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黒淵の宝石者~Abyss・jewelers~  作者: ひしがたくん
第一章 黒淵と白頂
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第一話 運命の扉/邂逅する二人


宝界暦1785年5月


 最悪だ。悪い夢を見た。10年前のあの時の夢だった。まあいい。定期的に見るようになってからもう慣れてしまった。時計を見ると朝5時丁度。まだ少し眠気が残るが、このぐらいなら問題ない。早くこの最悪の気分をなんとかしないと。そういえば今日は朝6時から会議の予定が入っていた。早く準備して行かないと。


 いつもより早めの朝食を食べて支度をした後、俺が向かったのは俺の屋敷(アビス邸)の庭だった。ここならかなり広いから一応何でもできる。剣や弓の訓練も、昼寝も何でも御座れだ。もちろん気分転換にも最適だ。あまりこれらの用途で利用したことはないのだが。


「お兄様、おはようございます。朝早くに外出とは、どのような御要件でしょうか。」


玄関の前で妹に呼び止められた。普段ない寝癖がついている。ちょうど起きたところだったらしい。寝巻きではなく制服を着ているあたり、これから学校だろうか。いやいや今日は日の曜日。学校はないはずだが。惰性で制服を着たのだろうか。今は朝5時45分。マズイ。早くこの場を切り抜けないと。


「ちょっと庭に」


「そうですか。お気を付けて」


妹は案外すぐに引き下がった。信頼されていると思った方が良さそうだ。多少の罪悪感に苛まれながらも靴を履き、ドアを開ける。


「今日は日の曜日だから学校は休みだぞ」


「へぅっ!?」


これも忘れずに言っておく。妹はその一言で目が覚めたのか、視線が自分の服装と時計を行ったり来たりしていた。そしてようやく自分の勘違いに気づいたのか、顔から火を出していた。それを尻目に俺は全力疾走を開始する。


早朝の最悪だった気分が、あの忌々しい記憶が、いつも通りの日常に染まっていく。


――この日々を守らないといけない。――


いつからだろうか、この使命に近しい責任感が芽生えたのは。











庭に着いた後、俺は真っ直ぐ納屋に向かい、重く走りの悪くなってしまった引き戸を思いっきり開けた。

さっきは怪しむ妹を切り抜けるために庭に行くと言ったが、本来の目的は納屋(こっち)にある。かなり年季の入ったこの納屋は、傍から見ればただの物置だろう。実際物置として使っている側面もあるので、間違いではないが。



だが、俺達にとってここは作戦会議室(・・・・・)だ。



奥にある、古びたクローゼット。その扉に手を置き、唱える。


《我 静かなる平和を求めし者

   同志 集う道へと繋げたまへ――ゲート・トゥ・ピースシーカー》


クローゼットの戸を開ける。そこはとある部屋に繋がっていた。俺はこの10年、何もしてこなかったわけではないのだ。

ソル、シルヴァ、ケイジ。頼れる仲間ができたのだ。


「アビス、おっそーい。ソル待ちくたびれたよ〜」


金色の髪を靡かせ、真っ先に俺に駆け寄ってきたのはソルだった。身長130cm(シーメル)ぐらいの、典型的なロリだ。胸元の主張はそこまで無いものの、こうして駆け寄って来る様は、見てるとほっこりするものがある。


「二人とも、早く席についてください。会議を始めますよ」


「え〜……シルヴァだって、数ヶ月ぶりの再会が待ち遠しくて寝れてなかったくせに〜」


ソルが反駁する。シルヴァがこんな性格だったかは確証がないが、彼ならやりかねない。


「なっ……それは今言わない約束でしょう」


シルヴァには相当効いたようだ。そこからソルとシルヴァの口論が始まった。最初はさっきのソルの発言についてだったが、だんだん熱くなってしまい、お互いの性格について口論するまでにヒートアップしてしまった。


「おいおい、同棲組は一旦冷静になってくれよ。あとソルは団長から離れてくれないか?まだ一歩も動けてねぇぞ」


幸いケイジがこの場を治めてくれた。


「むぅ〜」


ソルは少し名残惜しそうにしながらも、俺から離れ席についた。俺も席につくと、会議が始まった。開始予定時刻ピッタリだ。


「議題は、今夜の作戦についてです」


今回の作戦は、帝国軍に捕まった異世界人の救出だ。帝国は、異世界人を侵略者と同等に捉えている。捕まったら最後、拷問を課され技術革新の糧にされる。そのまま拷問死もザラにあるらしい。同じ人間として許されざる行為だ。


ちなみに俺達四人にはある共通点がある。

それは10年前の戦争の戦争孤児だということだ。そのため早期に里親が見つかった俺やケイジとは違い、魔族討伐等の萬屋を経営していた2人は利害の一致から同棲する事になったと聞いている。


閑話休題。会議は最終確認も含めて順調に進み、作戦開始を待つのみとなった。







夜。

妹が寝静まったのを確認した後、俺はこっそり屋敷を抜けだした。妹は眠りが深い。朝までに帰ってくればバレないだろう。

今回の作戦はソルとケイジが陽動を行い、俺とシルヴァが牢獄に侵入。そのまま異世界人を救出といった流れになっている。

牢獄ではサイレンが鳴り響いており、陽動作戦が始まった事が容易に想像できていた。そして今俺は、シルヴァとの集合場所に向かっている。


「集合場所は…っとここか。シルヴァはもう来てたのか」


「僕もたった今来たところです。早く来てもリスクしかありませんから」


確かにそうだ。俺達にとってはこっちが本陣。見つかったら作戦が失敗する。せっかく陽動してくれているのに、見つかったら申し訳がたたない。まあ俺等なら何とかなる自信があるが。


「さて、行くか」


「ええ。ソル達が稼いだ時間を無駄にできませんから」






侵入は案外簡単にできた。かなり巨大な外見の割に内装はそこまで豪華ではなく、質素で閑散としていた。なんなら辺りは繁茂しており、朽ち果てた木の枝やら鉄くず、白骨化した遺体までもがが至る所に転がっていた。ここの管理体制の悪さが窺える。そもそもここを守っていたであろう看守が一人もいない。どんな陽動をやったとしても、ここまでにはならないだろう。もしくは看守の全体数が少ないのか?今はそんなことはどうでもいい。考えるのは後だ。


「それで、どうしますか?」


「2手に分かれよう。シルヴァは左から、俺は右から行く」


「了解です。ご武運を」


そう言って走り去っていくシルヴァを見届けた後、俺はヤツを呼んだ。


「ヒスイ」


「ここに」


ずっと隣にいたようだ。

ヒスイとは、10年前のあの時から俺の中にいる黒いモヤのことだ。俺はコイツのことをあまり知らない。知っていることといえば、コイツが強大な力を持つとされる上位存在〝聖霊〟であることだけだ。


「今日も力を借りるぜ、ヒスイ」


「了。」


俺が牢獄の大通りを捜索する間、ヒスイには小部屋のクリアリングを頼んでおく。まだ人っ子一人見かけない。まあこんな死体がゴロゴロ転がっているようなところに、ましてや看守一人もつけずに異世界人を監禁するなんてありえない…はずだ。今回はハズレを引いたようだ。


「36.15℃の熱源を感知。対象を〝人間〟と推測」


前言撤回。状況が変わった。今回()大当たりを引いたようだ。しかしどこにも見当たらない。これは厄介な事になりそうだ。仕方ない。


「ヒスイ、あれ(・・)を使う」


「了」


右手をヒスイの胸元に突っ込む。瞬間、黒いモヤはその身を一振りの大剣に変えた。右腕には琅玕の腕輪。たったこれだけだ。この作戦にはそれだけで十分だった。


大剣を高く掲げ、振り下ろした。腰を落とし重心移動をも完璧に成功させた一撃だ。鈍く重厚な音が鳴り響く……はずだった。


「やっぱりか」


牢獄に刃が近づくほど、傷一つつけまいとする不可視の抵抗が強さを増していたのだ。やがて鉄格子に直撃するすんでのところでピクリとも動かなくなった。物体に当たって跳ね返る衝撃とは違う、ヌルっとした抵抗感。過去に何度も経験したこの感触、魔法障壁だ。普通の剣なら、ここで何もできず終わりだろう。しかし俺にはまだカードがある。温存したかったがしかたない。使うか。俺は右腕に(・・・)力を加え始めたと同時に唱え始める。


《それは崩壊の一撃》


力を加えていくたびに腕輪はより深緑な輝きを強めていく。それに呼応するかのように大剣は不可視の抵抗に抗いはじめる。


《全てを乗り越える一撃》


抵抗が消えていく。いや、力が大きすぎて抵抗を上回ってしまったのだ。もう遮るものは何もない。今なら斬れる。


《斬り裂き・切り裂け――ゲット・オーバー》


虚空に亀裂が走り、轟音とともに砕けた。そして奥には隠し部屋らしき扉。ビンゴだ。しかしこの牢獄を作った奴は、相当頭がイカれているようだ。障壁と扉の間の狭いスペースに看守を配置するとは、


「帝国軍の連中は意味のない保険を重ねるのがお好きなようで」


疲弊したところを捕縛するためだったのだろうか。しかし、愚かな策だ。こんな頑丈な障壁一つ安々と斬り裂ける人物を、たった一人の看守で止められるわけがないだろう。看守は何も言葉を発さない。それは障壁が破られた事への驚愕か、それともさっきの帝国軍の侮蔑に対してのせめてもの反発か。


「看守、ここを通してもらおうか」


期待はしてない。ここでyesとか言ったらこの看守は楽に死ねないだろう。看守はこれ以上何も言わず、短剣で俺に斬りかかろうとする。


それがこの男の最期だった。


結局、彼は何も言葉を発さなかった。置き土産の魔法も自爆も無かった。彼が言葉を発するより前に、俺が斬りふせたからだ。本当は呪文を封じる為に喉を搔き切るだけにしたかったが、まださっき撃った技の余韻が残っていたようだ。扉も半壊している。蝶番が一つやられているが、ダメ元で開扉してみる。幸い開閉に支障は無さそうだった。良かった。この技はもう少し開けた場所で使うようにしよう。二次被害の後処理は面倒だからだ。


部屋の中には女性が一人、足と壁を鎖で繫がれた状態で座り込んでいた。美人だ。俺がこれまでに出会ってきた女性の中で最もどストライクの美女だった。しかし全身に広がる打撲痕が全てを台無しにしていた。


「貴方、誰?」


弱々しくも美しい声だった。何かに怯え、縋るような目。何処か過去の俺を彷彿とさせる何かを感じて――


「俺はピースシーカー団長、アビスだ。異世界人、俺と共に来ないか?」


考えるより先にこの言葉を口にしていた。


皆さんこんにちは。ひしがたくんです。大変長らくお待たせしました。次回第二話もお楽しみに。皆の感想お待ちしております。

次回

第二話 運命の扉/異世界人

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