助かるのなら何でもする
村へと到着した俺はまず先生と共に隔離してある女衆の所へと向かった。
ドリスのオッサンが上手い事人払いをしてくれていたおかげでスムーズに診察が進み、今は三人目の患者を診察中だ。
「どう思う?」
「過去にもこの流行り病を診断してくださった先生です、今回も大丈夫でしょう。」
「いや、そっちじゃなくてニッカさんの方だ。」
「知ってたんですか?」
「当たり前だろ、どれだけ長い付き合いだと思ってんだよ。」
まぁ知らないはずがないか。
俺以上に一緒にいる時間が多いんだもんな。
「診てもらわない限りは何とも言えませんが、大事ではないと信じています。」
「・・・そうだな。」
「来年の春には孫が生まれるんです、なんとしてでも抱いてもらわないと。」
「どんな顔するか目に浮かぶぜ。」
「普段は厳しい顔をしておられますが私達も見たことの無い様な顔をされるんでしょうね。」
「あぁ。デレッデレの顔だぞ絶対。」
その表情を想像して二人で笑いあう。
先生はまだ出てこない。
ここが終われば今度はニッカさんの番だ。
本人にはまだ何も伝えてないけど、嫌って言っても診てもらうつもりでいる。
それに関してはオッサンとも意見が一致しているので、もしそうなった場合は二人がかりで説得する事になるだろう。
「待たせたな。」
「ご苦労様です。」
「それで先生、どうなんだ?」
「流行り病で間違いないだろう。過去の症状と全く同じだ。」
「やはりそうですか・・・。」
やはりそうだったか。
それを想定していただけに驚きは少ないが、動揺は大きい。
一年前であればそんなに人数がいなかったので薬の数も少なくて済んだ。
だが、今は違う。
移住により人口は倍以上に増えている。
それは即ち治療するべき人が増えるという事だ。
それだけではない。
流行り病が出たと知れれば冒険者はこっちに来ることを躊躇するだろう。
女性しかかからないとわかっていても、病というのは人の心と行動を委縮させる。
折角客が戻ってきたのにこれとか、あの店は呪われているんだろうか。
いや、呪われているのは俺か?
今まで否定して来たけどどう考えてもおかしいよな。
「どうすればいい?」
「ひとまず隔離は維持してくれ。それと、他の女性も全て診察したい。」
「さすがに隠すのは無理だな。」
「むしろ隠せば事を荒立てるだけです。素直に情報を開示して無用な混乱を避けるのが最優先です。」
「それしかないか・・・。わかった、俺は村の連中を広場に集める、お前はニッカさんの所に先生を連れて行ってくれ。」
「わかりました。先生、よろしいですか?」
「あぁ、大勢を診るとなればその方がいいだろう。」
オッサンが慌てた様子で畑の方へ走っていくのとは逆に、俺はニッカさんの方へと向かった。
「随分と慣れた様子だが、このような状況になったことが?」
「似たようなことは経験したことがあります。まずは隔離、それから治療。人の混乱を最小限に抑えるために情報開示は正確にするべきだと学びました。」
一番大切なのは初動だ。
それと情報統制。
悪質なデマが出回る前に正しい情報を一気に放出して動揺をできるだけ抑えるのが大切だ。
それに失敗したあの時は、世間で買い占めが横行して大変な事になった。
トイレットペーパーが無くなるとか何十年前の話だよ。
「致死性の高い病ではないのがまだ救いと言える。それよりも彼の方が心配だな。」
「先生、どうぞよろしくお願いします。」
「頑張るのは私ではない彼だ。」
「あ、そうですね、失礼しました。」
「動揺する彼を支えるのもまた息子の仕事だ、頑張りたまえ。」
俺が動揺してどうするよ。
こんな時こそ冷静になる必要があるんだ。
シルビアの為にも、息子さんの為にもな。
「失礼します、イナバです戻りました。」
「どうぞ。」
すぐに返事が返って来ただけなのに、それに安心してしまう。
もし倒れていたら・・・そんな不安はいつになってもなくなることはない。
「おかえりなさい、いかがでした・・・。」
「久しいな、元気にしていたとは言い難い様だ。」
「イナバ様これは?」
「ニッカ様には申し訳ありませんが事情を説明して診ていただく事になりました。これは私だけではなくドリスの決断でもあります。」
「まったく、大袈裟なんですから。」
「大袈裟なものか、可愛い孫を抱きたければ大人しく私に診られるんだな。」
顔見知りとはいえなかなかズケズケと話すお二人。
ニッカさんは大きくため息をつくと俺達を奥へと迎えてくれた。
先生が先に進み、ニッカさんの前に座る。
俺は少し離れた所でその様子を見守ることにした。
「何時から痛む?」
「昨年の夏ごろでしょうか、最初は小さな鈍痛でしたが最近のは鋭いナイフで刺されるような痛みがあります。」
「頻度は増えているか?」
「冬の間は多くなりましたが、暖かくなるにつれ少なくはなっていますね。」
「だが強さが増している。」
「そうです。」
だからあの時痛みに耐えられず倒れていたのか。
っていうかそんな前から痛みを感じていたんだな、知らなかった。
それからはお互いに無言で触診が続く。
腰部、首、腹部と順に触っていくと特に胸部の部分で表情が曇るのが分かる。
あそこが痛むのか。
それから聴診器のようなものを取り出し胸の音を聞き、最後に掌をかざしたかと思うと、淡い光がそれを包み込む。
淡い光を宿したまま掌がニッカさんの首から下をゆっくりと移動して腹部の辺りで止まった。
「もういいぞ、服を治せ。」
「ふぅ・・・。」
ニッカさんが大きく息を吐き、まくり上げた服を戻していく。
顔には少し汗がにじんでいた。
さっきのは何かの治療なんだろうか。
「薬は?」
「特に。ですがトキソの実を煎じた痛み止めは発作の度に飲んでいます。」
「民間療法か。間違いではないが正解でもない、もう少し早く私に診せていればひどくなる前に何とかしてやったのに。」
「つい昨日までは運命に逆らうつもりはありませんでしたから。」
「今はそうも言えなくなったのだろう?大人しく治療を受け入れろ、わかったな。」
「よろしくおねがいします。」
ニッカさんが先生に向かって頭を下げる。
とりあえず治療を受け入れてくれる気になってくれたのか。
良かった良かった。
思わず俺も胸をなでおろす。
でも、問題はここからだ。
「先生、どんな感じなんでしょうか。」
「病状だが、胸部に強い痛みがある状況から察するに血液が固まりやすくなっているんだろう。その塊が一時的に血管をせき止め、血が流れなくなったことで強い痛みが起こる病気だ。」
「心筋梗塞ですか。」
「恐らくだが、年齢と症状からそう推測できる。実際胸部に魔力を通してみるといくつか魔力の流れが悪くなっている場所があった、そこを治療してやれば当分は大丈夫のはずだ。」
「え、治るんですか!?」
心筋梗塞ってそんなにすぐ治るものだっけ。
確かバイパス手術とかたいそうな手術をしなきゃいけなかった記憶があるんだけど・・・。
掌をかざしていたのは魔力の流れを感じていたんだな。
さすがファンタジー世界、現代医療の先を行ってる。
「治る。だが治療用の薬には面倒な素材が多くてな、それを集められるかがカギだ。」
「出来る限り事はします、どうすればいいですか?」
「主要な材料は私の手元にある、だがボログベアの胆だけは中々手に入らないんだ。」
「ボログベア?」
「ダンジョンの中にだけ生息する珍しい魔物だ。人を襲わず魔物の死骸と毒草のみを主食とする奴でな、そいつの胆には強力な解毒成分が含まれている。それさえあれば薬は作れるんだが・・・、目撃例がかなり少なくここ最近は全く見ていない。」
そんな魔物がいるのか。
その辺は情報を集める必要があるなぁ。
「いつまでに必要なんですか?」
「病状からすると次に大きな発作が来ると完全に血管が詰まる可能性がある。明日か三日後か一期後かは正直わからないな。」
「そんな状況なんですか!?」
いやいやいや、流行り病とかそんなこと言っている場合じゃないじゃないか。
孫を抱くまで死なないって約束したんだぞ?
何としてでも助けないと!
「とりあえず魔力を通した限りでは血栓の元は見当たらなかった。当分は肉も酒も禁止だからな、わかったか?」
「ヤレヤレ、年寄りの数少ない楽しみまで無くなってしまいますか。」
「それさえ我慢すれば孫の顔を拝めるんだ、簡単な事だろう?」
「先生、その魔物の胆さえあればいいんですよね?」
「そうだが、肝にも使えるやつと使えないやつがある。出来るだけ毒素をため込んでいない新鮮な奴が必要だ。殺してから三日、いや二日以内である必要があるだろう。」
「そんなに厳しい条件が・・・。」
鮮度から考えると王都まで探しに行くことは不可能だ。
サンサトローズ周辺のダンジョンを片っ端から探すしか方法はないだろう。
それでも珍しい魔物だ、可能性は低いかもしれない。
でもやらないわけにはいかないんだよ。
「イナバ様決して無茶をしてはいけませんよ、貴方にも約束があるのですから。」
「それとこれは話が別です。流行り病の件もこちらも全部私が何とかします。だからニッカさんは大人しくお肉と酒を控えていてください。」
「やはり流行り病でしたか。」
「心配するな、さっき見た患者はそこまで重症化していなかった。他の患者も今から確認するがおそらくそこまでひどくはないだろう。」
「それを聞いて安心しました。」
まぁ診てみないとわからないけど、おそらくは大丈夫だろう。
問題はニッカさんの方だ。
あ、いや、もう一つあるか。
「でも先生、薬は必要ですよね。特に最初の三人には。」
「そうだな。他を診てみないとわからないが三人から五人分は必要になるだろう。」
「この病がサンサトローズで流行る可能性はありますか?」
「無いとは言い切れないが、前回はそこまで深刻にはならなかったな。」
「ですが今回は状況が違います。」
「人の出入りが多い、そこから感染が拡大する可能性は十分にあるだろう。」
ですよねー、やっぱりそうなりますよね。
前は村の規模も小さく、人の出入りはほとんどなかった。
だが今は毎日多くの人がこの村を訪れ、サンサトローズとを行き来している。
それどころかその先までも移動していることを考えると、やはり隔離する必要が出て来るだろう。
完全隔離は無理でも、出来るだけ出入りを制限する必要はある。
女性だけを別の場所に住まわせるとかさ。
「一応プロンプト様には状況を報告していますが、ウェール先生からも助言をいただけると助かります。」
「もちろんそのつもりだ。ひとまず早急に薬草を手配する必要があるだろう。残念ながら私の手元にも無くてな・・・。」
「それもププト様に探していただいています。」
「お金はどうするのですか?恥ずかしながら蓄えはあまりありません、ましてや五人分となると間違いなく無理です。」
「言ったじゃないですか、私が全部何とかします。」
「いいえ、そう言うわけにはいきません。私の薬にもいくらかかるかもわからないのです、大切な息子にそこまでさせるわけには・・・。」
まったく、ニッカさんは何を聞いていたんだろうか。
言ったじゃないか、俺が何とかするって。
「大切にしてもらっている息子だからそこまでするんですよ。」
「どうやら彼はそんな言葉で引き下がるような男じゃないようだぞ、あきらめるんだな。」
「ですがイナバ様には自分の目標が。」
「それはそれ、これはこれです。私一人の命でその他大勢が助かるのなら何でもしますよ、と昔の私なら言ったかもしれませんが、今の私にはそうできない理由があります。ですからそのどっちも達成できるようにするつもりです。この一年で作り上げた人脈全部使ってでもかき集めて見せますよ。」
まず急がなければならないのはニッカさんの薬の材料だ。
それと三人分の薬だな。
残り二つはあくまでも予備みたいなものだから今は頭に入れなくてもいいだろう。
不可能な話じゃない、十分可能な話だ。
その為にもまずは冒険者ギルドに依頼を張り出す必要があるな。
胆に関しては近隣じゃないと無理だが、薬草は範囲を広げても問題ない。
その二つを同時進行で進めつつ金策にも動かないと。
それこそなぁなぁになっている精霊結晶の代金を貰いに行ってもいい。
なんならお守りの方を差し出したってかまわない。
ドリちゃん達もきっと許してくれえるはずだ。
なんならルシウス君と合わせた三精霊の結晶を作ってもらうという手もある。
そんなものどんな値段がつくんだろうか。
正直想像つかないな。
「おい、村人集め終わったぞ!」
とかなんとか考え込んでいるとノックもせずにドリスのオッサンが家に入って来た。
病人がいるんだからそういう所気をつけてほしいよね。
「ドリス、先生の前だぞ。」
「っと、すみません。」
「ちょうど話は終わった所だ、そうだなイナバ君。」
「その通りです。では行きましょう先生、ニッカさんくれぐれも安静にしてくださいね。」
「イナバ様まだ話が・・・!」
ニッカさんはまだ何か言いたいようだったが気にしないでおこう。
だって先生が俺の背中を押すんだもん仕方ないよね。
先を行くオッサンを追いかけて先生と共に家を出る。
村の広場には何事かと不安そうな顔をした村の人たちが集まっていた。
さっきも言っただろ、大事なのは情報統制だ。
正しい情報を伝えてパニックにならないようにする事。
ニッカさんがいない以上それは俺の仕事だ。
え、オッサンじゃないのかって?
まぁどっちでもいいんだけど今の流れだと俺でしょ。
俺だけじゃない、オッサンも先生もいる。
だから何も心配する事はない。
「皆さんお忙しい中すみません、大事な話があるんです、心して聞いてください!」
不安そうに俺達を見る村の人達に向かって俺は話し始めた。
助かる可能性はある。
じゃあ後はそれを実行するだけ。
至極簡単な事だけど、そこに行きつくのはとても大変なです。
でも彼はそれをやってのける。
それがイナバシュウイチだから。
さぁ彼のメインステージの始まりです。
どうやって二つの問題を解決していくのか。
それはまた次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願い致します。




