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リトライ;リバース;リサイクル  作者: 四十九院紙縞
第3話 約束

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32/63

(9)――「貴方がそれを着るだけで救われる命があるんです」

【語り部:五味空気】


「……なにこれ」

 そこは六畳ほどの部屋だった。いや、これは部屋などではない、亜空間だ。そう表現するほうが正しい。

 冷や汗が頬を伝うのがわかる。

 脳が、死に物狂いで警鐘を鳴らしている。

 情報なんて要らない、少女を連れてとっとと逃げろと。

 亜空間には、数多の衣装が掛けられたハンガーラックが、これでもかというくらい詰め込まれていた。いや、それだけなら衣装持ちなんだなあくらいの感想で終わる。俺が警戒しているのは、そのハンガーラックに掛けられた衣装の種類だ。

 傍目に見てもアウトだとわかってしまうそれらは、いわゆるコスプレ衣装だった。メイドにナース、チャイナにアイドル、学生服にゴスロリにミニスカポリス! 

 性癖を塊にしたような亜空間と、そこになんの疑念も抱かずすたすたと入っていく少女に衝撃を受け、俺は部屋に入ってから一歩も動けずにいた。

 考えるに、先刻情報屋が呟いた暗号は衣装の指定番号かなにかだろう。それが情報を得る為の条件となっているのは、少女の真剣な表情を見れば疑いようはない。俺まで衣裳部屋に連れてきたのは、背中のファスナーとかを上げる要員なのか……?

 ともかく。

 いたいけな少女にこんな破廉恥な服を着せようだなんて、一体なにを考えているのか。未成年なんだぞ? 下手しなくても犯罪じゃねえか。

 だというのに少女は表情ひとつ変えずに、俺から手を離したかと思うと、迷いのない足取りでハンガーラックのひとつに近づき、衣装の物色を始めた。少女があの情報屋に洗脳されているのかなんだか知らないが、宇田川社の大人達はこれを知らないのだろうか。あれだけ大切そうに扱っておきながら、今まさに売春行為に巻き込まれそうになっているんだぞ? 少女よりも情報のほうが大事とか――ふざけんな。

「――逃げよう、清風ちゃん」

 少女の肩を掴んで振り向かせ、俺は少女に提案した。

 ちょっと強引になってしまうが、この際、なりふり構ってなどいられない。誰も少女を守る気がないのなら、俺が守らなきゃ。その使命感だけが、今の俺を突き動かしていた。

「なに言ってるんですか? 駄目に決まってるでしょう」

 精神の根っこの部分まで洗脳が進んでしまっているのか、少女はまるで俺のほうが常識外れなことを言い出したかのように顔をしかめる。

「それよりこれ、持っててください」

「え? あ、うん」

 平常運転の少女に押しつけられた衣装を、反射的に受け取ってしまう。

 見れば、それは長袖丈のセーラー服だった。白を基調としていて、紺色の大きな襟には白いラインが入っており、その下には赤いスカーフが通されている。紺色のスカートの丈は膝上に改造されているようだ。少女が着るにしてはサイズが一回り大きいような気もするが、それも狙いのうちなのだろうか。

「――って、そうじゃねえよ! 逃げようってばっ!!」

 気づけばクローゼットを開けて別のものを探し始めていた少女の背に向かって、再度逃走を促す。

「君はもっと危機意識を持つべきだよ!? 他人から言われたことをほいほい聞いてちゃ駄目だってっ!!」

「それくらい、人並みにあります」

 若干唇を尖らせつつ振り返り、少女は不機嫌そうに言った。

「いや、だから、普通、女の子はほいほい一人暮らしの男の部屋に行かないし、そこでコスプレもしない――」

「なにか勘違いをしているようですけれど」

 言いながら、少女はクローゼットから取り出したものを、とん、と俺の胸に押しつけた。白魚のような細い手にむんずと握られていたのは、茶色のウィッグと黒のニーハイである。

「それを着るのは貴方ですよ」

「……は?」

「だから、そのセーラー服を着るのは貴方です。私じゃありません」

「……。えっと……」

 改めて、少女から渡されたものを見遣る。

 少女には大き過ぎると思っていたセーラー服も、なるほど確かに、男の俺が着るのであれば丁度良いサイズだろう。茶色のウィッグは、髪を長く見せて男っぽい輪郭を隠す為。俺は体毛の薄いほうだけれど、ニーハイは少しでもそれを見えなくさせる為。

 嗚呼、なんということだろう。

 身に危険が迫っていたのは少女ではなく、俺のほうだったのだ。

「――逃げよう、清風ちゃん」

 少女に向き直り、俺は真剣に提案した。同じ言葉でも、ニュアンスが全く逆ベクトルである。男が男に女装させて喜ぶような変態のところになんて、もう一秒たりとて居たくなかった。

「駄目ですってば」

 見当違いなクレームを受けた店員みたいな表情で、少女は俺の説得にかかる。

「私、言いましたよね。彼からの要求には拒否も否定も、絶対にしないでくださいって。貴方、それに『了解』って答えましたよね?」

「それはそうだけど……」

 でもまさか、それが女装だなんて誰が予想できようか。

「貴方がそれを着るだけで救われる命があるんです」

「そんな、大袈裟な――」

 苦笑いを浮かべた、そのときだった。

 部屋の向こう、さっき情報屋をちらりと見かけた辺りから、がたん、となにかが倒れる音がした。

「と、とにかく、早く着替えて来てください……!」

 少女が血相を抱えて部屋を飛び出して行く。椅子が倒れた程度の音だったと思うが、そんなに慌てるようなことだろうか。いや、あの少女をあれだけ慌てさせるほどなのだ、よっぽどの緊急事態であることには間違いない。俺がするべきことは、指示に従う。それだけだ。

「……」

 それでも、もう数秒だけ迷ってから、俺はセーラー服に袖を通してウィッグを被り、少女のあとを追った。

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