(8)――下手を打って殺されるのは俺のほうだ。
【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】
いつ死んだって後悔はない。
やり直しはできても、時間を過去に戻すことはできないから。
後悔だけはしないように生きているんだ。
【語り部:五味空気】
降りた駅から歩くこと二十分。
俺達はアパートの一室を前に立ち尽くしていた。
「この先に居るのが、件の情報屋です」
非常にどんよりとした顔で、少女は言う。まるで自分自身に言い聞かせているようだ。事実、少女は俺ではなく、玄関のドアを見つめたままに言葉を紡ぐ。
「彼の要求にはできる限り――いいえ、絶対に従ってください。拒否や否定も、絶対にしないでください」
「……了解」
思いつめている少女に質問をするのは憚られ、俺はそれに頷くしかない。
その情報屋は、一体どのレベルで癖の強い奴なのだろう。物騒な業界の人間にこれだけ優位に立って情報を売れるくらいの人物となると、常識に捕らわれているようでは考えの及ばない価値観で生きていそうだ。
俺は頭の中で、でき得る限りの奇人変人像を思い描いておくことにする。呆気に取られてしまうのは命取りになりそうだから、気を引き締めるのも忘れない。
「それと、もうひとつ」
今度は俺のほうをしっかりと見て、少女はつけ加える。
「殺したくなっても、殺しちゃ駄目ですからね」
「は?」
しかしその真意を測り知ることは叶わなかった。
だって殺すもなにも、今の俺にはそれを良しとしない首輪がついているのだ。殺そうとすれば、途端に制裁が下る。下手を打って殺されるのは俺のほうだ。
「駄目、ですからね?」
ずいっと迫って同意を迫る少女にどきりとして、俺は反射的に、
「りょ、了解」
と首肯した。
それを見て満足げに頷いた少女は、再び玄関のドアに向き直ってインターホンを押した。
情報屋が居るというアパートは、一階に喫茶店が入っている三階建ての鉄筋アパートだった。ひとつの階につき部屋がみっつあり、俺達がこれから対峙する情報屋は、三階の一番奥の部屋に居るという。
さすが情報屋をしているだけあって、セキュリティ管理はしっかりしているようだ。
俺がそう感心したのは、少女が押したインターホンが、通り過ぎてきた他の部屋のそれより格段に性能の良いものだったからだ。そうは言ってもカメラがついているだけで、ドアそれ自体に防犯措置が取られているのかどうかは、ぱっと見は怪しいものだが……。
『はいはぁい、黒坂でぇ~す』
少しして、インターホンから聞こえてきたのは、眠たげな若い男の声だった。
「私、清風。例の殺人鬼、連れてきたよ」
少女が端的に自己紹介と用件を告げると、眠たげな声は、待ちくたびれたよお、とあくびをした。
『鍵は開いてるから、勝手に入ってきて良いよ~』
「……」
セキュリティもなにもなかった。
鍵すらかけてねえのかよ。
そう突っ込みたいのは山々だったが、少女がなんのリアクションも取らずにドアを開けたのを見て、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。これくらいで騒いでいるようでは、情報屋と会うまでに疲弊してしまいそうだ。
「お邪魔します」
「……オジャマシマス」
玄関を開けると、少女は礼儀正しく挨拶をした。それにつられ、俺も同じ言葉を口にする。
「足元、気をつけてください」
俺に注意を促しつつ、少女はてきぱきと脱いだスニーカーを揃え、手慣れた動作で二人分のスリッパを用意していた。
「ああ、うん。ありがと」
深く考えず、少女に倣って脱いだ靴を揃え、スリッパに足を通す。だがこれは確かに、スリッパでもないと歩くのが怖い。そう確信するほどの散らかりようだった。
魔窟という言葉が、この場合は最適だろう。ただでさえ狭い賃貸住宅の廊下には漫画や雑誌が乱雑に詰まれ、慎重に歩を進めなければ雪崩を起こしかねないような状態である。
しかし、そんな廊下を抜けて居室に入っても、そこには似たり寄ったりの状況が広がっているだけだった。むしろ居室のほうが、壁にまで紙やら写真やらが貼り巡らされていて、より鬱蒼として見える。しかし異臭はせず、あくまで紙類が散乱しているだけなのだと思うと、少しほっとする。埃もないみたいだし、定期的に掃除はしているようだ。
「……うん?」
本来であればもっと日差しの入る部屋だろうに、カーテンが半分しか開けられていない所為で、部屋全体は薄暗い。だからだろう、貫くようなその視線に、なかなか気がつけなかった。
「……」
人一人が十二分に隠れられるような紙の山の後ろに、それは居た。
こちらから見えるのは、ぼさついた黒髪と血走った片目のみ。あれが、さっきインターホン越しに聞いた声の主だろうか?
「君があの殺人鬼かあ……」
それの声は、間違いなくさっき聞いたばかりのものだった。しかしその呑気そうな声とは真逆の鋭い視線が、俺に向けられる。殺気ではなく嘱目。いや、もっと値踏みしているような、或いは抉り取るような――
「……M十一番、S五番、黒のニーハイ」
と。
その異色の雰囲気に圧されかけた刹那、情報屋は早口に呟いた。なんだ今の呪文。
首を傾げる俺とは反対に、それだけで情報屋の意図を汲み取ったらしい少女は、ただ一言わかったとだけ告げると、俺の二の腕を掴んだ。
「こっちです」
そうして、たった今抜けてきたばかりの狭い廊下に戻り、別の部屋へと連れ込んだのである。
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