23.大切なのは2
ドスンと机を揺るがす音が立つ。
驚いたリーリヤは目の前の光景に更に目を丸くする。
小麦粉などの材料が入ったボウルを手にしたモニカはリーリヤに一瞥もくれずに無愛想に言う。
「見てて」
「あ、うん・・・」
一拍遅れて返事をするリーリヤの尻を蹴飛ばすようにモニカの指示が飛ぶ。
「リーリヤちゃんもやるんだよ」
リーリヤも慌てて小麦粉に追加の材料を放り込んでいく。
牛乳、卵を入れて、バターを掴んだところでモニカから鋭く止められる。
「待って」
「は、はいっ」
「バターは後から入れるの。バターは風味を出すのに大事だけど、パン生地の弾力が出るのを邪魔しちゃうから。まずは生地をよく捏ねること」
さすがはモニカ。手際が良い。
リーリヤもモニカの見様見真似でパン生地に向き合う。
小麦粉の状態に合わせて水分量を調節するために水は小分けにして混ぜる。
パン生地はしっかり発酵させる。
焦げやすくなるからシロップは入れすぎない。
焼け方にムラがないようパンの大きさは均等にする。
オーブンは十分に予熱する。
他にもモニカの指摘はたくさんあった。多すぎてリーリヤには一度で覚えきれない。
その1つ1つをモニカはやって見せ、必要があれば暗く棘がある口調ながらも教えてくれる。
前にパン屋の手伝いをしようとしたときにも、モニカはリーリヤのドジの後始末をしたりと世話を焼いてくれていたが、そのときとは少し違う気がした。
なんだろう。教えてくれている。
いや、一緒にやってくれている。こちらの方がしっくりきた。
それが嬉しいなんて思う暇もなく、リーリヤは矢継ぎ早に繰り出される短く鋭い指示に翻弄される。
「ふぅっ」
改めてオーブンにパンを入れた。
後はロールパンが焼き上がるのを待つだけ。
リーリヤとモニカはオーブンの前で互いに微妙な距離を取る。
さっきまでとは打って変わって、モニカは押し黙っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何とも言えない無言の時間。
先に口を開いたのはリーリヤだった。
「私のこと嫌い?」
我ながら何を聞いているのかと思う。でも、聞かずにはいられなかった。
「当たり前のこと聞かないでよ」
「・・・そっかぁ。そうよね」
モニカの返答は、にべもない。
予想していた答えに、リーリヤは落ち込む。やったことがやったことだ。すんなり許されても、リーリヤ自身腑に落ちなかっただろう。
だが、思ったよりショックを受けなかったのは、モニカの口調がそれほどきつくなかったからだ。
次に言葉を発したのは意外なことにモニカだった。
「・・・・・・ねぇ、リーリヤちゃん。なんでそんなに頑張るの?」
「なんで・・・?」
リーリヤは質問の意味が分かりかねて首を傾げる。
モニカはオーブンを熱する火を眺めつつ、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。
「失敗したら、ツラいよ?自分の無力さを突き付けられることになるもん。だったら、失敗するってわかってるなら、やらない方がいいんじゃない?無理して頑張って、それでなんとか形になったとしてもさ。他にもっと上手くできる人だっているよね。そうなったら虚しくならないの?自分の努力はなんだったんだろうって」
「何のことかわからないけど・・・。失敗するとは限らないじゃない。案外簡単にできるかもしれないわよ」
「でも、さっきリーリヤちゃんはパンを黒焦げにしてたよ」
リーリヤは顔を背けてテーブルの隅に置かれたままの黒い物体を視界から外す。
「うっ・・・。それは、そうね。パン作りのことなら、そう。・・・けれど、できないとは思ってなかったし。そりゃ、ちょっと心配な面はあったけど」
「なら・・・」
「でも、出来ないから。だからこそ、出来るようになりたいだけよ。できないままの方がツラいわよ」
リーリヤはモニカの方を振り向く。そこには物憂げにするモニカの横顔があった。
憔悴して疲れきったモニカの表情の中に、迷子になって不安に耐える子どもの面影を感じた。
それでも、モニカは見失った道標を探そうと必死に足掻いているように思えた。
リーリヤは視線を宙に彷徨わせる。自分が抱える想いを言葉にするためだった。
「なによりね、『良いな』って思ったのよ」
視線を戻したら、今度はモニカと目が合った。
モニカのヘーゼルの瞳がリーリヤを覗き込んでいる。
リーリヤは大きく息を吸い込んでモニカに伝わるように言葉を吐き出す。
「あんたとあんたの周りにいる人達のことよ。わちゃわちゃ騒がしくて。バタバタ忙しなくて。なんだか私まで振り回されてる感じがしてクラクラしちゃって。知ってる?私、実はうるさいのがあんまり好きじゃないのよ。私も最近知ったんだけど」
「何?リーリヤちゃん、嫌味が言いたいの?」
「ち、違うわよ。最後まで聞いて。・・・こほんっ。えっと、そうね。だけど、それがね。すごく、輝いて見えたの。きらきらして、楽しそうで。私も・・・。私も、そうなれたらいいなって思えたのよ。パン作りが上手くできたら、モニカちゃんみたいにとはいかなくても、いつも迷惑ばかりかけてるステーン家の人達も笑顔にできるかも。そう考えたらなんだか気力が湧いてくるのよね」
「・・・・・・」
リーリヤの話を聞き終えたモニカは目線を下げる。それはリーリヤの想いを噛み締めているようだった。
やがて顔を上げたモニカには、リーリヤが知るモニカの面影が少し戻っていた気がした。
「ねぇ、リーリヤちゃん。あたしの話も聞いてくれる?」
ぽつぽつとモニカは語り始める。
「あたしね。昔は自分のことが大嫌いだったの」
そう言ってモニカは幼心に負った癒えない古傷を訥々と話す。
小さい頃のモニカは憧れを盲目に追うばかりで、口だけの何もできない少女だったのだと言う。
パン作りはダメダメで、花の乙女の才能もまったく花開く様子もない。
今の何でもできるモニカからは想像ができない非力で無力などこにでもいる幼い女の子だった。
そして、訪れた不運。そこからの両親の失踪。
母親に置いて行かれた過去のあるリーリヤからしても、その心の痛みは決して他人事ではなかった。
だからこそ思う。
「それはモニカちゃんのせいじゃ・・・」
「かもね。本当はそうなんだと思う。それでも、あたしは何もできなかったあたしが許せなかったんだよ」
その気持ちもリーリヤにはわかる。わかってしまった。だから、それ以上モニカの言葉を覆すことはしない。
「そのせいだったのもきっとあるんだよね。ごめんね。リーリヤちゃん。先に謝らせて。―――初めてリーリヤちゃんと会ったとき、リーリヤちゃんのことが嫌いだったの」
滑稽な程に失敗塗れのリーリヤを見て、乗り越えたはずの過去を蒸し返された気分になったのだと言う。
「誰かの手を煩わせてばかりだった昔の自分を見ているようで嫌い。そう勝手に見下してたの。けれど、リーリヤちゃんから教えてもらった気がする。失敗するかしないかなんて些細な問題なんだよね。どうなりたいのか。どうしたいのか。一時の体面よりもその想いこそが本当は大切だったんだよ」
そうね、とリーリヤは肯定する。
「失敗するのは悪いことばかりじゃないのかもね。あたしにも得たものがあるのかな」
そう言ってモニカはリーリヤを見てくる。
「え?な、何?」
戸惑うリーリヤにモニカは肩の力が抜けたように笑った。
それは今まで見てきたモニカのどんな笑顔よりも、可憐で可愛らしいと思えた。
「頼りないというより、足まで引っ張ってくる誰かさんだけどね」
「な、なによっ」
「まっ、いないよりはマシかな〜。そうだよね〜」
「ひ、酷い言い様ね」
「自分のやったことに胸を当ててみればいいんじゃないかな」
「それを言われるとツラいわよ」
お互いに笑ってから、モニカは軽くため息を付く。
「でも、皆はきっと許してくれないよね」
モニカの言う『皆』は太陽の恵み亭の仲間であり、街の人達のことを指していた。
「どうして?誰にでも失敗することはあるじゃない」
「違うよ。全然違うの。あたしはそう思っても、街の人達はきっとそうは思わない」
経緯はどうあれ、モニカは街の人達の信頼を裏切ってしまった。その影響は計り知れないと言う。
「あたしは上っ面を取り繕ってるだけ。本当のあたしはとんでもなく嫉妬深くて、暗くて、卑屈で、嫌な女の子なの。それが一端とはいえ皆に知られちゃった」
「それの何が悪いのよ。だって、それって、『普通』ってだけでしょ?皆、誰もがそういう想いを抱えて生きているのよ。モニカちゃんだけじゃないわ」
魔女として長い間生きていたリーリヤにはわかる。
魔女とは『悪意』を向けられる対象。故にリーリヤは人の悪意を敏感に汲み取ることができる。
どれだけ善良な人間でも『悪意』を微塵も抱かない人などいない。
「あんたみたいな凄い人もただ頑張っているだけなんだってわかって、むしろ私は安心したわよ」
ただモニカの心に寄り添うだけ。それだけでいい時もある。
それも、リーリヤは『優しさ』で言ったのではなく、『普通に』そう思っている。
「いくらなんでも大騒ぎしすぎなのよ。あんたがしたことって本当は大したことじゃないでしょうに」
今回の事態だって絶対に行ってはいけない禁忌の類ではない、とリーリヤは認識している。花の乙女の見習いがたまに起こしてしまう程度の出来事なら街の人達の反応は過剰のように思えた。
「・・・・・・あたしがやったというのが皆にとっては重要なの」
「どうしてよ?」
「どうしてって。モニカちゃんってば、少なくとも一流の花の乙女として知れ渡っていたわけで。そんな人が自分の力を見誤った上に、精霊様との交感をほっぽって、更に初歩的な大失態をかましてたら、まぁ、幻滅しちゃうよね。うぅっ、自分で言って嫌になってきちゃった。そっかぁ、あたしって周りからするとこんな感じなんだぁ」
改めて傷付いているモニカに、リーリヤは申し訳なくなった。
「ごめん。やっぱりわからないわ」
「ええっ!?わからないの!?じゃ、じゃあ、これならどう?ちょっとズレてる気もするけど。―――ほら、普段はいたずらっ子がたまに良いことするとなんだかすごい良い子に見えてくる現象あるでしょ。でも、逆のパターンだとすごく悪い子に思えてくるよね。あれと似た感じだと言えばわかる・・・?いや、わかってなさそう」
やっぱり理解できないリーリヤにモニカはお手上げと首を振る。
「そういうものね。ふーん。・・・・・・変なの」
リーリヤの正直な感想にモニカは目を瞬かせる。
「そう、だね。変かも」
「変よ。どう考えても」
「うん。なんだかそう言われるとそういう気もしてきたかも。花の乙女人生もこれで終わりかな~って思ってたのに。なんとかなる気がしてきちゃった」
モニカは冗談めかして言う。
リーリヤはとてもではないが笑えなかった。
「辞めないでよ!モニカちゃんは悪くない!・・・わけでもないのよね。ていうか、それを私が言うのは違うし・・・。でも、でもっ、とにかく辞めない欲しいっ」
「はは・・・。なにそれ?」
「嫌ったら、嫌なのっ!」
リーリヤの駄々じみた説得にモニカは眉を下げて半笑いの困った顔をする。
モニカの反応にリーリヤは焦る。
まずい。
モニカとの関係性の修復が上手くいったから油断していた。
もう1つの目的であった花の乙女を辞めることを止めるさせることが思ったよりも難しいと再認識する。
「それに!悪いのはあの性悪お嬢様よ!私だってあいつに騙されたんだから!」
「どういうこと?」
リーリヤは遅まきながら気付く。モニカにはまだティアとの一連の出来事を伝えていなかった。
この段階になってやっとリーリヤはモニカにことの経緯を説明する。あの事件の日だけではない。リーリヤが太陽の恵み亭に来た日からの出来事をかいつまんで語っていく。
リーリヤが知る限りのことは全部伝えた。
もちろん、ティアの悪辣な企み―――確証はないが、リーリヤは確信している―――についても。
「ヘレニウスさん。やっぱりリーリヤちゃんの裏にいたのはあの人だったんだね」
怒るものだと思っていたモニカは何故か納得した表情をしていた。
「どうしてそんなに冷静なのよ。モニカちゃんがこんな目にあった原因じゃない」
ん~、とモニカは唇に指を添える。
「なんというか、腑に落ちた気がして。不思議だったんだよね。あの人が『太陽の巫女』にあたしを推薦したこと」
「それはモニカちゃんがすごい花の乙女だったからじゃ」
「あはは。ありがと。けれどね、その理由だけだとおかしいんだよね。あたしくらいの実力の花の乙女は上街にはちょこちょこいるんだよ。なのに、赤薔薇会はあえてモニカちゃんを名指ししてきた。リーリヤちゃん、考えてもみて。ヘレニウス家は伝統と格式を重んじる名家中の名家だよ?そんな厳格を体現したような家のご令嬢が、たかだか1人の庶民に肩入れするはずがないの」
そこにティアの真意があるとモニカは考えているようだった。
「多分ね、『見せしめ』だったんだよ」
「み、見せしめ?」
「親衛隊やファンクラブの人達だけじゃなくて、商業区や住宅街区でも、あたしのことを持ち上げて騒ぎ立てる人が多かったから。上街の人からすれば目障りだったんだろうね。庶民風情が出しゃばるなってこと」
確かにモニカのことを女神の生き写しとか言っている人もいた。リーリヤも大袈裟だと聞き流していたのを覚えている。
あえて『太陽の巫女』に推薦することで大勢の注目を集め、実力があれば生まれや立場など関係ないと期待を抱かせ、その上で丸ごと地に叩き落とす。その筋書きは1人の少女に向けられるにしてはあまりにもムゴい。
「ひどい・・・」
「そして、ご丁寧にも断罪の場が用意されてるんだよね。『黄金の夜会』がちょうど今夜に開催されるの。候補者の中から正式に『太陽の巫女』を定める儀式。そこであたしをこき下ろして笑い者にするんだと思う。『所詮、庶民には不釣り合いな役目だった』って」
「そんなの。行かなきゃいいじゃない」
「教会が主催だから辞退するって選択肢なんてないの。この街にいられなくなっちゃうよ」
モニカは諦めたように全てを受け入れている。
身の程知らずな願いに目を奪われ、必死に手を伸ばしたところで、足元を疎かにして転んでしまったかのように。何者かにその足をすくわれたことについては目を瞑っているモニカの姿にリーリヤは無性に悔しくなった。
「昔は上街とか庶民とか気にする人じゃなかったのに」
「・・・?まさか、ティア・ヘレニウスの話じゃないわよね?」
「そのヘレニウスさんのことだよ。雰囲気自体は今とそれほど変わらなかったかな」
随分と前に助けてもらったことがあるの、とモニカは懐かしむように、悲しむようにこぼす。
厳しさの中に優しさが滲む、思いやりを重んじる人だったと聞かされてリーリヤが驚かないわけがなかった。上街の花の乙女にしては珍しくも街中に時折出没しては、人々の困り事を解決していたそうだ。
でもね、とモニカは続けた。
「あの人は変わっちゃった。今じゃ伝統や格式に囚われてるもん。上街の人らしくなったって言われたらそのとおりなんだと思う。形ばかりの名誉を追い求めて、もっと大事なことが抜け落ちてる。ヘレニウスさんもそうなっちゃったんだって。ずっと、そう思ってたんだ」
モニカ曰く今のティアは典型的な上街の花の乙女らしい。
人々の生活に支障が出ない様に日々街中の精霊と交感を重ねるモニカ達とは違い、上街の花の乙女はよっぽどの事情がない限りは儀式や儀礼的な仕事にしか姿を見せない。
街中を駆けずり回って汗をかくのは庶民の役割であって、優雅な上流階級の人間がやることではないと考えているのだ。
「でも、そっか。あたしも同じになってたのかも。『太陽の巫女』なんて目先の欲に囚われて。大事なものを見失ってた気がする」
やたらすっきりとした態度のモニカにリーリヤは逆に危機感を抱く。
「あっ。リーリヤちゃん。ロールパン、焼けてるよ。オーブンから出してみて」
モニカの合図のとおりにリーリヤはオーブンからパンを取り出す。ふんわりと焼きあがったパンは見た目も匂いも食欲をそそる。
まだ朝食を食べていないリーリヤはお腹が空いているはずなのに、意識をパンに向けることなんてできなかった。
「ねぇ、モニカちゃん。まだ花の乙女を辞めようと思ってるの?」
「ん?思ってるよ」
リーリヤが口を挟む前にモニカは制止する。
「そんな顔しないで。今回の失敗だけが原因じゃないの。もう随分と前から、胸の中にぽっかり穴が空いちゃってるんだよね」
「穴?」
「うん。リーリヤちゃんを見て思った。何かをするには『想い』こそが重要なんだって。花の乙女にかける『想い』。あたしにとっては、花の乙女になった理由と一緒なの。あたしが花の乙女を目指したのは、ある花の乙女に憧れたから。でもね、もうそのときの気持ちが思い出せないんだよね。それどころか、きっかけを与えてくれたその人の言葉さえ禄に記憶に残ってないの」
「それじゃあ、モニカちゃんは何を考えて花の乙女をしてたの?あの笑顔は全部嘘だったって言うの?」
「楽しかったのは本当だよ。皆の期待に応えるのも嬉しかったしね。だから、いや、そのせいなのかもね。皆の求めるモニカちゃんを演じるのに必死になって、無理をしてまで固執しちゃった。その結果が今ってだけだよ。ほら、もうこんな暗い話は終わりにして、焼きたてのうちに朝ご飯にしようよ。そうだ。リーリヤちゃんが持ってきてくれた卵が余ってたよね。一緒に焼いちゃおっか」
「う、うん・・・」
リーリヤはモニカが手早く卵を焼き、テーブルの上にお皿を並べるのを眺めていた。リーリヤが手伝う間もなく、朝食の準備は整えられていく。
それを見て、リーリヤはなぜか実感してしまった。
友達としてモニカに寄り添うことはできても、見失ってしまったモニカの『想い』を埋めることはかなわないのだと。
ロールパンと目玉焼きのみの質素な朝食は、それでも空腹なリーリヤを満たすには十分なはずだった。それなのにリーリヤはまったく満たされた気分にならなかった。
「美味しいじゃんっ。ちゃんとできてるよっ」
「そうね・・・。結構、上手くいけたわね・・・」
モニカがパンの出来を褒めてくれる。こんなにも美味しくパンを焼けたのは初めてなのに、リーリヤは嬉しさをあまり感じない。
でも、これは仕方のない話なのだ。全部を全部思いどおりに解決なんてできるはずがない。人には人の事情があり、友達であろうとリーリヤの立ち入れる領域には限度がある。人との交流経験の少ないリーリヤが、そんな当然のことをたった今思い知っただけだ。
モニカが粗方食事を終えても、リーリヤはモソモソと口を動かしていた。手持ち無沙汰になったからだろうか、モニカが迷いながらも話を切り出した。
「・・・いいきっかけなんだと思うことにしたから、これは言うつもりはなかったんだけどね。何日か前、口紅を失くしちゃったの」
「口紅?」
「そっ。さっき言った憧れの人から貰った大切な宝物」
「宝物・・・」
リーリヤは自らの髪に付けた草色のリボンを撫でる。
「ずぅっとあたしの心の支えだったんだよね。それが心残りかな。すっごい探したけど全然見つからなかったから諦めるしかなくて。いつもここぞというときのお守りみたいなものだったから。せめて今日の夜会に付けて行けたら良かったのになぁ。そうすればちょっとは勇気が出たかもしれないのに。たははっ・・・」
モニカは無理して笑っている。その手は小さく震えていた。
リーリヤは迷わなかった。
「―――探しに行くわよ」
「え?」
「大切な物なんでしょ。だったら、私も手伝うわ。夜まで、まだ時間はあるじゃない。諦めるなんてまだ早いわよ」




