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SCIENCE REBOOT  作者: 水素
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7/10

Episode : 7 (Nitrogen) / アオカビ

帰り道、ユズキはチーズの製造所に立ち寄り、「ホエイ」を少し分けてもらった。

小ぶりな酒樽にホエイを詰め、満足気に歩き、診療所へ向かう


(ユズキ)「ホエイなら、カビの液体培養に適している...」


ホエイは、チーズを最初のステップで、牛乳を加熱しながら酢を加えて、脂肪分を沈殿させたとき、得られる残りの水溶液で、ここには牛乳内の水溶性の栄養が多く残っている。アオカビの培養には、酸性環境が適しているので、ホエイなら酢も一部残っているため、まさに最適である


また、液体培地、それはまさに "ペニシリンの工業製法" だ。多くの人がイメージする、円形の培地に寒天を詰める方法では、”2D ” に培養することしかできない。一方で、液体で培養すれば ”3D ” に培養でき、培養量が圧倒的に増えるのである。


だが、この世界では、何度も何度も、試行錯誤を繰り返さなければ、大勢を救う「ペニシリン」はつくれない。アオカビの中でも、多くペニシリンをつくる種は限られ、それを見つけ出さなければならない。


診療所へ戻ると、ユズキはすぐに作業台へ向かった。


(ユズキ)「馬之助、ここからが正念場だ、しばらくは失敗し続けるだろう」


(ユズキ)「ペニシリンをつくるアオカビは、すぐには現れない、試しまくるしかない」


馬之助は少し黙った。


(馬之助)「……つまり、これ全部ハズレかもしれないってこと?」


(ユズキ)「そういうことだ」


(馬之助)「うそだろ...」


馬之助は絶望したような顔だった。だが、周りには咳をこみ、熱をだし、苦しんでいる患者が大勢いる。

咳き込む老人。熱にうなされる子供。息をするだけでも苦しそうな患者。

その数は、昨日より明らかに増えていた。


(馬之助)「……分かった、やってやれないことはない!」


馬之助は拳を握る。


(ユズキ)「……ああ」


それだけだった。


器具を洗い、ホエイとともに煮沸し、他の細菌やカビを取り除く。

できるだけ無菌の状態にしてからそっと瓶に試料を入れ、目的のカビのみを育てる。


ユズキは羊皮紙に実験記録をメモする。


==============================================


”ホエイを用いた液体培地によるペニシリン産生菌の培養”

本実験において、ホエイを用いた液体培地により、あらゆる試料からアオカビを採取、培養し、ペニシリン産生菌からペニシリンを抽出、実用レベルで人々へ抗生物質を提供することを目的とする。

ただし、オートクレーブといった消毒設備はないため、加熱による殺菌を主に利用し、また1からペニシリン産生菌を見つけなければならない。


・実験 No.1

試料 : 腐敗したパンの切れ端から採取したもの

結果 :

........


==============================================


夜が明けても、まだ煮沸を続けていた。

エリンは診察を終え、休憩しに来た


(エリン)「まだやってるの?」


(ユズキ)「医者には及ばない。僕らは医者じゃない、こうすることしかできない」


エリンは何も言わなかった。

やがて、静かに頷く。


(エリン)「なら、私は患者を診るわ」


(エリン)「あなたたちは、あなたたちにしかできないことをして」


そして――

日々が過ぎていった。


培養した瓶から、アオカビを取り出して、それを殺菌していない培養皿へ移し、アオカビ以外の菌が成長できるかを調べる。もし、アオカビの周りにだけ他の細菌が成長していないとわかれば、そのアオカビは、ペニシリンを産生しているとわかる。


だが、どのアオカビも、他の細菌の培養を止めることはなかった。だが、敗北ではない。


No.004――失敗。

No.005――汚染。

No.006――不明。

No.007――失敗。


ある朝。


(ユズキ)「ホエイが足りない」


馬之助は黙って樽を見た。

ほとんど空だった。


(馬之助)「……俺、行ってくる」


息抜きのつもりだったのだろうか。だが、その気持ちは打ち砕かれるだろう。


街へ出る。

いつものように。

ホエイをもらうだけのつもりだった。


だが――


街の様子は、数日前とはまるで違っていた。


(馬之助)「……なんだよ、これ」


咳をこみながら、必死に道を歩く老人。

動かなくなった人間を運ぶ荷車。


(馬之助)「……早くしないと」


ホエイの入った樽を抱え、診療所へ走り出す。


一方でユズキは、エリンの診察を見に行っていた。

エリンは、患者の一人に柳の煎液を飲ませていた。


(ユズキ)「うそだろ...薬の量も人員も全く足りていない」


ユズキは、絶望しながらも、柳の葉を煮詰め、サリシンをできるだけ多く抽出していた。

そして、脈を計り、呼吸を見る。ユズキも専門家でないにせよ、この異世界では即戦力だ。


(エリン)「このままでは、重症肺炎患者で埋め尽くされ、数日でこの診療所は機能しなくなるわ」


肺炎、それは現代の人類が克服しつつある病だ。だが、この異世界では、致命的だ。


そして――


ユズキも馬之助も、絶望を味わった顔で、診療所の裏に戻り、じっと培養皿を眺めていた。


(馬之助)「なあ、この世界で肺炎になって死んだら、どうなるんだ?」


(ユズキ)「さぁ、体験しないと分からないが、その体験はしたくないな」


悲しみに押し潰されそうだった。


その時――


ドンドンドン!!!....


やかましいほどの力強さで、ドアを叩く音がした。


(馬之助)「患者?にしては元気すぎやろ」


(ヒューストン)「おーい!がはは、どうしたそんな浮かない顔をして」


工房にこもりすぎて、現状を知らないようだ。


(ヒューストン)「待たせたな!」


ユズキの目が見開かれる。


(ユズキ)「……まさか」


ヒューストンは木箱を作業台へ置いた。

いくつもの硝子。粗削りではある。

現代の顕微鏡とは比べものにならない。


(ヒューストン)「ずいぶん苦労したぞ」


ユズキは希望を見出した様子で、そそくさと顕微鏡を組み立てた。

培養皿を手に取り、顕微鏡を覗いている。

何度も、何度も、他の培養皿を眺める。


そして、ある培養皿を眺める。

肉眼では、アオカビ以外の細菌、カビも育っている培養皿だった、しかし、顕微鏡を覗くと、アオカビの周りだけ、異様に綺麗な空白があった。


ユズキに笑顔が戻った。


(ユズキ)「あった!ペニシリン産生菌だ!!」


その場にいた全員、エリンやヒューストンは詳しくわからないだろうが、その喜びは伝わった。

この瞬間に、この異世界に、希望が生まれた。

この異世界にも、確かに科学は通用した。


No.068――成功。

・参考文献 - 「各種かび類と培養液のpHとの関係」Jstage収蔵、住江 金之ら(1950)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/45/12/45_12_423/_article/-char/ja

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