いて走り出した。すぐ後ろの路地に入り、そこから何度か右折し左折する。
ナイフの行く末まで見守っている余裕はなかった。特に狙いを定めて投げたわけではない。どこかしらに当たれば儲け程度だ。俺だって、あんなプロに敵うとは思ってない。ただナイフを避ける為、一瞬でも視線がこちらから外せられたらそれで良かった。
ここまでは作戦成功だ。あとは宇田川社に連絡を入れて合流しさえすれば、少女の身の安全は確保できる。少なくとも、抵抗虚しく殺されてしまうような事態には陥らないはずだ。
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