46話 血塗られた壁
すべての準備は整った。
ピースメイカー軍その数2万、帝国の壁の前に布陣している。
率いているのはピースメイカー軍の二匹の若き獅子ファーンとマギウス。
総大将はアルテ、その横にはウォル、参謀にペステという布陣になっている。
ごく一部の人間しか知らないが、この布陣は陽動だ。
ベリウス率いる別働隊が風穴を通って壁の裏側に出るまで、帝国の目をこちらに釘付けにするための命がけの陽動作戦になっている。
アルテ自身が囮となって帝国の目を集める役を担っている。
もちろん血塗られた壁と言われている場所を決死の覚悟で攻めればその被害は計り知れないものになる。
「今日は帝国の壁がどれほど強大かを知るための戦いだ。
決して無理はするな、今日の戦いから俺たちが策を立ててこの壁を打ち破り、帝国を開放する。
その日のための準備だ。繰り返す、絶対に無理はするな!」
マギウスの声が戦場に響く。今日の表向きの目的はそういう事になっていた。
もちろんそうは言っても敵はそんなことお構い無しで攻撃してくることは全員理解している。
備えも多く用意してある。
「鉄壁兵! 前進!」
巨大な鉄の板がズリズリと壁に近づいていく、その背後には多くの兵がその壁を押している。
ギシギシと車軸が鳴りながら少しづつ進んでいく。
壁の上から大量の矢の雨が降り注ぎ、板とぶつかって甲高い音を響かせている。
「一定の効果はありそうですね」
「もっと近づけば投石が始まるから、それを見ないとな」
ファーンとマギウスは矢に対する有効性を確認しながら次の手を考えている。
「投擲準備!」
鉄壁の背後に積まれた木材を兵士たちがテキパキと組み上げていく、巨大な弩が作られていく。
帝国側の投石はてこの力を利用した人力のカタパルトだが、ピースメイカー軍は歯車機構を利用した弩によって長距離射撃を可能にしていた。
砲弾も矢に近いものから焼夷弾のようなものまで応用が効く。
今回はツボに油を込めた物を打ち出す。
「打て!」
巨大な壁にツボが叩きつけられ液体がべっとりとへばりつく。
「角度を調整して第二射準備!!」
相変わらず壁からは矢の雨が降り注いでいるが、鉄の壁を抜くには至っていない。
投石も試みているが、距離が足りていなかった。
もし帝国がこの壁に慢心することなく兵器の開発を本気で行っていたら、今頃投石によってピースメイカー軍は壊滅していただろう。
未だに古い人力の矢とカタパルトで守る壁は、過去の歴史ほどその力を振るうことが出来ていなかった。
「小型の石にするとかやりようが会ったはずですが、帝国は弱者をいたぶることしか頭になかったのでしょう」
ペステの言葉にアルテが頷いた。
それと同時に第二射が放たれ、見事に壁の上部に油を撒くことに成功する。
「第三射火種をまけ!」
火矢が壁に放たれ、壁面と上部にこびりついた油が轟々と燃え上がる。
矢の雨が途切れ、壁の上での混乱をよく表している。
「様子はどうだ!?」
アルテ本陣のそばに作られた櫓が壁の上を観察している。
「兵たちは消火に追われていますが、水をかけて被害を広げております。
大混乱ですね、カタパルトも半数以上火がついており、消える気配もありません」
「思ったよりも、脆いな……」
「これは、ベリウス殿が着く前に落としてしまえますかね?」
「そううまくはいかんだろうな」
ピースメイカー軍の油は一旦火がつくと水をかけても消すことは出来ないばかりではなく、撒いた水の上を広がってしまう。
体についた油も水では落としにくい、方法としては大量の砂をかけるのが正解だ。
「敵も気がついたようだが、巨大な壁が仇となったな」
燃え盛る壁に第四射の油が追加される。もうもうと黒煙が壁を包み込む。
この油は大量の黒煙とすすを発生させる。炎の勢いは弱いが、消しにくく戦場の視界をほぼ奪い去る。
また、吸い込んだものは呼吸器に損傷を受けるためにじわじわとダメージを与えていく。
使い所が難しいが、今回のような場合は絶大な効果が望める。
「しかし、いくら嫌がらせしても……壁を超えるには至らない……」
「そうだな、それでも俺たちは嫌がらせを続けるさ。さて、風向きもおあつらえ向きになってきた。
嫌がらせを続けるぞー!」
兵士たちから笑いが溢れるが、すぐに準備がされる。
未だに燃え上がる壁にさらなる一撃が発射される。
簡単に言えば催涙弾、火と反応して強烈な刺激性のある煙がもうもうと壁を包んでいく。
この煙は空気よりも重いために壁にへばりつくように広がっていく。
風向きを間違えれば間抜けにも自陣を包み込むので注意が必要だ。
「……この距離でも、目が痒くなるな」
「あんなもの使われたら相手をぶち殺したくなるよなぁ……」
ピースメイカー軍は全員布で口を覆っている。
それでもほのかに刺激臭が臭ってくる。
帝国軍は混乱の極みなのか壁から落ちるものなど被害を大きくしている。
「打って出てきてくれれば、楽なんだが……ここまでされても籠もるみたいだな」
「誰も打ち破ったことがない壁、というのはそれだけ価値があるんだろう。
実際、今この状況でも個人ならまだしも軍を壁超えさせる手立てはないですから……」
ファーンとマギウスの言う通り、壁に嫌がらせに近い被害は与えても、壁自体は健在。
超えるとなれば壁に取り付きよじ登り、完全に制圧するという戦いが必要になる。
壁の内部にはまだまだ多くの兵が存在しており、力押しで制圧すれば被害は計り知れない。
所詮上部にいた一部の兵に損害を与えたに過ぎない。
「自分たちが攻めるときは使えませんからね、アレらは……」
「僕たちにも効くからね、大丈夫ウォル?」
「くぅーん……」
ウォルは耳を伏せてアルテのマントの下に潜り込んでいる。
彼にとっては流れてくる悪臭でも大問題になる。
「それでも、もうすぐ……」
先程まで抜けるような青空だった空が薄暗くなっていた。
風が湿っていて、戦場の空気が一変していた。
「予想通り、雨が来ます」
「雨が降ったら、この作戦の最終段階だ」
ピースメイカー軍の最後の秘策が今、結実しようとしていた。




