39話 人は宝
各地に事後処理を行う部隊を残しながらアルテたちは本拠地である森へと帰還する。
勝利したとはいえ、長い行軍と長期にわたる軍事行動は初めての兵も多く、疲労の色は隠せない者も多かった。
それを超えて勝利の興奮と周囲の喝采は大きなものだった。
北方戦線も無事に防衛を終えて勝利を得ることが出来た。
中央に集まりすぎた戦力をアルテを支持する領地に分散させる必要性が出てしまっていた。
南北に長いいびつな領土がピースメイカー軍を悩ませることになる。
ペステを中心とした情報戦によってピースメイカー軍を支持する勢力も徐々に増加していく。
それらの対応にアルテは戦争の疲れを癒す暇もなく走り回ることになる。
爆発的に増えた人材の適材適所への配置、それら人材への適正な報酬、報酬の捻出など、組織が大きくなればどんどん複雑化していく一方だった。
そんな中、ペステは人材育成にも力を入れており、内政面でピースメイカー軍を支える志高い人々を多く集めていてくれた事は何よりもアルテを救ってくれた。
帝国の元で非道な税の回収や、貴族による不当な税の着服などを苦虫を噛み潰す思いで我慢してきた内政官にとってピースメイカー軍は桃源郷のように感じた。
降り注ぐ仕事も、誇り高くこなせることに喜びを感じ、後に不夜部隊と噂されるようになる内政集団が出来上がっていくのであった。
様々な問題も残っていたが、世間からすれば帝国相手に連戦連勝を続け、奴隷を解放し平民にも優しい統治をおこなっているピースメイカー軍は救世主のように映ってもおかしくない状況が出来上がりつつあった。
「アルテ様、また地方の村から入居希望者が……」
「アルテ様、北部の村落から援助の申し出が……」
「アルテ様、南部の街が恭順の意を示してきております。いかがいたしますか?」
執務室に籠ってただでさえ仕事に追われているアルテの元に次から次へと判断の必要な問題が舞い込んでくる。
「ファーンは?」
「先日の村同士のいざこざを収めに出ております」
「マ、マギウスは?」
「今日は兵練日ですので、終日……」
「ペステのところの人達は……?」
「あちらも仕事が山積みで、残念ながらお力には……」
判断は全て任せる。アルテは皆からそう言われている。
仕方がなく案件に目を通して判断を下していく。
「入居希望者は一旦兵舎に留まってもらって身元を洗っておこう。
北部の村落はすぐに救援部隊を送って、この内容ならまだ余裕がある物資を回せば大丈夫。
南部の街はペステが動いていた街だから、すぐに代表者に会おう。あちらの都合をお聞きしてすぐに予定を組もう」
アルテは深く思慮したわけではない、しかし、その判断は常にもっとも正しい選択肢を選んでいた。
入居希望者には少なくない工作部隊が混じっており、身元を確かめられ拘束された。
村落は援助にいたく感謝し、周囲の村落を説得して回り多くの村と街がピースメイカー軍に加わることになる。
南部の街の代表者は切れ者で、自らの扱いによってピースメイカー軍に対する態度を決めると考え、場合によっては帝国と組んで牙をむく可能性もあった。
しかし、アルテは相手に礼を尽くしながら最大限の誠意をもって対応してくれた、そのことに感銘をうけた代表はアルテに忠誠を誓うことになった。
この街は外海に面しており、特に隣国からの輸入品による交易によって莫大な財を成していた。
しかし、この代表者はその手腕を利用してその財を巧みに隠匿、投資などによってさらに莫大な財を築いていた。
しかし、帝国内において個人の財は全て帝国に帰すものとされ、平民で商人である代表者から簡単に奪い取られてしまう。その代表者はその財の存在を知らせ、一つの質問をした。
「アルテ様、私の財をどうなさいますか?」
「……どうもしない。貴方の才で得た財を私がどうこうすることはない。
貴方が投資している農業、学問、それに孤児院……どれも民に必要な物。
これからも貴方の信じる道を進んでください」
その笑顔に、彼は天啓を見たと後に語っている。
「アルテ様、今この瞬間から私ヴァルゲン=ダーミッツ、陛下の忠実な臣下の末席に加えていただきたい」
「それはありがたい、貴方のような優秀な人が手伝ってくれると本当に助かる。
いやー、もう僕の部屋は山のような書類が溜まっていて、少し手伝ってほしいんだよ」
「ふふ……ハーーーーーーハッハッハ!!
私は真の主を得ました!! 閣下! その書類の山、3日と言わずにきれいさっぱり処理してみせましょう!」
その後、ダーミッツは2日で書類を全て処理し、残りの一日で政務室を整然とした美しさを取り戻した。
その処理された案件のすべては誰も文句のつけようもない完璧に処置されていたという。
アルテは、この一件で、ピースメイカー軍にとって最も重要な内政面での頭脳を手に入れることが出来た。
このような流れのすべてが、アルテの周りには流れていた。
アルテの直感はその流れを引き寄せ、彼の周囲に人と物をもたらしてくれていた。
その運命ともいえる流れはアルテの最も側にいるウォルの銀の毛並みを優しく揺らしている。
しかし、時に風は暴風となってアルテに吹き付けることもある。
ゴーガイアム軍を破って3年目の夏、帝国を過去に例を見ない猛暑が襲うことになるのであった。




