33話 非道な兵器
戦争は予想通り、最悪の展開で開始された。
「想定通り、バーサーカー部隊が前面に出ていますね。
狂化されたら最後、地獄絵図になるでしょう……」
ファーンが苦々しい表情で報告する。
たとえ砦を築けていても、狂化した戦士たちは文字通り狂ったように破壊の限りを尽くすだろう。
生身の人間では到底太刀打ちできない狂戦士たちの前にたくさんの屍を築くことになる。
そして、狂化されていない奴隷兵たちも、死を意味する狂化をされないために死に物狂いで襲い掛かってくるのは疑いようもなかった。
「アルテ様、お辛いとは思いますが、わが軍の兵を悪戯に消費させないためにもアレを使います」
「……わかった」
アルテには甘いところがある。部下としてはその甘さ、優しさは敬愛すべき部分だが、戦争においてはその優しさが命取りになることをよくわかっている。
あえて、厳しいことを言ってその優しさを取り払うことも必要だった。
「なんだ! 敵は恐れをなして引きこもるだけか!?
突然砦が出来たのにはおどろいたが、わが軍にあのような板切れは無意味だと思い知らせてやれ!」
ゴーガイアム将軍は苛烈で残虐な将軍ではあるが臆病者ではない。
進軍する前線のすぐ後方で自分たちの出番を待ち、崩れた敵軍にとどめの一撃を食らわせる準備を怠らない。自身も勇猛な武力を誇る武人だ。
周囲の兵たちとピースメイカー軍の行動をあざ笑っていた。
奴隷兵たちが防壁の近くまで進軍した頃、矢の一本も打ってこなかったピースメイカー軍に動きが現れる。そもそも、せっかくの砦を作って弓矢による迎撃がなかった時点でもっとゴーガイアム軍は注意するべきだったのかもしれない。
防壁からゴロゴロと干し草の塊のようなものが奴隷兵に向かって転がってきた。
「フアッハッハッハ! なんだあれは!? あれで我が兵を押しつぶそうとでもいうのか!?」
ごろごろと転がる様を見てとうとうゴーガイアム軍の兵士からも笑いが起きてしまう。
奴隷兵も、転がってきた塊を簡単に受け止める。
受け止めた兵士の体にべちゃりと液体が付着した。
「ん? なんだこれ?」
その液体の匂いを嗅ぐ兵士たち、意にも介さずに進軍を続ける兵士もいた。
その頭上に突然無数の火矢が降り注いだ。
「こ、これは、油?」
地面に落ちた火矢は転がる牧草のから滴り落ちた油に火をつける。
塊に直接刺さる火矢もあり、猛烈な勢いで牧草の塊が燃え盛る。
「おのれ、小癪な!」
進軍しようと思った先に炎の壁が出来上がってしまった。
そして、次の瞬間……
ボンッ!! という破裂音と共に次から次に牧草の塊がはじけ飛び、大量の火の塊が広範囲に飛び散った。
「うおっ! 火が! 火が!!」
突然周囲一面が炎に包まれる。
塊から細かくわかれ、一気に酸素と触れ合った牧草と油は急速に燃え上がる。
何もない場所で体にこびりついた油を落とすこともかなわず、多くの奴隷兵たちは炎に飲まれていく。
一気に熱せられた大気は焼けつくような温度になり、直接油を被らなかった兵士たちの肺を焼いていく。もうもうと上がる黒煙で視界も奪われ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。
第二陣に構えていたゴーガイアム軍本隊には火の手が届かなかったが、奴隷兵たちの大多数がその炎に巻き込まれてしまった。
「お、おのれ! すぐに狂化させて突っ込ませろ!!」
魔道士が狂化の呪いを発動するも、時すでに遅し、いくら狂戦士と言えども活動には酸素が必要だ。
狂戦士化して雄たけびを上げ、次に息を吸い込めば絶命してしまう……
それでも、全身を火に包まれた兵士がいくらか接近してきて倒れていく光景はピースメイカー軍に恐怖を植え付けた。
「憶するな!! 我らが策で狂戦士は討ち取った!!
アルテ様が兵たちを思ってこのような非道な策まで使ってくださったのだ!
その想いに報いるのが我らの役目であろう!!」
マギウスの檄に兵士たちの間に広がりかけていた恐怖は霧散する。
同時にウォルが遠吠えを上げる。
砦から矢の雨が動揺広がるゴーガイアム軍へと降り注ぐ。
「この距離で届くのか!? 引け! 一旦距離を取るぞ!!」
ゴーガイアムは無能ではない。
現状、初戦の完全な敗北を理解し、しっかりと距離を取り直した。
奴隷兵、狂戦士が息絶えようとも数の上では圧倒的優位であることは間違いない。
使い捨ての武器が使えなくなったに過ぎないのだ。
「あのまま攻め込んでくれれば楽だったのですが……そう、上手くは行きませんね」
炎が収まってきたきた平野には焼かれた大地と大量の屍が晒されている。
アルテはその光景にこぶしを握り締めたが、屍を弔うことは今は出来ないことも理解していた。
「皆、狂戦士の脅威は取り除けた……しかし、戦いはこれからだ!」
おおおおおぉぉぉぉ!!!
兵士たちの士気は高い。
日頃のアルテの行動が、今回の作戦行動に含まれる重い覚悟を読み取らせ、兵士たちのアルテへの忠誠心へと変わっていく。
一方ゴーガイアム軍では怒号が飛んでいた。
「なんなんだ! あんな兵器は見たことが無いぞ! それに、狂戦士は無敵ではなかったのか!!
あっさりと殺されおって! 奴隷だってただじゃないんだぞ!」
「ゴーガイアム様、お怒りはごもっともですが、奴らは奴ら自身で砦の攻略方法を教えたようなものです」
「ん? どういうことだ?」
「奴らの砦は木でできております。火を放てば簡単に燃え落ちることでしょう。
狂戦士は失いましたが、奴隷はまだいます。
奴らに油でも背負わせて突っ込ませればよろしいかと……」
「なるほど……奴らにも同じ目に合ってもらうのか、いいだろう!
さっさと準備しろ!」
「ははっ!」
ゴーガイアム軍はゴーガイアムの機嫌を損ねれば奴隷落ちすることも珍しくないことで、兵士たちを恐怖によって縛り上げて来た実情がある。
奴隷になれば完全な使い捨てになるという明確に突き付けられた事実が、軍内部の兵士たちに不穏な空気を流したことに、当のゴーガイアムが気がつくことは無かった。




