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35話 決意

 木の砦のはずなのに火計が通用しないとわかると、ゴーガイアム軍の動きが止まる。

 本来なら数の上で圧倒しているのだから、正攻法で攻められるのがピースメイカー軍にとって最もつらかったのだが、謀略や一方的な惨殺、奴隷戦術など、捻くれた戦術で戦ってきたゴーガイアム軍はすっかり目が曇ってしまっていた。

 そこに奴隷解放などという荒唐無稽な出来事が起きたせいで、完全な思考停止状態に陥っていた。

 ある程度まともな士官が数に任せた正攻法を進めても、何かあったらどうする!? などという実のない返答をされて激しく叱責されてしまうというありさまだった。

 見えない敵と叩き始めたゴーガイアム軍の動きは完全に止まる。

 一方ピースメイカー軍も予想外のゴーガイアム軍の停滞に困惑する。

 数ではこちらがまだ圧倒的な劣勢であることは間違いない。ここでゴーガイアム軍が行軍を止める理由が思い当たらなかったのだ。

 謎の膠着状態を打開したのは、夜にピースメイカー軍に訪れた投降兵だった。


「奴隷から解放できるというのは本当か!?」


 二人の兵士はアルテやマギウスらに囲まれていても毅然とそう尋ねてきた。

 その瞳の奥には確固たる決意を感じる輝きがあった。


「それを聞いてどうするつもりだ?」


 マギウスが口を開く、殺気を含んだ詰問だ。


「もし事実なら、俺は、この命を懸けてこの軍の力になれる。

 ……家族を、救いたいんだ……」


 まっすぐとマギウスの瞳をにらみ返す。改めてみれば、まだ20もそこそこの若い男の兵だ。

 隣の男は落ち着きなく若い男のそばで震えている。


「僕は確かに奴隷紋を消す力を持っているよ」


「証明してもらっていいか、ほら、キーラ……」


 若い男は隣の男のかぶっていたフードを外す。首元には禍々しく奴隷紋が刻まれている。


「今ここでこの奴隷紋を消してもらいたい、そうすれば、俺はゴーガイアムの野郎からその戦力の大半を削り取る。必ず、約束する!」


 アルテはファーンとマギウスに目配せをする。二人も反対しない。

 アルテは意識を集中し、禍々しい紋を退ける。誇らしげにウォルも尻尾を振っている。


「ほ、本当に……」


「に、兄ちゃん……」


「ありがとう、ありがとう……」


 二人の青年が抱き合って涙を流している。


「キーラ、幸せになるんだぞ?」


「え? 兄ちゃんも……ぐっ……」


 キーラと呼ばれた少年は突然の攻撃に抵抗も出来ずに気絶させられてしまう。


「どうか、キーラをよろしくお願いします」


「君はどうするつもり?」


「私はこの事実を仲間に伝えます。上手く戻れるかはわかりません、それでも、このご恩に命を懸けて報いてみせます」


「……名前は? 君の名は?」


「マルスと言います。申し訳ございません名乗ることもせずに……

 わが軍は多くの兵が家族を人質に取られています。

 しかし、奴隷を解放できるとなればきっとお力になる者も出てきます」


「人質は後方の陣にいるんだったな?」


「はい、立場の高いものは町にいる場合もありますが、ほとんどの場合は背後で人質をちらつかせられながら戦っております。正確な位置もお教えいたします。どうか、どうか彼らを救ってください……」


「罠ではないのか?」


「……今のゴーガイアムの元にこんな綺麗な罠を張るものはいませんよ。

 一方的に暴虐の限りを尽くせない相手に狼狽える情けのない兵ばかりです……

 もし、もし、生きて再び相まみえるのでしたら、新しい時代を作る手伝いをしたいものです……」


「マルス、また会おう」


「はい、次に会うときは陛下の臣下となりましょう」


 青年は決意を胸に部屋を出て行く。

 ウォルが心配そうにアルテを見上げる。


「そうだね、彼の想いに答えないとね……ファーン、マギウスすぐに作戦の立案にかかるよ。

 提示された敵の捕虜設備を急襲する!」


 すでにファーンもマギウスもアルテが前線に立つことを止めることは出来なかった。

 アルテはすでに決意してしまっていた。

 マルスという青年に託された思いを守ることを。


「しかし、これはかなり困難な作戦ですね。我らは寡兵、敵本体を迂回して背後をつくにしても回せる兵数は少なくせねば発見されるリスクも高い……」


「本来なら本体に一部兵をぶつけて陽動してその隙に背後をってのが定石だが……その兵が作れない」


「そもそも、砦でこもることを前提としているから少数の兵で対応できるのですから……」


「マルスの話だと後背の陣には奴隷監視の少数の兵と魔紋使いだけ、一気に僕が奴隷紋を解除すればいいわけだから……」


「……本来は止めるべきなんでしょうが、そうなるんですよね」


「全くうちの大将は……わかりました。我が隊の最精鋭とファーンの手ごま、それに……」


「私もお手伝いします。ペステ様のご子息を守ることが私の使命ですから」


 ペステの部下で最も信頼の厚い男がいつの間にか壁際に控えていた。


「助かります。……20名と言ったところですか……戦いが終わったらベリオン様に叱られますね」


「仕方ねーよファーン、一緒に拳骨食らおうぜ!」


「ボクも一緒に喰らうよ、ファーン、マギウス。ありがとう」


 こうして、結局アルテは大きな危険を冒して少数精鋭での作戦行動を取ることになる。

 ゴーガイアム軍との戦闘のカギを握るマルスという青年の成果にピースメイカー軍の命数は握られるのであった。


 

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