48話 悪い便り
「壁を超えてまだ二都市しか抑えられていないだけではなく、さらに、制圧は出来ておりません……
小さな村々でさえも、未だに我らに対する猜疑心が晴れていません……」
報告するファーンの声はこれ以上無いほどに暗い。
ピースメイカー軍の行軍は遅々として進んでいなかった。
壁さえ超えれば帝国との戦いに終止符を打つことができる、そう信じていた兵も多かったため、壁を抜けた後に高揚した士気はすっかり落ち着いてしまっている。
むしろ最近はゲリラ対策に精神を削られて低下の一途をたどっている。
「そこに来て、大部隊が接近中……打って出れば背後が寒く、立てこもるにも安堵は出来ない。
壁の解体は20%程度……引くに引けないと……」
壁戦での勝利は、ピースメイカー軍に大きな宿題をもたらした。
壁の解体だ。この作業を行わなければ、万が一敗走した場合に今までの苦労が全て水泡に帰すだけでなく、必ずあの風穴の存在を突き止められ、二度と壁の突破はなし得なくなることは疑いようもなかった。
「都市部の監視、抑制できる人員を残した上で、余剰戦力で戦うしか無い。
ってことなんだろ?」
マギウスの言うとおりだった。
「この際2つの都市を結ぶ街道沿いの意外の周辺村落は諦めて、兵力を割り当ててしまうと、動ける部隊は……アルテ様旗下200名、わが部隊は100名、どうしても情報収集に人員が割かれるから……、バーゼル様旗下500名、マギウス様旗下300名、ファーン様旗下300名……といったところになるわね」
都市間を結ぶ街道を押さえて置かなければ兵站が破綻する。
周辺村落を自由にするのさえかなりのリスクがあるが、もしその周辺村落が立ち上がっても制圧可能な兵力を置いておけば最悪は防げる。そのかわり、動かせる部隊は本当に少なくなってしまう。
「こちらに向かっている部隊は少なく見積もって3000、しかし、5000は覚悟しなければならん。
一方こちらは1500、さらには不慣れな土地で平野での総力戦になってしまう公算が高い。
ちと、厳しいのぉ……」
「帝国内でも精鋭相手、それに、例の黒の兵も交じるでしょうから……」
「黒の兵……闇の眷属であるのは間違いがない狂戦士共……アレの相手は将が当たらねば被害を出しすぎる……」
バーゼルとファーンが頭を抱えてしまう。
「とりあえず、現状がどういう状態かは理解した。
どうやらお茶が来たみたいだから一息つこうか」
アルテの言葉と同時に部屋にいい香りが広がる、ちょうど給仕が温かいお茶を運んできてくれて皆の前に置いていく。簡単な菓子も添えられている。
皆、目の前の難題に頭を使いながらも、一時の休息を得ることが出来た。
「そういえばアルテ様、ウォルはどうしたんですか?」
「うーん、この街にいるようになってから、頻繁に出かけるんだよ。
最近は一日中どこかに行っているみたいで……」
「敵部隊の到着まで一週間、ウォル殿にはアルテ様をお守り頂きたいのだが……」
「仕方がないよ、ウォルにはウォルの都合があるんだろう」
「巡回の兵も、黒の兵が現れた時にウォルが助けてくれたという報告もある。
きっとそういう存在を狩って回ってくれているんだろう」
ウォルにとって闇の眷属は忌むべき敵で、自らの近くにそれが存在することを忌み嫌う傾向が高い。
そのために非常に優れた闇の眷属レーダーの役目を担っている。
「戦いが始まれば、きっとウォルは来てくれる。信じているから」
「そうですね。ウォル殿がアルテ様を守らないはずがありませんでしたね」
その日の会議は、少数での多数相手の防衛戦の基本的な運用について確認して、短い時間ではあるが確認のための訓練を行うことで終了した。
それから一週間、具体的な打開策は出ることはなく時間が経過していく。
都市の平定はそれなりに進み、いつどこから襲われるような心理的な不安が取り除かれただけでも兵士たちにとっては幸運であった。
しかし、その平穏を手に入れるために、ペステの部隊が心血を注ぎ、結果としてペステ部隊の余力はなくなり、次の戦闘において戦力を供給する余裕が無くなってしまった。
それだけではない、それらの指揮、運用を行っていたペステ自身が過労によって倒れてしまうのだった。
「……いやねぇ……年は取りたくないものだわ……」
「絶対に戦場に出るのは禁止、戦力として外すから、休むように」
アルテはいつになく強い口調でペステに命令した。
「情報戦を一手に引き受けて、なおかつ戦術協議まで……これは我々皆の失態です」
「すまねぇ、俺らの部隊でも荒くれ者たちを手なづけたり色々はやっていたんだが……」
「戦力に回す予定のものも、都市工作部隊に回して、なんとかペステ殿の穴は埋めておる。
なあに、3倍の敵が4倍になった程度、さして変わらん変わらん」
バーゼルは笑ってみせるが、目は笑っていない。それは諸将も同じだった。
ペステの部隊が戦闘中に行う役割は諜報と情報伝達。これらの精度が下がってしまうことは疑うことない事実であり、今までの戦闘から、それがどれほど恐ろしいことか皆身にしみて理解している。
それを埋めるためには戦闘員から諜報員をより多く割かねばいけない結果となり、練度としても低い兵による綱渡りの運用になることに諸将は頭を抱えるしかなかった。
アルテには、さらにもう一つの不安要素が存在した。
帝国軍の軍勢が迫る1週間、結局ウォルは戻ることがなく、そして、見かけたという報告も得られなかった……
不安要素だらけのピースメイカー軍に、帝国兵が予定戦場に到達したという報が伝えられた。
「想定兵数、8000~10000だと!? ど、どういうことだ!!」
その報は、間違いなく過去に伝えられた報の中で最悪の内容だった。




