↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〝代替品〟と死人の少女。  作者: メアリー=ドゥ
最終話:祭りの後に
24/25

終章(後):烏


「何で……」


 ミコトは、トキの消えたドアを見つめながら、呟いていた。

 クスリはない。

 時間もない。


 もう、彼の命には、誰の手も届かないのだ。


「何でなの……」

 そんなミコトの肩に、ウォッチが優しく手を添える。

「……行こう」

「何でなのよ!」

 ミコトは、ウォッチの手首を逆に掴み、怒鳴り声を上げた。

「何で助かろうとしないの!? どうして!? 助かる道があったのに! 実は死にたかった、なんて、トキにそんな言い草が、通る訳ないでしょう!?」

 ウォッチは、首を横に振るミコトの言葉に少し黙った後、溜息を吐いて告げる。

「君が生き残らなければ、トキの行動には本当に何の意味もなくなる。トキが死ぬのは百歩譲っても、君は絶対に生き残らなければならない」

「どうして!? 意味って何よ!?」

「―――これは、以前君とトキに聞かせた、リミトのメッセージだ」

 ウォッチは、以前に聞かせてくれたレコーダーを取り出して。

「あえて君には伏せた、最後の一言が遺されている」

 そのレコーダーを、再生した。

 声しか知らないリミトというウォッチの息子さんの声が、ミコトの耳に届く。


『助けてやってほしい。あいつ(トキ)と―――ミコトさんを』


 ミコトは、そのレコーダーから聞こえて来た言葉に、眉をしかめる。

「何で、私の名前が……? 私は、リミトなんて名前の人、知らないわ」

「そう。君は知らない」

 ウォッチは、疲れた顔をしていた。

 全てを諦めたような、力のなさを悔いるような声音で、懺悔するように言葉を続ける。

「リミトとトキは昔、この場所にあった遊園地で迷子になった君と出会った。君は覚えてないだろうが、そういう事が、あったんだ」

「……迷子」

 ふと、夢の事を思い出す。

 夢の中で、自分は迷子になって泣いていた。

 あの後どうなったのかを、ミコトは覚えていない。

「俺がいつものようにクソガキどもを連れて、遊びに行った時の事だ。リミトとトキが、君が泣いているのを見つけて、俺が保護した。そして、迷子センターに送り届けたんだ」

 ウォッチはふと白金の執務机に目を向けると、白金の死んだ部屋にあったコンソールを操作し、映像を探し出す。

 そこには、ふらふらと屋上へ向かう階段を登りながら、タバコに火をつけるトキの姿があった。


※※※


 トキは口の端を吊り上げて、煙を吐いた。

 なぁ、リミト、と、トキは心の中で死んだ幼馴染みに呼び掛けた。


 お互いに、初恋の女一人助ける為に、随分な手間ぁ掛けたな、と。


 トキは汗が流れ落ち、無精髭から滴る気持ち悪い感触を嫌って顎を拭い、右腕の付け根の痛みに大きく息を吐きながらも、足は止めない。

 だが、リミトよりメンドクサい思いをした分、トキは生き残ってリミトよりイイ目見た、と自分では思っていた。


 なんせ、ミコトを抱いたのだ。


 先にくたばったお前の敗けだ、とリミトの事を思い返すと、その渋面が思い浮かんで自然と笑みがこぼれる。

 元々、遊園地があったこの場所で、迷子になったミコトに声を掛けたクソガキ二人と、ツラだけは良いおっさん。

 だがただの迷子案内と違ったのは、クソガキ二人の内、賢い方の一人がその迷子に一目惚れした事だ。

 雲を掴むような、名前しか知らないその女の子を捜し出す為に、探偵をしていたおっさんに食い下がって行方を捜させた。

 そのおっさんがストーカーみたいに捜索して家を突き止めたというのに、住所を教えられた賢いクソガキは、彼女に声も掛けれずに時間が過ぎ。

 その内に、彼女が白金に嵌められて身柄を買われてしまった。

 彼女の実家だった店は程なく潰れ、そこでようやく彼女がどうなったのかを知った賢いクソガキは、執念で白金の企業の中に入り込んで。

 頭が悪い方のクソガキだったトキは、おっさんことウォッチと外から、どうにかミコトを取り返そうと悪戦苦闘した。

 そして先に、賢いリミトがくたばった。

 もう一人の頭が悪いトキの方も、同じタイミングで瀕死になった。

 だがトキは生き残り、親友が惚れた女を監視し続ける内に、自分までいつの間にか惚れていた事を自覚した。

 結局、頭が良かろうが悪かろうが、所詮二人ともクソガキだ。


 どっちも、たかが初恋の女一人助けるために、自分の命を支払うような特上のバカだった。


「まぁ、ミコトに比べりゃバカなりに楽しい人生だったさ。なぁ、リミト」

 トキは、ようやく登り詰めた屋上のドアを開ける。

 目に映るのは、高く中天に座す太陽。

 雲と青のコントラストも美しく晴れ渡る空と、綺麗に整えられた緑に囲まれたテラス。

 吹き抜けの屋上に良い風が吹いて彼の髪を心地よく揺らし、汗が乾いていく。

「いい天気じゃねぇか」

 腕を見ると、一分を切って詳細表示に切り替わったストップウォッチの残り時間は、もう十数秒。

 空を見上げて満足した想いを抱きながら、トキは胸いっぱいにタバコの煙を吸い込んで、吐き出した。


「最後の最後で、最高の一服だ」


 ピー、という簡素な音を立てたトキのストップウォッチが、00:00:00を指してーーー止まった。


※※※


「……トキ!」

 トキの姿がドアから屋上へと消えて、自分のストップウォッチが止まるのと同時にミコトは駆け出した。

 彼の登って行った階段を、全力で走る。

 死ににくい体でも、息が上がれば苦しい。

 でもその苦しみが、生きているという事なのだ。

 ウォッチから話を聞いて。

 トキとリミトの話を聞いて。

 ミコトはその上で、自分だけ逃げる気にはまるでなれなかった。


 ーーー何で、何も言わなかったの!?


 腹の立つ男だった。

 どんな時でもふざけて、挑発して。

 目付きも悪いし強引だし我儘だし勝手だしと、考え得る限りのトキの悪いところを内心で列挙しながら、駆け抜けたミコトは。

 ドアの向こうに倒れ込んだ彼の姿を見つけ、駆け寄って肩で息をしながら、その顔を見つめる。

 仰向けで、静かに目を閉じている彼を見ていると、涙がこぼれた。

「トキ……」

 ずっと、ミコトを見ていた、という彼の顔。

 一人で白金と戦っていたと、そう思っていたのに。

 ミコトは、最初から、一人ではなかったのだ。

「トキぃ……ッ!」

 ミコトは泣きながら膝をつき、震える手でそっと彼の頭を抱き上げる。

 ひどく人相の悪い、ミコト好みの顔は、まるで純真な子どものように見えた。

『奴は真っ直ぐなんだ、ミコトちゃん。真っ直ぐ過ぎて、絶対に曲がれない』

 強引なトキは、決着の付け方まで強引だった。

『クスリを量産させなかったのは、口でどう言おうと、俺とリミトの作った物を戦争の道具にさせない為だ』

 我儘なトキは、最後の最後まで我儘だった。

『俺たちから離れたのは、自分の死ぬ瞬間の無様な姿を、君には見せたくないと思ったんだ。見栄っ張りだからな』

 勝手な彼は、勝手に、ミコトを遺して逝った。

『トキは何も言わない。だから誤解も解けない。自分が居れば、君が本当の自由になれないと思い込んだんだろう』

 ミコトは、トキに覆い被さるように体を伏せて、彼の頭を抱き締めた。

「トキ……!」

 素直じゃなかった彼の名を呼ぶと。


「何だよ」


 と。

 返事が、あった。

 これまで生きてきて一番の驚きに、ミコトが目を見開いて体を離す。

 そのまま、彼の顔を見ると。 

 トキは、ひどく気怠げな顔で、うっすらと目を開いていた。

「しまらねー……いや、マジでダセェ……」

 トキが、心底うんざりしたように言い、自嘲的に笑みを浮かべる。

 黒い機械の腕が……セイルテムと死人の血の恩恵が消え去った瞬間に彼を殺した筈の右腕が、持ち上がり。

 そっと、ミコトの髪を撫でた。


「信じられねぇだろ? まさかの『適合』だ」


 適合。

 それは、WMPLが人体に馴染んだという事だ。

 ほとんど0%に等しい確率のそれが。

 今、この場で、トキに起こったと。

 彼はそう言ったのだ。


「嘘……」


 奇跡。

 そうとしか形容出来ない事態にも関わらず、トキは、いつも通りのトキで。

「生き残っちまったじゃねぇかよ。全く、メンドクセー」

 そしてトキは、空に目を向けて、笑いながら大声を上げる。

「リミトぉ! 絶対ェてめぇの仕業だろ!? 俺がミコトと寝た復讐のつもりかこのクソ野郎! これじゃまるで俺が道化(ピエロ)じゃねーか!!」

「流石クソガキ、と言わせてもらうよ。今回ばかりはな。……悪運と根性だけは、一丁前だ」

 ミコトに続いて屋上の入口に向かっていたらしいウォッチの声が聞こえた。

 そちらを見ると、彼は呆れたように首を振っている。

「リミトの奴、俺がWMPLで出来なかった事をやり遂げやがった。ある一定期間、クスリを服用し続けたヤツに適性があれば、セイルテムを媒介に徐々に血液成分を死人に近づけるようなモノだったんだろう。後で、お前の血を調べさせろよ、クソガキ」

 冷静に分析しながらもその目が濡れているように見えるのは、きっと、ミコトの気のせいじゃない。

「お前もリミトも、全く俺の予想を遥かに超えた事ばっかしやがるよな。この、自慢の息子共が」

 ウォッチの言葉に、ミコトはトキの頬に手を這わせる。

 暖かい。

「トキ……生きて……?」

「おー、この通り生きてるよ。無様な事にな」

 まだ信じられないミコトが呼び掛けると、トキはミコトを見た。

 不意に。

 どこか遠く、聞いたことのある笑い声が聞こえたような気がしてミコトは周りを見回したが。

 すぐに耳を澄ましてみても、それきり、気持ちいい風が熱い空気を揺らして吹く音しか聞こえなかった。

「ってかよ、誰が息子だおっさん。気持ち悪ぃ事言うんじゃねーよ」

 横たわったまま、仰ぐようにウォッチを睨みつけたトキの言葉に、ウォッチは一度目を閉じてから笑みを返す。

「本当にお前は可愛げのないクソガキだな。少しはミコトちゃんを見習ったらどうだ」

「男に可愛げがあって誰が得すんだよ」

「それもそうだな」

「おい、ミコト」

 彼が、ウォッチといつもの言い合いをした後、まだ火のついていたタバコを口元に持って行きながら、ミコトに話しかける。

「何?」

 首を傾げたミコトは。

 トキの手によって、あの出会った日のように顎を掴まれて、無理やり目を覗き込まれた。

 ミコトの視界が。

 人相の悪い。

 茶髪の。

 ミコトの好みの顔をして。

 散々、彼女を振り回したトキの、凶悪な笑顔で埋まる。

 そんな彼から、むせ返るほど濃い、タバコの煙と共に吐き出された言葉は。


「残念ながらお前はまだ、俺から逃げれねぇみてぇだぜ?」


 という、ひどく的外れな言葉だった。

「……貴方、本当に馬鹿ね」

「あん?」

 ミコトは膝に抱いたトキの、顎を掴んだ手を払い、口からタバコをもぎ取り。

 そのまま、自分の唇でトキの唇を塞いだ。

 苦い味を舌で舐め取り、顔を離すと。

 ぽかんとするトキの顔が、そこにあった。

 勝ち誇ってそれを眺めるミコトは、自然に浮かぶ喜びの笑みを隠さないまま。

 また、涙の溢れて来た目で、滲んでいくトキの顔を見ながら、声を張った。


「逃がさないのは、私の方よ。―――貴方の代替(かわり)はいないんだから」


end


エンドロールは、天野月子作詞作曲『烏』と共に、どうぞ。


https://m.youtube.com/results?q=%E7%83%8F%20%E5%A4%A9%E9%87%8E%E6%9C%88%E5%AD%90&sm=1


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。