第3節:MPL
「トキの使ってるクスリって、普通の薬なの?」
「違法ドラッグかなんかだと思ってたのかよ」
冗談交じりに元々悪い目つきを睨むようにしかめながら、トキは口の端を上げた。
「認可されちゃいねーから合法でもねぇが、れっきとしたお薬だよ。言っただろ? 拒絶反応を抑える薬だってよ」
と、トキは自分の機械で出来た腕を叩いた。
「トキみたいな人に使うクスリなのね?」
「クスリ自体も少し特殊でね。その特殊さが問題なんだ」
口を挟んだウォッチは、指先を、テーブルに何かを書くように動かしていた。
遠くに向けられた目を見ると、データベースだという頭の中から何かを引っ張り出しているのかもしれない。
「セイルテムは、特別希少な媒体って訳じゃない。だが、通常の調合には使わないからまだ生産圏と生産量が少ないんだ。十年ほど前に開発され、つい二年前に認可された外傷面の壊死に関する内服系特効薬を調合するのに使用される。ミコトちゃんは、義肢についての知識はあるかい?」
「あんまり……」
白金の主要な仕事ではあるが、ミコトの役目に医療や福祉的な知識など必要なかった。
「義肢は、現在では感覚の再現すら行える精巧なものが出回っている。だが、感覚の再現を行う為には神経系の再現が必要不可欠で、取り外しに関連して強烈な痛みを伴うという副作用があった。言うなれば、メンテナンスの度に四肢切断レベルの痛みを与えるような、極めて危険な施術だ。仮に麻酔で眠らせたところで、ショック死する可能性があった」
ウォッチはトキに目を向けながら言う。
彼の手足はどうみても機械であり、義肢に関する知識がないミコトから見ても異様である事は間違いなかった。
「最近の義肢は、それとは分からないくらい人体に近い外見をしてるよね?」
「そう。それが白金がのし上がれた理由だ。奴は有機的な義肢の開発に成功したんだ。クローン培養によって自分の肉体の一部を複製するタイプの義肢は、倫理的な問題で各国で違法とされている。それに代わって現れたのが、メタリカルプランテッドリム……通称MPL。さっき話に出たレアメタルを融和した、植物由来の植鋼化合物の義肢だ」
「性能や人体との適応率はクローン培養に劣るが、それでも完全機械系に比べりゃ使い勝手はいい。中に血を流す事で細胞みたいにエネルギーを補給して新陳代謝を行うから、取り付けた奴が生きてる限り半永久的に動き続ける。ある種の移植だ。内臓に関してはまだ研究段階らしいが、出来りゃ国内最大企業になるのも夢じゃねぇな。作り方の権利は特許で、奴は実際、何もしなくてもカネの入る立場にいる。その上で、まだ働いてんだからカネの亡者だよな」
「話が逸れてるぞ。特効薬以外に、MPL関係でセイルテムにはもう一つ使い道がある。もう一つというか特効薬の派生に近いんだが、トキのクスリを作るのに使われているんだ」
「じゃあ、トキのクスリを量産する為に白金はセイルテムを大量消費してるのね」
「いいや、奴が消費してるのはもっと前の段階―――トキのクスリを『作る』為だ」
ウォッチの否定に、ミコトは混乱した。
「えーと……トキのクスリは、白金が作ったものじゃないの?」
「ややこしいだろ? 俺のクスリは確かに奴の膝下で作られたモンだが、ヤツはこの手足の作り方は知っていても、クスリの製法を知らない。知ってる奴が作り方を消したあげくに、くたばっちまったからな」
「トキの手足は、見ての通り特殊だ。MPLを基礎としてはいるが、実際には別物と言っても過言じゃない位に性能が良い。だが代わりに、あのクスリを打ち続けなければ死ぬ。だから奴は量産の為にクスリを作り出そうとしているんだ」
「……クスリを打たなきゃ死ぬのは、拒絶反応でって事よね?」
「そういうこった。ま、クスリは一種の潤滑油だな。この手足はレアメタルの含有量が多いせいで接合面の壊死が起こる可能性も高い上に、ただの免疫抑制剤と特効薬の併用じゃ拒絶反応を抑制出来ねぇ。しかも併用の場合は免疫力が低下するから感染症の危険もある。それを一気に解決するのが、俺の打ってるこのクスリってわけだ」
トキは、ポケットから例の注射器のようなものを取り出して振った。
チャプチャプと音がする。
「名もなき夢のおクスリさ」
トキはクスリを仕舞い、ウォッチに訊いた。
「んで、そのセイルテムとかいうのは高いのか?」
「多少は高騰してるだろうが、手が出ない範囲じゃないな」
「ツテは」
「それも、ない訳じゃない」
ウォッチは指先でテーブルに何かを書くのをやめると、その指をトキに向けた。
「一人でお使いに行く時間だ」
「……ミコトは?」
警戒するように唸るトキに、ウォッチは両手を上げて掌を彼に向けた。
「お使いの相手は女性でね。提供者の機嫌を損ねる可能性は極力排除しないとな」
ミコトには、二人の視線の間でバチバチ散る火花
が見えた気がした。
トキが立ち上がり、テーブルに手をついてウォッチを見下ろすと、凶悪な笑みを浮かべながら見下すように凄む。
「お前が行けよ、おっさん」
ウォッチは背を逸らし、冷たく目を細めながら感情の浮かばない顔で言い返した。
「あの人は若い男が好きなんだ。俺よりクソガキの方が若いのは間違いない事実だよな? 散々人をおっさん呼ばわりするからな」
「どっちが行っても良いじゃない……」
ミコトの呟きは華麗に無視され、男たちは実に下らない理由でしばし睨み合いを続けたが、やがてトキの舌打ちと共に終わりを告げた。
「……俺の取り分は?」
「おいおい、タダ働きに取り分もクソもあるか。大体カネはあるだろ」
「ウェブマネーだろが。俺はキャッシュの方が好きなんだよ」
悪どい顔で笑いながら、トキは手を差し出した。
「昨日、一人寝が寂しくて裏カジノに行ったんだろ? で、夜中に帰ってきた寝起きの悪いウォッチ様がミコトが居るとはいえこの時間に起きてくるって事は、勝ったんだろ? それもアホみてぇによ」
「そんな訳ないだろう。トントンだよ」
見透かされたウォッチは、とぼけた表情で目を逸らすが、トキは引かない。
「観念しろよ、タヌキ親父。俺を騙せる訳ねーだろが。何年一緒にいると思ってんだよ」
「ったく、クソガキめ」
ウォッチは履いているジーパンの腰に手を回すと、ボケットから引き抜いたのは折られた札束だった。
普通に暮らしていたらまず目にしない最高額紙幣は、一枚で平均的なサラリーマンの給与を超えるくらいの価値を持つ紙幣である。
それが束で。
大勝ちどころの騒ぎではないレベルだ。
それを二枚引き抜いたウォッチは、叩きつけるようにトキの掌に押し付けた。
「毎度アリ」
「『アコーズ』に行け」
「どこだよ」
「『セプス』は知ってるだろ?」
「ああ、女斡旋してるしけた喫茶店だろ」
「マスターに伝えとこう。出禁を食らっちまえ」
「昨日辺りから女には困ってねぇよ」
「またヤる気なの?」
「気が向いたらな。で、そこ行って何すんだよ」
「『セプス』の裏にコーヒー豆を売る店がある。マスターの母親だ。店先のマダムに『今日の豆は良いか?』と聞け。銘柄はドルド産。交渉はそこからだ。上手いことやりゃモノをマケてくれる。残りがお前の取り分だ」
「はぁ? ちょっと待て、どれだけ仕入れるつもりだよ。これっぽっちじゃ白金の野郎に売れるほど買えねぇだろ」
「ところがどっこい、だ」
ウォッチは片方の眉を上げながら笑う。
「触媒ってのはそこまで高いもんじゃない。それだけありゃ倉庫満載買える。問題はセイルテムの額じゃなくて輸入量なんだよ。しかも卸や税関を通さない密輸品だ。正規で仕入れるもんより高くなるのは、モノ自体がヤバいか、質が低い場合だけだ」
「モノはヤバくねぇから、大して値が張らねぇって事か」
「500gで小麦より安い。クスリなんて元は二束三文だからな」
「ほぉ」
「その上、あそこのマダムは若い野郎とのお喋りが大好きだ。気に入られりゃモノはプレゼントになる」
「そういう事かよ……」
トキが嫌そうな顔をしたので、ミコトは訊いてみた。
「お喋りは好きなんじゃなかったの?」
「好みの女が相手ならな。一緒に来いよ。やる気が出るからよ」
トキが自分の胸に目をやるのを見て、ミコトは顔を逸らした。
「今から他の女を口説きに行く奴のナンパについていくような趣味はないわね。行ってらっしゃい」
「つれねーな、クソ! お高い女め」
頭をガシガシ掻きながらテーブルから体を起こし、トキは窓の外に目を向ける。
今日もあいにく雨だ。
「雨に濡れんの嫌いなのによ……」
「そうなの?」
金属の義肢だからだろうか、と考えて少し不憫になったミコトだが、その後のトキの発言で冷めた。
「タバコがシケるだろ。不味いんだよ」
「なんだ」
「やめちまえよ」
チェーンスモーカーなのだろう、既に5本以上吸っているウォッチが、さらに一本、これ見よがしに口にくわえる。
「お前が言うな、おっさん。大体俺が健康に気を使ってどーすんだよ」
「確かに」
トキは部屋に引っ込んだかと思うと、長袖ハイネックの黒シャツに防水ジャケットとグローブ、ライダースの防水パンツにブーツを身に付けて出てきた。
脇に、部屋に転がっていたフルフェイスを抱えている。
手足は完全に隠されていた。
流石にあの義肢を晒して外出する訳にはいかないのだろう。
「バイク乗るんだ」
「今度晴れてる日にタンデムデートしようぜ」
トキはミコトに投げちゅーを投げてから、事務所の方へ出ていき、しばらくしてバイクの高いエンジン音が遠ざかっていった。
「さ、俺もシャワーを浴びてくるか」
「ねぇ、ウォッチ」
「なんだい?」
「トキって、何であの体なのに、あんなに軽いの?」
ミコトの発言の何が面白かったのか、声を上げてウォッチが笑った。
「元々、頭の中身が軽いんだろうよ」




