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38話 不穏な足音

 サーザランドの戦いは、帝国全土に大きな衝撃となって伝えられていった。

 猛将であるゴーガイアム率いる大群が、圧倒的少数のピースメイカー軍によって撃破され、ゴーガイアム将軍が捕らわれの身となった。

 同時にゴーガイアム軍が今まで行っていた数々の非道、さらには自軍兵士に対して人質を取って意に従わせるやり方、奴隷を物のように扱う戦い方が、事細かに伝え広げられていった。

 これはもちろんペステの手の者による情報操作も含まれていたが、その必要もなく、事実が当たり前のように広がっていっただけという側面もある。


「……やはり、被害も大きいな……」


 戦後処理に当たっていたファーンの顔色は良くなかった。

 身内を人質に取られていた兵士たちの離反、奴隷兵士たちの離反によって大混乱を起こしていたゴーガイアム軍と戦ったために、勝利を手に入れることは出来た。

 さらには早期にアルテが敵将を捕らえたことによって戦闘が集結してくれた。

 それでも、それだけの好条件の元で戦ったピースメイカー軍であったが、被害は大きかった。

 ゴーガイアム軍、正規兵はやはり精強で、多くの被害をこちらに与えていた。

 

「兵士数だけで言えば、戦後の方が我が軍に合流した数の方が被害よりもはるかに大きい、今回の戦闘の規模を考えれば信じられないほどに犠牲も少ない……だが……」


 それでもアルテ様が悲しむ顔がファーンの脳裏にありありと映し出されていた。

 そして、それはその被害を報告した時に、目の前に現実としてファーンの瞳に映されるのであった。


「そうか……彼らの家族には、私を助けてくれたとくれぐれも伝えてほしい……」


 覚悟はしていた。それでも、やはりアルテにとって人々が犠牲になることは自らの体が傷つけられることよりもつらかった。

 それでも下を向くわけにもいかない、犠牲になった人間たちの想いを繋ぐためにも、アルテは前に進まねばならなかった。そしてそのことを誰よりもアルテ自身が理解していた。

 悲しみは、胸に刻み、拳を握って前に進んでいく。

 傷ついた心に寄り添うかのようにウォルはアルテの隣でその身を寄せる。

 その体の温かさが、何よりアルテの心を癒してくれていた……


「アルテ様、北方の戦いも我が軍が勝利したとの知らせが先ほど届きました。

 本当にお疲れさまでした」


 ファーンが優しく声をかけてくれる。


「帰ったら、一緒にベリオン様に怒られましょうや!」


 マギウスもニカっとアルテに笑いかける。

 兵士たちも、皆アルテを心配してくれている。その想いはアルテにしっかりと伝わっていた。

 

「ありがとう……」


 アルテは簡単ではあるが、様々な思いをその言葉に込めていた。

 


 戦後の処理はファーンとマギウスが中心になって迅速に執り行われていく。

 裏ではペステの部下たちが様々な諜報、情報操作を行い、ゴーガイアムに支配されていた周囲の都市もピースメイカー軍に恭順を申し出ていた。

 人質であった者たちも解放され、全ての奴隷たちは自由の身となった。

 アルテは全ての敵兵たちに自分たち自身に今後の身の振り方を任せていた。

 略奪など、重犯罪を犯したような兵たちは厳正に裁かれたりはしたが、無理にピースメイカー軍に参加を強要するようなことはしなかった。

 結果として、正規軍の一部は帝国軍へと帰っていき、多くの兵がピースメイカー軍に参加を希望した。


「アルテ様、何とか生きて戻ってきました!」


 特に、今回の戦争において大きな働きを示したマルス、マルス=ヴァイツェンは大きく遇されるのであった。


「マルス=ヴァイツェン! 汝の働きによってわが軍はゴーガイアム軍との戦闘に勝利が出来たと言っても過言ではない、そなたが望むなら相応の地位を持って軍に向かい入れるとアルテ様はおっしゃっている」


「私のようなものにそのような寛大なお言葉をいただき、恐縮ですが……

 私は軍に戻るつもりはありません、弟と故郷に戻って畑を耕す生活に戻りたく思います」


「そうか……マルス、ゆっくりと故郷で過ごせる国を作るよ。

 本当にありがとう」


 激闘の中、最前線で事実を叫んだマルスは戦闘の中で左手を失った。

 アルテは彼の功績を大いに讃え、褒美を与え、彼の村を守ることを誓った。

 マルスは、ようやく彼の最も大事な弟と共に辺境の小さな村で静かにその生涯を過ごしたという。


 戦後処理で最大に厄介な問題はゴーガイアム将軍の殊遇についてだった。

 ピースメイカー軍の内部でも、すぐにでも処刑するべきという意見と、絶対的な帝国の反攻を誘うので交渉材料として開放するべきという意見に分かれていた。


「ペステ殿はどう考える?」


 ある程度の戦後処理を終えたころ、ペステがアルテ達と合流した。 

 戦後の政治的判断の助言を得られる場面が増えるだろうというベリオンの指示だった。


「……非常に難しいですね。どちらの手段をとっても得る者が薄すぎます。

 解放したところで本格的な反攻がされないわけがないですし、あちらからすればこちらの要求に答える義理は無い、むしろ要求を先延ばししながら着々と我らを滅ぼす準備をされるでしょう。

 だからと言って処刑を行うのも、それを利用して我らの名を貶めることは間違いないでしょうし、歴戦の、ある面英雄である将軍を処刑すれば、帝国の古い方々は我らを強く恨むことになります……」


「……厚く遇して解放するか……」


「し、しかしそれでは!?」


「ファーンの言いたいこともわかっている。わかっていてマギウスはそう言っているんだよ」


「アルテ様はどうお考えですか?」


「処刑はやめよう。交換条件も、相手はこちらを地方の反乱軍程度にしか考えていない。

 むしろ非道なゴーガイアムって喧伝される方がめんどくさいだろうから、送り返しちゃおう。

 彼の罪は、その両腕で支払ったよ」


 覚醒したアルテの一撃で、ゴーガイアムの両腕は砕かれた。

 彼は一生涯武器を握ることは叶わないだろう。


 こうして、サーザランドの戦いは収束していく。

 ピースメイカー軍にとって大きな勝利、しかし、その大きすぎる勝利が新たな苦難をピースメイカー軍に運び込んでくるのに、長い時間を必要とはしなかった。




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