Episode : 6 (Carbon) / 職人
川を渡った先。
全く知らない、それに現代地球ではない、中世の街並み、不安もありながら、少しずつ路地を進む。
エリンに教えられた場所へ向かうと、すっかり夜になった街並みの中にひときわ明るい工房が見えてきた。
窓から漏れる橙色の光。ロウソクだろうか。
そして、
ドンドンドン――。
金属を叩く音。
ユズキは扉を開けた。
(ユズキ)「……ここか」
中には、木材、金属、硝子、歯車、工具。
壁一面に並べられた工具は、現代の工作室とは比べものにならないほど素朴だった。
だが、工具を丁寧に並べてある様は、現代と変わらない。
中央では、腕まくりをした大柄な男が作業をしている。
ヒューストンは、腕まくりをしたまま、だらしない姿でこちらを向いた。
(ヒューストン)「おう?」
(ヒューストン)「客か?」
(ユズキ) 「エリン先生の紹介で、ここに腕のよい硝子細工職人がいると聞いて」
(ヒューストン)「なら、医者絡みか。何を作る?」
ユズキは、事が進むのがはやすぎて、若干驚いているが、すぐに我を取り戻した。
ユズキは少し笑った。
この異世界にはない、いや、まだ存在しないはずのものを生み出すからだ。
(ユズキ)「顕微鏡をつくりたい」
顕微鏡、それは単なる道具ではない。
この世界で初めて、人間の目が肉眼の限界を超えるためのツールだった。
そしてその向こうには――
この世界に存在する「見えないはずの生命」の姿が待っている。
ヒューストンの手が止まった。
(ヒューストン)「……顕微鏡?なんじゃそりゃ」
(ユズキ)「曲面のある円形のガラスによって、世界を拡大してみることのできる器具です」
ユズキは、工房を見渡して、使えそうな道具、機械を探していた。
ただし、円形でかつ曲面のある形に削るのは、ただ手で削るだけでは難しい。そこで人類は、「材料自体を回転させ、そこに刃をあてて削る」という方法を開発した。これが、人類の編み出した工業の基礎、”旋盤"だ。
(ユズキ)「はは、まさか、旋盤か!」
現代のものに比べて極めて原始的なものだった。なにせ、水車に連動して回すタイプのものだ。それに、やすりも、万力もあった。
素材を加工し、形を与えるための道具が揃っている。
ユズキは作業台の端にあった羊皮紙を一枚借りた。
(ヒューストン)「おいおい、いきなり描くのか?」
頭にあるイメージを、設計図にまとめる。そして、実際に試して、つくってみる。
"ものづくり" とは挑戦あるのみだ。
(ヒューストン)「……ほう」
試料を置く台。
上下に動かして焦点を合わせる機構。
さらに、光を試料へ集めるための簡単な構造。
線が増えていく。
ヒューストンは、いつの間にかユズキの背後に立っていた。
(ユズキ)「レンズの中心は必ず一致させる必要があります」
(ヒューストン)「そりゃ難しいぞ」
(ユズキ)「だからここにいます」
ヒューストンは数秒、設計図を眺めた。
そして――
ニヤリと笑った。
まるで新しい玩具を手に入れた少年のようだった。
(ヒューストン)「面白え」
透明だった硝子の表面が、少しずつ削られていく。
キュイイィ……。
ユズキはその様子をじっと見つめていた。
化学実験では、物質そのものを変える。
だが、この男は物質の形を変える。
どちらも、自然法則に逆らうことはできない。
だからこそ面白い。
ヒューストンは硝子を手に取った。
目を細める。
(ヒューストン)「お前さんは理屈を考える」
(ヒューストン)「俺は手を動かす」
科学とは、一人では成り立たない。
多く人間が、自分の知恵を持ち寄って、日々進化していく。それはこの世界でも同じだ。
(ユズキ)「僕が考えて、あなたが作る」
(ユズキ)「それで、初めて科学になる」
そして、豪快に笑った。
(ヒューストン)「気に入った!」
工房いっぱいに笑い声が響く。
その横でユズキは考えにふけっていた。
次の一手を練っていた。
作業をしながら、考えにふける彼をみて、ヒューストンは全てを察した。
(ヒューストン)「他にもやることがあるんだろう、ここはおれにまかせておけ!」
ユズキは感謝をしながら、駆け足で診療所にもどる。
一方、診療所では。
馬之助が湿らせたパンを眺めながら、腕を組んでいた。
(馬之助)「……青緑って言っても、どれだよ」
集めてきた腐敗したパンを見比べて、吟味していた。
まるで、評論会のように。ただ、見ているのは腐ったパンだが。
(馬之助)「これか?青緑だし、ふちが白い」
アオカビの典型例だった。だが、仮にアオカビだとしても、ペニシリンを多くつくる種は限られている。ここは、いずれ来る ”アウトブレイク" に向けて、ゆっくりと、試していくしかない。
この世界では、感染症は一気に広がり、誰にも止められない、だが、希望は見えている。
夜明け前の診療所で、希望が見えた瞬間だった。




