そこにいるのは何者か
サリューが産まれて?から一週間経った。
特異な存在ながらも村人は快く受け入れてくれ、冒険者たちもうちの新たなアイドルとしてむしろ喜んでいたように思える。
元々ユーリの人気は高かったし、それに加えて幼くなりかつ感情豊かになればそれはもうモテるに決まっている。
何だろう、これが親心ってやつなんだろうか。
寄り付く男たちを追い払いたくなってしまうのと同時に、もっと俺の娘を見ろと自慢したくなる。
世のお父さんたちは大変だなぁ。
「今だ連絡は無しか。」
「さすがに手駒が捕まりしかも自決したとなれば嫌でも慎重になるでしょう。」
「このまま静かになってくれたらいいんだけど、無理な話よね。」
「いいかえれば目を付けられたとも言えますから。とはいえ、シャルちゃんを守るためにもここで引くわけにはいきません。」
「はいはい、わかってるわよ。自分の身も守りながらシャルちゃんと村の事もしなきゃいけないなんて、ほんと忙しい男ね。」
「おイヤですか?」
「嫌だなんて言ってないじゃない。」
むっとした顔をするメルクリア女史の前にエミリアがすかさず香茶を差し出す。
それを無言で受け取り、口に含んだ。
「・・・美味しい。」
「新しい茶葉を仕入れてみたんです。お口に合ってよかった。」
「こんな男にこんな出来た嫁がいるなんて、もったいないわね。」
「ありがとうございます。」
「向こうが動かないのであればむしろ好都合だ、引き続き情報を集めつつ警戒するよりほかはない。今日はどうするんだ?」
「村に行って打ち合わせです。いよいよ汚水問題が深刻化してきましたから。」
サリューが産まれてから三日後、久々に大雨が村を襲った。
一晩中降り続け、よく昼過ぎになんとか止んだものの、地面はぬかるみ雨水は排水路を満たしてしまった。
今までは汚水の上に土や灰をかけて汚水を処理していたが、満たされた雨水のせいでその方法が使えず、そこに生活排水が混ざり大変な事になってしまった。
なんとか人力で水路を作り汚水を流したものの、根本的な解決にはなっていない。
大雨が降るたびにこんな風になっていては大変な事になる、って事で急遽打ち合わせが決まったわけだ。
「あれは中々に大変だったな。」
「冒険者も含めて総動員でしたからね、それでも根本的な解決にはなっていません。」
「やはり川まで水路を伸ばす必要があるか。」
「そうですねぇ・・・。このままでは森が汚れてしまいますし、いずれはしなければならない事ですから。」
「って事はあの男が来るのね。」
「私はお会いしたことありませんが、そんなに・・・なんですか?」
メルクリア女史が苦虫をかみつぶしたような顔をする。
イヤにもほどがあるだろう。
「私は絶対に会わないから。」
「メルクリア殿がそこまで嫌うとは余程の相手なのだろう。」
「会って早々直近の恋愛歴を聞いてくるような奴よ?しかも、事前に情報収集したうえで。」
「それは私も苦手そうだ。」
「わかってて色々聞いてきて、反応見て喜ぶ最低のゲス野郎よ。」
うぅむ、何度もその話は聞かされているが本当にそうなのだろうか。
こんどリュカさんに聞いておくとしよう。
「そんな人でも土の精霊師で下水路を作るには必要不可欠の人です。では、そろそろ行きますね。」
「私も村まで行くわ、そこで別れましょ。」
「よろしくお願いします。」
ここ最近はサリューが率先して護衛してくれていたのだが、今日はユーリと共にダンジョンに籠っている。
恐らくは、昨日大勢の冒険者がダンジョンに潜ったのでその片づけをしているのだろう。
魔力がかなり潤ったと喜んでいたが、その分荒らされて散々な状況だ。
恐らく昼過ぎまで掛かるんじゃないかな。
相手が動かなくなったとはいえ襲われない保証はない。
まったく面倒なんだからと言いながらも何故嬉しそうな顔をするんですかねぇと、ボソッと言ったら思いっきり尻を叩かれてしまった。
暴力反対!
「じゃあ行くわ。」
「ありがとうございました。」
「帰りは・・・まぁ誰かが来てくれるでしょ。絶対に一人で帰るんじゃないわよ、わかった?」
「わかってますって。」
「それを守らないで今まで何度迷惑をかけたのやら。」
「耳が痛い。」
まるで母親に注意される子供になった気分だ。
確かに色々と迷惑はかけてきたけど、そのほとんどは不可抗力だし。
今回だってまさか商店連合に潜んでいるとは思わなかった。
それは皆も同じのはずなんだけど・・・。
ま、いいか。
メルクリア女史がいつものように黒い壁の向こうへ消えるのを見送り、村長の家へと向かった。
「こんにちは。」
「やっと来たか。」
「すみません、送ってもらっていたので。」
「また何処かに連れていかれても面倒だし、仕方ないか。」
で、ここでもまた言われると。
「あれ、ニッカさんは?」
「今日は定期健診でサンサトローズに行ってるぞ。」
「そうですか。」
「うるさい人がいないうちにさっさと始めようぜ、もうあんな臭いのはごめんだからな。」
「違いない。」
生活排水なので糞尿は混じっていないが、それでも臭い物は臭い。
みんなドロドロになりながら水路を掘ったのは、結構トラウマになっているようだ。
「では改めて、排水路計画についての確認です。現在、一時的にではありますが、森の奥へと流れる道は作ったので、また大雨が降っても問題はありませんが、これが続くと森の中に悪影響が出かねません。ププト様に進言してもらい、土の精霊師を呼んで奥の川まで排水路を作ってもらう。ここまではいいですね。」
「あぁ、あの水さえ何とか出来れば最高だ。」
「もちろんそのまま川に流したのでは水質汚染も考えられるので、スライムを用いた汚水処理を行い、処理水を流すことになります。処理に使う大穴は我々で掘る事になりますが・・・。」
「その辺はまぁなんとかなる。いや、何とかする。」
「期待してます。」
土木作業に関しては部下の皆さんがかなりスキルを身に着けてきたので、問題ないだろう。
もはや奴隷というよりも土木作業員という認識になっている。
「スライムの手配は冒険者に任せる予定です。また、定期的な清掃も初心者冒険者が行ってくれるそうなので溢れる危険はないと考えています。ギルドの出張所に頼めばすぐやってくれるでしょう。」
「片栗粉流せば俺達でもなんとかなるけどな。」
「燃やせば早いんだ、油流して火をつければいい。」
「それじゃあ全滅しちゃうじゃないですか。何事も程々いいんです、程々で。」
「めんどくせぇなぁ。」
「またあの臭いに悩まされたいのであれば止めないが?」
つい地が出てしまった。
それを聞いて二人が苦笑いを浮かべる。
「冗談だって。」
「わかればいいんです。」
「穴を掘ってスライムを埋める、んで、その先に排水路を作って川に流す。」
「人力で出来れば一番なんですけど、崩落の危険とかを考えると素人が手を出して良い範囲を超えるんですよね。」
「巨大な街ならともかく、俺達みたいな村だったらその程度で十分だ。」
「いずれ大きくなるかもしれませんよ?」
「そん時はそん時でまた考えるさ。」
俺達が生きているうちにそこまで大きくなるかもわからないしな。
それから村のこまごまとしたことを打ち合わせ、終わったのが昼過ぎ。
宿で簡単に食事を済ませてシャルちゃんの店へと向かった。
「あ、イナバ様!」
「「お疲れ様です!」」
俺の姿を見つけて、警備についていた冒険者が挨拶をしてくれた。
残暑厳しい中こうやって立ってくれているなんて、有難い事だ。
しかもボランティアでやってくれている。
シャルちゃんに何かあってからでは遅いという事で、有志の冒険者が持ち回りでやっているんだからすごいよなぁ。
「変わりありませんか?」
「はい!前回顔を見せて以降は姿を現しません!」
「引き続き警戒をお願いします。もし何か変わったものを見つけた場合は急ぎ商店まで報告お願いします。」
「わかりました!」
「シャルちゃんは中に?」
「はい。今日の分の販売は終了していますが、中にいると思います。」
改めてお礼を言って中に入る。
「イナバですが・・・。」
「あ、イナバ様だ!」
「イナバ様どうしたんですか?」
ちょうどカウンターで片づけをしていたようだ。
ティオ君も片づけを手伝って偉いなぁ。
「変わりないかなと思いまして。」
「お陰様であれからくることは無くなりました。でも、そのせいでイナバ様が・・・。」
「あぁ、気にしなくていいですよ。シャルちゃんのせいじゃありませんし、なんとかなりましたから。」
「イナバ様、サリューは?」
「こら、サリュー様でしょ!」
「あははサリューでいいですよ、本人もそれを望んでいますから。今日はダンジョンの整備で忙しいみたいだよ。」
「そっかぁ。また一緒に遊ぼうと思ってたのに、残念。」
へぇ、サリューとティオ君がねぇ。
確かに見た目は年相応、仲良しって感じに見えるが中身はユーリとほとんど変わらない。
その二人が仲良く遊んでいるなんて、ちょっと想像できないな。
「へぇ、どんな遊びをしてるの?」
「えっとねぇ、戦いごっこ!」
「え?」
「サリュー様はティオに稽古をつけて下さっているんです。最近シルビア様が忙しくて、なかなかお相手してもらえなかったんですけど、サリュー様がその代わりを引き受けて下さったんです。」
「サリューすっごく強いんだよ!びっくりした!」
なるほど、シルビアの代わりに稽古をつけてくれていたのか。
それなら納得だ。
産まれた当日?サリューの実力を知りたいとシルビア様が稽古をつけたらしく、戻って来たらえらく興奮していた。
当たり前だが、最初は何一つできなかったサリューだったのだが、幾つか戦い方を教えてやるとまるでスポンジが水を吸い込むようにすぐに会得してしまったそうだ。
それが楽しかったらしく、二日ぐらいみっちり稽古をつけられたサリューはあっという間に俺よりも力をつけてしまった。
シルビアのおかげで俺を守る事が出来ると本当に喜んでいたなぁ。
「そっか、これからは二人に見てもらえてますます強くなるな。」
「うん!早く大きくなって皆を守るんだ!」
「頼りにしてるよ。」
「その為にも嫌いな者までちゃんと食べないと駄目よ。」
「わかってるよぉ。」
ぷーっと頬を膨らますところはまだまだ子供だな。
くしゃくしゃと頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。
笑い方がシルカそっくりだ。
リュシアは恥ずかしそうにするんだよな。
内向的なリュシアと活発なシルカ。
未来ある子供がたくさんいるのは本当にうれしい事だ。
シャルちゃんにお礼を言ってから店には戻らず、村に戻る。
一人で帰ったらまた何を言われるかわからない。
時間はまだあるので、村長らしく皆の話を聞いて回る事にした。
ウェリス達には言いにくくても、俺には言えることも有る。
特に、女衆はシルビアの旦那という事もあって普段言えないようなことを俺には話してくれるようだ。
男衆の目が気になるとか、冒険者がちょっかいをかけてくるってのは序の口で、だれだれさんの旦那が別の奥さんといい関係になっているかもしれないとかややこしい相談もある。
不倫はマジでめんどくさいので勘弁してほしい。
もちろん大事になる前に仲裁に入るし、事が事であれば最悪村を出て行ってもらう判断もしなければならない。
幸いなことにそこまでの大ごとになった事は無いが、大勢の男女がいるとどうしてもね。
え、お前はどうなんだって?
美人の嫁さんと子供に囲まれてそんなことを思う暇もありません。
「そうだ、この間の事なんだけどね、南の森で変な音を聴いたのよ。」
「変な音?」
「魔物でも人間の声でもなくて、慌てて旦那に見てもらったんだけど何もいなかったの。」
「アンタの聞き間違いじゃないの?」
「違うわよぉ、旦那も聞いたしすっごい怖かったんだから。」
他の奥様に茶化されながらも、真剣に答えている。
どうやら嘘ではなさそうだ。
っていうか、わざわざ嘘を言うような人はこの村にはいないか。
「でも何もいなかったんですよね?」
「そうなのよ。何だったのかしら。」
「どんな音でした?」
「地鳴りみたいな感じだったわね。」
「この話は他の人には?」
「一応自警団には連絡したけど、見てくれたかはわからないわ。」
「わかりました、一応こちらでも把握しておきます。」
「お願いね。」
地鳴りのような音、ねぇ。
こんどドリちゃんにでも聞いておくとしよう。
しばらくそんなことを続けていると、ウェリスがセレンさんを迎えに行くそうなので同行することにした。
「今の今まで村中回って話を聞いていたのか?」
「村長ですし、それぐらいしかできませんからね。」
「お前には店もあるんだ、そういった事は俺達に任せといていいんだぞ。」
「でも、私にしかできないことも有ります。森の異音、知ってました?」
「いや、なんだそれ。」
やっぱり知らなかったようだ。
大方自警団も異常なしって事で上には上げなかったんだろうな。
「女衆の方が教えてくれたんです。」
「なるほど、それがお前の仕事か。」
「二人には遠慮して言えない事も、私には気楽に話せますから。」
「それがお前の村長としての仕事か。」
「もちろんそれ以外の仕事もしますよ。今回の件も、ププト様に進言するのは私の仕事ですから。」
「よくわかってるじゃないか。」
「むしろ二人に任せたらろくなことになりそうにありません。」
それこそ、面倒な仕事を押し付けられてくるに違いない。
そういった面倒ごとを回避するのもまた、俺の仕事だ。
「異音の件は、俺からドリスにあげておく。」
「何もなかったそうなので、大丈夫だとは思いますがよろしくお願いします。」
「代わりじゃないがシャルの件、宜しく頼む。」
「わかってます。」
今の所動きは無いが、またちょっかいをかけてくるのは間違いないだろう。
それまでは、いまできる仕事を粛々とこなすだけさ。
そうこうしているうちに店が見えてきた。
おや、店の前に誰かいる。
冒険者のようなそうでないような。
暑いのに外套を深くかぶった不審者。
そんな印象を受けてしまう人だった。
サリューを迎え一週間。
特にこれと言ったことは起きてないようですが・・・いや、起きてはいるか。
異臭問題は早々に片付けないと大変な事になりますからねぇ。
生活環境の改善は急務です。
そしてそんな日々を過ごしていたら、怪しい人物が出てきてしまいました。
果たして何者なのか。
それはまた次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。




