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34話 母からの知恵

 ぶすぶすと残り火が残る戦場を奴隷たちは駆けていた。

 空からはピースメイカー軍の弓が降り注ぐ戦場を。

 背中には油を満載したツボを背負っている。

 火の粉が散り、弓矢が降り注ぐ戦場を燃料を背負って走る。

 正気の沙汰ではない、しかし、奴隷である彼らに断る権限はない……


「狂っている!」


 アルテの握るこぶしが震えている。

 次々と打倒されていく奴隷たち、背に担ぐツボは割れて火の粉が炎を舞い上がらせる。

 敵軍の狙いは砦に対する火計なのはわかるが、方法があまりにも酷かった。


「いくらでも他に方法があるだろう!?」


「……アルテ様、お気づきだとは思いますが……これは陽動でしょう……」


「わかってる!! ……ごめん……」


「いえ、アルテ様のお怒り、ごもっともです」


「アルテ様、火計部隊の一部が、塀に届いたようだぞ!」


 砦を囲う塀、その一部に達した奴隷は背負うツボを塀に叩きつける。

 大量の油が塀にこびりつく、そして、名も知れない奴隷は自身の最後の仕事を行う。


「火よ……」


 辛く長い奴隷生活からの解放、首に刻まれた刻印が炎を起こす。

 これで彼の家族には多大なる恩賞と自由が与えられるはずだ……

 彼は、彼自身はその身を炎に包み、満足して、逝った。


 その光景を遠見筒で見ていたゴーガイアムは口角を醜く引き上げた。


「まさか第一部隊がたどり着くとはな……これで砦は火の海だ……」


 燃えさかる油、木製の塀や砦はに移った火は、あっという間に忌々しい建造物を真っ黒な炭へと変える。ゴーガイアムも、その副将もそう確信していた。

 黒煙を吐いて燃え盛る炎、その炎が砦の一部どころか塀も燃やさずに治まっていく行く姿を見るまでは……


「どういうことだ!?」


 塀は黒く変色はしているものの、あれほど激しく燃え上がっていた炎によって焼け落ちることもなく健在だった。

 ゴーガイアムの困惑は軍全体への統率の乱れという形でピースメイカー軍も知ることになる。

 起死回生と打った作戦が思い通りにいかないだけで統率が乱れる程度の軍であれば、数の不利は覆せるとファーンが思ったのはこの時であった。


「うちの木材は全てシリンの実の果汁を塗ってあるから燃えない……そもそも燃えやすい木製の砦のそばで火を使っている時点で少しは疑問を持たないもんかね……」


 マギウスは半ば呆れ気味につぶやく。この知識もアルテがははから得たもので、森に生えるシリンと呼ばれる実の果汁をたっぷりと塗って乾かすとかなり強い防炎効果が得られる。


「アルテ様、敵軍の統率は低く、さらには指揮官と兵士の間で意思の疎通ができてないと見受けられます。このチャンスにかき乱しておけば今後の戦いに有利になります。出陣をお許しくださいませんか?」


「無理はしないよね?」


「はい、正直無理をする必要もありません。

 すでにある亀裂にくさびを打つ程度です」


「わかった。ファーンを信じるよ」


「ご期待に沿うよう努力いたします」


 ファーンはすぐに準備を開始する。兵士に明確な目的を示して具体的な方法を提示する。

 それによって得られる結果をきちんと説明して、そのために必要な行動を各人に徹底させる。

 兵士を軍として利用する考えかたの根底が異なっている。


 機動性を重視した兵で構成した集団を構成してゴーガイアム軍の火計部隊を引き裂いていく。

 当たり前の話だが、この火計部隊に戦闘能力は皆無だ。

 使い捨ての陽動以外に役目はない。


「殺すな。敵であってもだ」


 油壷を破壊し砂をまいて回る。ファーンの出兵の目的はそれだけだ。

 この砂は火刑に用いる脂と反応して塊になって燃焼性を著しく低下させる。

 これもアルテが教わった知恵の一つだ。

 火計部隊は意味もない特攻をする必要もなくなり、敵軍から見れば殺されて当然の兵士が除名されているように映る。

 人間を人間とも扱わず使い捨ての道具として扱うゴーガイアム軍の中に生まれた不和は、ピースメイカー軍の、当たり前ともいえる人道的な行動によってさらに深刻なものになる。

 しかし、ゴーガイアム将軍やその周囲のイエスマンはその事実に気が付けない。

 彼らにとって兵士なんてものは同じ人間とも思っていない、消耗品に過ぎないのだ。


「なんだあいつらは、馬鹿じゃないのか?

 よし、そのまま砦に突入させて自滅させて一人でも敵を殺させよう!」


「さすが将軍! 魔紋師準備せよ!」


 彼らがより愚かな行動に出る前にアルテたちは動く、ファーンの行軍に一切攻撃が来ないことを確認したアルテはウォルにまたがり火計部隊の奴隷紋を開放して回ったのだ。


「もうわかっただろう!?

 奴らは兵を道具としか見ていない!

 貴様らの忠義をささげる相手をよく考えるのだ!」


 奴隷兵たちは自分たちが奴隷から解放されたことが信じられなかった。

 さらには命を奪われずに陣へと返されるのもまた信じられなかった。

 自分たちが侵略した村に対して自らが行ってきた行動が、あまりにも残虐であったからだ。

 

「なぜ戻ってくるのだ!? 敵軍に突撃させろ!」


「そ、それが、呪紋が反応しません……」


「馬鹿な! そんなことがあるわけがない!! ええい! 見せしめだ! すべて殺せ!!」


 散り散りに逃げている奴隷兵たちの呪紋を発動し、炎に包まれる。はずだったが、実際には何も起こらない。


「どういうことだ、なぜ紋が発動しない? まさか奴隷紋を無効化するのか?」


 帝国軍にきちんとした情報伝達システムがあれば、この事態も予想できたはずだった。

 もちろんペステの手のものが情報に虚実を混ぜていることも影響していたが、それでもあまりにも各部隊が自分勝手に動いている結果だった。

 そして、奴隷紋を開放するという事実が、ゴーガイアム軍に及ぼす影響は、少なくない、いや、大変に大きいのだった。


「これなら……ピースメイカー軍なら、家族を解放できるんじゃないか!?」


 ゴーガイアムの軍兵士の間に、最大の爆弾が落とされるのだった。


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