36話 急襲
アルテ達はすぐに部隊を結成し、夜を待って大きく迂回をして敵軍の背後へと走った。
マルスという青年が、無事に元の軍へと戻り、周囲を説得し、協力を受け、そのことが露呈することなく人質たちを解放する。こちらの戦力はごく少数、一つでもボタンを掛け違えれば、アルテたちの命数は尽きることになる、綱渡りの作戦だ。
「アルテ様、指定された位置に部隊がおりました。人質も確認しました……酷い有様です……」
ファーンが苦虫を噛み潰したような顔で報告してくる。
「あんな鉄柵に押し込まれて、排泄の場もねぇのかよ、糞が!」
「グルルルルル……」
マギウスもウォルも怒りに歯を噛み締める。
「一刻も早く解放してあげよう、敵の配置は?」
ファーンは偵察で得た情報を地面に描いていく。
まさかこの場を襲われるとは思っていない敵軍はそれほどの防備を敷いていない。
すぐにマギウスが兵たちに配置と作戦を指示する。
いくら守護する兵が少なくても、アルテたちの方が寡兵、奇襲速攻以外に手はない。
「ふあ~~、どーせだれも来ねーんだし寝ちまってもいいんじゃねーか?
まったく、なんでこんな場所に配備になったか……暇だし、くせーし、やってらんねー」
「そういうな……人質を取られて特攻させられるよりましだろ……しかも、人質がこの扱いじゃぁな……」
「まったくだ……親が偉い人間で感謝感謝、あーあ、また糞漏らしやがって、くっせーなー……」
「ん? なんか今、動かなかったか?」
「あー? どこが、ガァ!?」
「どうしグフッ!」
一人は首を切られ、一人は心の臓を貫かれ一瞬で絶命する。
遺体はまるで眠りこけてるように座らせて、次の獲物を狙う。
テントで寝ていた兵は、二度と目覚めることは無く命を落とす。
見張りも、ファーンとマギウスの秘蔵の兵たちによって次々と物言わぬ塊になる。
「てっ、てきしゅうぐっ!!」
運悪く遺体を発見したものも、闇をかき分ける獣の影と交叉して崩れ落ちる。
暗闇の中で、短い悲鳴があちらこちらで聞こえる。
そんな中、人質である奴隷たちも状況の異常さに感づいてざわめき始める。
「ごめんなさい、もう少しだけ、静かにしていてもらいますか?
すぐに助けますから」
不安をかき消すような、優しく爽やかな声がする。
不思議とその声を聴くだけで今自分たちが置かれている最悪の状況を何とかしてくれるという安心感があった。
しばらく、静かな戦いは続く。
ごくわずかな抵抗を受けたが、無事に場の制圧に成功する。
「お待たせ。今から皆を助けるけど、静かに、落ち着いてね」
「あ、あの……どなたかわかりませんが、我々は皆、紋を刻まれております。
もしこの檻から出れば命を落とすことになってしまいます」
「大丈夫。……奴隷紋よ……退け!」
人質たちを熱い風が吹き抜けたような気がする。
そして、自分たちに刻まれた禍々しい紋の気配が無くなっていることに気がつく。
「なんと……奇跡だ……」
「ああ、すみません。お静かに。今扉を開けます」
「あっちに水を用意している。嫌でなければ兵士たちの着替えもある。
ただ、あまり時間は無い。急いでくれ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
人質たちは口々に感謝を伝え自分たちを包む汚れた衣服を着替えていく。
子供や女性、高齢者まで、人質となればどんな者も利用していた。
「わずかで済まないが、食事もある。さぁ落ち着いて。もう大丈夫だ」
ファーンやマギウスも人質の介護を手伝っている。
「……正直腱が斬られていなくて安心しました。これなら移動できますね」
「夜明けが近い……あちらが上手くいっていればいいが……」
人質の救出は成った。あとはマルスを信じるしかなかった。
人質を連れての移動はかなりの危険を伴う。
それでも、マルスが必死に今動いていくれている、そして、人質の無事を兵士たちに示さなければピースメイカー軍の勝機は訪れない。
闇夜の中を人質たちを連れての決死の移動が始まる。
日が出るまでの間に、なんとか敵部隊のいる場所を越えなければアルテたちは敵軍の中で孤立してしまう。
「高齢者と子供はうちの者たちが背負う、行こう」
「ウォルもありがとう」
ウォルの背には子供が嬉しそうにしがみついている。
皆いまだ不安は取り除けていないが、希望に向かって一歩一歩足を踏み出して進んでいる。
「マルス……こっちは約束を果たしたぞ……」
アルテはマルスの決意の籠った瞳を思い出しながら進んでいく。
人質たちは暗闇の中を進んでいる、順調な速度で、異常と言ってもいい速度で進んでいる。
「……これは……アルテ様のお力か……」
ファーンは自分たちや人質たちを包み込む優しい光の存在に気がついていた。
勇気が湧き、力が湧き、足を軽くさせた。
暗闇を怖がることもなく、一歩また一歩と皆を進ませていたのは間違いなくアルテの力だった。
精鋭部隊で向かった時とほぼ同じ速さで行軍している事実に、アルテ自身は気がついていなかった。
「見えた!」
砦の姿が見て取れた。
地平線が赤く染まり、朝日が間もなく昇ろうとしていた。
敵陣を抜け、砦が見えた段階で、作戦成功の合図を送る。
照明弾が上げられ、空にまばゆい光がきらめいて落ちていく。
「……マルス……」
しばらくすると、敵陣から煙が上がる。
同じような照明弾が敵陣からも上がる。
「よし、僕たちは本体と合流してこのまま敵陣を攻める。
ファーンは皆を砦まで頼む」
アルテはウォルに跨り、砦へと駆けだしていく。
「俺もお供しますぜ!」
マギウスもそれに並走する。
砦の正門が開き、兵士たちが進軍を開始する。二人はその部隊と合流する。
「全軍突撃! 非道なゴーガイアム軍を殲滅するぞ!!」
サーザランドの戦いの決着の時は近かった。




