第三話 侯爵家とは無関係
エルシア視点最終話
予定よりも早く帰ってきた私にハンスは驚いていた。
「お嬢様、何かあったのですか?」
「ええ、ジェラルディ殿下との婚約を辞退してきたの。私、この家を出るわ」
「それは……」
「準備をお願いできるかしら?」
私の意図が分かったのだろう。
「承知いたしました」
と、深く礼をすると慌ただしく去っていった。
今まで家の為に、王家の為にと働いてきた。
それも終わり。
晴々とした気持ちで部屋へと戻り、準備を始める。
数時間後、サロンでお茶を飲んでいると父親が帰ってきた。
「なぜ勝手なことをした!」
部屋に入ってくるなり大声で怒鳴る父に私は何事もない様にカップをソーサーに置いた。
「婚約は辞退しました。それが何か不都合なことでもありまして?」
「侯爵家はどうなると思っている」
「ロゼーを新たな婚約者にすればよろしいじゃありませんか」
父だってそうしたいのは山々だろうに、そんなこと出来ないのは承知の上で私が言うと、お父様は満更でもない顔をする。
ジェラルディ殿下に愛されているのだから大丈夫だと。現実が分かっていない。
その顔が愉快で笑い出しそうなのを淑女の仮面の下に隠す。
「私はこの家を出ます」
「何?」
「この家の家計は破綻寸前なのをご存知ですか?」
「なにを……」
「報告書を都度出していたと言うのに本当に見えていないのですか? 現実を」
ハンスを呼び寄せると、先ほど作成した報告書を父親に渡す。
内容は、収支だけでなく、領地の経営のこと。侯爵家の借金についてなど全てだ。
最近の収入源である商会のことについても記載がある。
「なんだこの借金の額は!」
「それは全て、あなた方三人の贅沢による借金です」
「ではなぜ、商会がお前の名義になっている?」
「お父様名義では契約は出来ないと断られましたので、私との個人契約という形にしか出来ませんでしたの」
「な……」
私は頬に手を当ててコテンと首を傾けた。
「信用がないのでしょうね」
「この家を出るなんて出来るわけがない」
「できますわ。成人しておりますので。書類ももう提出済みです」
帰ってすぐに使いを出して提出済みだ。明日にでも公式に発表されるだろう。
確かに貴族籍を出るというのは難しい。だが、無理なことではないのだ。
幸いなことに、商会で取引のある大物貴族が手助けを申し出てくれた。私のおかれた状況に怒り、侯爵家を出ることを薦めてくれ、専門の方を紹介してくれた。
「本来なら当主であるお父様の署名が必要なのですが、長きに渡って私が実務を行なっていた実績により、私が代行として手続きを行うことができましたの。ですので、受理されましたら私はもう侯爵家の人間ではありません」
「お嬢様の商会は侯爵家とは無関係でございます。我々メイド、下人に至るまでお嬢様の商会との契約に変更になっております。ご覧の通り、侯爵家には我々を雇うお金がありませんでしたので、お嬢様の商会の社員として再雇用して頂きました。ですので準備が整い次第、我々もお嬢様と共に辞することになります。長い間お世話になりました」
私とハンスの言葉に父親は絶句し、力無く膝をついた。
「そんな……私は……侯爵家はどうすれば?」
「さあ?」
私はまとめた荷物を馬車に乗せ、さっさと侯爵家を後にする。
持っていくのは、少し残った母との思い出の品と契約書。
母の形見はもうほんの少ししか残っていない。
しかし、その分だけ母によって助けられたとも言える。
王家から与えられた品を全てお返ししたら手元には驚くほど物が残らなかった。
見送りに来たハンスが聞く。
「どちらへ?」
少し考えて言う。
「私が働いた分だけ評価してくれる場所へ」
心も晴れやかににっこり笑って馬車に乗り込んだ。
ガラガラと音を立てて走る馬車。
後ろを振り返ることはない。
いい子でいれば報われると思っていた。
どうやら違った。
だからこれからは──
自分のために生きよう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次からはロゼー、妹視点をお送りいたします。
ロゼーの人生をお送りします。
お楽しみください。
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