ダンジョンの死
四方を岩で囲まれた空間で、二体のドラゴンが互いに攻撃を打ち消し合っていた。
地上戦だけでなく、地から足を離したドラゴン達は、カリアスの頭上高くをまるで閃光のように駆け巡る。
先の見えない縦の空間を一気に上昇し、二つの大きな体が折り重なるように回転をつけて急下降を繰り返す。
炎の光がより鮮明に浮かび上がり、白銀の輝きが残像のように線を引いた。
「なんて、美しいんだ……」
戦いを繰り広げている最中にも関わらず、ついつい不謹慎な言葉がカリアスの口から漏れていた。
時折り、カリアスノ耳をつん裂くような鳴き声が空間中に反響する。
どことなく切なさを帯びたその音は、惚けていた頭を現実へと引き戻した。
(だめだ、だめだ、しっかりしろ俺!)
一刻も早くこの状況を終わらせ、ダンジョンボスであるドラゴンを救わなくてはいけない。
任された重要な役目を思い出し、頭の中をフル回転させる。
(どうしたら救える? 契約を解除することなんて可能なのか?)
仮に、カリアスの『ダンジョン召喚士説』を肯定したとして、ドラゴンをダンジョンの呪縛から解放するには、眷属としての契約を破棄するしかない。
単純な話に思えるが、これほどまでに難しい問題はないのだ。
『主たるものを我に望む者よ、契約のもと真の力を我に与えたまえ。その命尽きるまで、この命果てるまで。召喚魔法、契約!』
契約魔法の詠唱呪文にも記してある通り、この契約は「魔物の命が尽きるか、召喚士の命が果てるまで」決して切る事ができない。
ドラゴンの命が尽きるなんて、本末転倒である。となれば、残っている方法はただ一つ。
(どうやったらこのダンジョンは死ぬんだ?)
生き物でもないダンジョンという構造物に、死という概念は存在しない。命を持たない、ただの古代人が残した人工物なので当然の話である。
だが、力を失うという意味で捉えれば、ダンジョンにも死は存在する。
(ダンジョン攻略……)
攻略されたダンジョンは魔力を失い、囚われた魔物達の姿も全て消え去る。
残るは古代人達が残していった貴重な魔道具や財宝。そして、刻み込まれた古代文字のみ。
(だとしても、ボスであるドラゴンを倒す事に変わりはないだろ)
ボスであるドラゴンを倒さずして、ダンジョンを攻略する。
矛盾しているが、この選択肢しかカリアスには残っていなかった。
「クッソ!」
フル稼働する脳がズキンズキンと悲鳴を上げ始め、額から汗が滴り落ちる。
少なすぎる情報量に、足りない時間。今更になって、考え無しに行動してきた事をカリアスは後悔し始めた。
(せめて、魔力の核が分かれば……)
そうカリアスが思った時だった。
「ドッーン!」
物凄い音と共に、空間自体の振動が足を伝ってくる。
急いで振り向けば、ドラゴンであるセレネの体が大きな扉の前に落下して行くところだった。
「セレネ!」
地面に叩きつけられたその体は、みるみるうちに輝きを放ちながら収縮していく。
急いで駆け寄るカリアスの前には、少女の姿に戻ったセレネの姿が横たわっていた。
「ぐっ……お母様……」
「セレネ! 無理するな!」
「ごめん……カリアス……。ちょっとしくじっちゃって……扉に激突しちゃった」
苦しい笑顔を見せながら、セレネはそう言葉にした。
カリアスはそんな彼女の露わになった体に、異国調の刺繍が施してあるポンチョを被せる。
「謝らないといけないのは俺の方だ! 俺は……結局なにもできない……」
ついつい弱音が溢れる。
ここまで来れたのも、誰かの助けや運が良かったから。
「そんな事ない!」
力強い言葉がすぐ近くから、この空間中に響き渡った。
「セレネ……」
「確かに魔力も凡人以下だし、すぐ酔って使い物にならなくなるけど……」
グサグサと背中から胸にかけて痛みが走る。
セレネはポンチョを片手で押さえながら、残るもう一本の腕で上半身を起こした。
二人の視線が真っ直ぐにぶつかる。
「でも、いろいろなこと知ってて、優しくて、私にとっては自慢の主人だから!」
落とされてからの誉め殺し。
カリアスは瞳を見開き、こちらを見つめるエメラルドグリーンの強い輝きを見つめる。
「私はカリアスの力を信じてる!」
セレネの訴えが、カリアスの心を震わせた。
(ここまで言わせておいて、いつまでグジグジしているんだ俺は!)
「セレネ、ありがとう」
カリアスはしっかりした足取りで立ち上がると、セレネに片手を差し伸べる。
「まだ戦えるか?」
「もちろんです、主人」
カリアスは白く綺麗な手を握ると、自分の方に引き寄せた。
立ち上がろうとしたセレネが一瞬よろける。
「おっと」
カリアスは体で彼女の体を受け止めながら、空いていた腕で扉に寄りかかった。
ダンジョンの巨大な扉に、カリアスの手が触れる。
それは偶然が生んだ、予想外の出来事だった。
扉全体に刻まれた古代文字が、青白い光を放ち始める。薄暗い空間にいたカリアスにとって、それは眩しいほどであった。
明らかに強力な魔力を発し始めた扉を前に、カリアスはとある可能性を導き出すのだった。




